#36 看破
前回のおはなし
災厄カードの場所をつきとめるため、【探索】のカードが必要な俺たち。運悪く【探索】のカードは御前試合の指定優勝賞品に含まれているため、御前試合への出場を決める。
特訓の日々を越え、ついにはじまった一回戦。
しかしまさかのトッププロ、キゼーノ選手と当たることになってしまう。
こうなった以上やるしかないのだが、やっこさんはいったいなにを考えてアマチュアの大会に出るのだろう。
焦るな、と自分に言い聞かす。
べボイのことが知られていたというのも、決して予想外ではない。驚きはしたがキゼーノならそれくらいのことはやってくるんじゃないかということも考えていた。
ひとつの手として用意していたべボイで魔法コンボを封じ、相手が物理主体で攻めてきたところを物理耐性のアグニオンで迎え撃つ方法は、これで使えなくなった。
だが他にも策は用意してある。キゼーノといえどその全ては撃ち落とせない。なにかひとつ通用したとき、そこから攻め崩していけばいい。
キゼーノがこのステージ全体に張り巡らそうとしているあの水。なにか狙いがある。
やつは水系の魔法を得意とする。フェイントやブラフだと考えるより警戒するほうがいいだろう。多少無理な形でも先手をうっておきたい。
とはいえ、今はまず敵の攻撃をしのぐのが先決だ。フォッシャを守っていたアグニオンを手札に戻したため、こちらは守りが薄い。手札に戻すというのはサルベージというエンシェントの公式戦法のひとつで、カードが破れる前に申告除外ができるというシステムだ。だがサルベージしたカードはいかなる手段であってもその試合中二度と場に出すことはできなくなる。
控えのカードを出して対応するまでの隙を向こうは見逃してはくれない。ヴァングがナミノリドッグと共に突撃してきて、さらにキゼーノも援護の体制を整える。
俺も、ハイロの使うかわいらしい衣装をまとう妖精『ルプーリン』とハイロを、それぞれ【魔法の付け焼刃<マジックシフトアップ>】と【セルジャック】で強化し迎え撃つ。
ハイロと敵のヴァングが交差しようかという時、俺はもう1枚トリックカードを発動する。【魔法剣・月食】というウェポンカードだ。
フォッシャがそれを口にくわえ、彼女の使う黒い霧の魔法に身を隠しハイロの後方から姿を消す。そして敵の獣人のヴァングの背後をすばやく取り、強烈な剣撃を振り下ろし斬り裂いた。
だが一瞬早く、キゼーノの反応が上回っていた。
「トリックカード発動。【水遁 水変わり身<リキッド・ダミー>】」
キゼーノの魔法により敵ヴァングは水の分身となり、フォッシャの一撃は水の人形の胴をむなしく通過しただけだった。本物は攻撃を避け、キゼーノの近くの水溜りから出てくる。
同時に俺はあることに気がついた。ヴァングが水溜りから出てきたということはあの水の分身も水溜まり扱いということか。危惧したとおりくらげ傘がまたフォッシャの足元の水溜りから攻撃をしかけてきたが、俺とは違ってフォッシャはかろやかにその攻撃をかわす。しかし紙一重で攻撃がかすったか、黒のストールが空中に舞った。
「このカードは昔、偽ったものを罰するのに使われたという。【真なる水鏡の姿】」
キゼーノが魔法を使うとフォッシャの前に大きな水面鏡があらわれ、そこに真の姿をうつしだす――ローグ・マールシュの姿を。
「正体はわかっている……元王都護衛部隊副長、ローグ・マールシュ。貴様がスオウザカと行動を共にしていたことは知っている……アイドルはつらいな。王都中でウワサになっていたぞ」
水面鏡がローグを襲い、彼女は頭から靴までびしょ濡れになる。彼女の表情や試合が終わっていないところをみると大したダメージはないようだが、あの水をかぶった状態はなにかイヤな伏線になりそうな気配がある。
それにしても。キゼーノの反応はあきらかに早すぎた。
かなり期待値の高い策のひとつだった。生命線であるクイーンで攻撃する意外性、またヴァングの背後をとることで相手も攻撃をとっさには出せない。援護しても味方にあててしまう可能性もあるからだ。
不審に思い彼女の方をみると、まるで動揺は見られず落ち着き払った様子のままだ。口をゆっくりと開いて、
「トリックカード【ロールプレイング】か。件のイベントのMVP賞品だな。限られた時間使用者の意図のままに姿を錯覚させる魔法。敵を混乱さすことのできるいいカードだ。だが……」
この手も……読まれているのか……!
「我方の前では……通用しない」
------
特訓期間中から、事前に何度もミーティングは行っていた。
ハイロの家の居間や、研究室で。御前試合の過去の試合の動画や資料をみてチーム戦の立ち回りを学んだり、キゼーノのエンシェントヴァーサスの記録映像も研究の参考にした。
聖札究道杯という、独自のルールでより多くのカードとコストを使えるカードゲーム要素の強い大会で彼女は準優勝したらしい。なんでもこれは世界大会のようなもので、最も権威の5つの大会ひとつらしい。
その時の試合をみて、衝撃を受けた。
「ここまで……極められるものなのか」
キゼーノの戦闘スタイルは剣術や己の体術に頼らない完全カード戦略型だった。だがまさしくカードゲームのように盤面を支配し自らの危機を決して作り出さない。
圧倒的なまでのカード巧者だ。間違いなく、こいつはボードヴァーサスでも世界屈指の強さだろうと確信できた。
「水系魔法を駆使して攻防一体かつ自由自在な戦法をとってきます。カードファンにつけられた異名は[深海の魔人]。その名にふさわしい知力と知識量をそなえています」
「なんかすごそうワヌねえ」
神妙な面持ちでいる俺とハイロとちがって、フォッシャはのんびりお気楽という感じで言う。カードを始めたばかりだから、キゼーノの恐ろしさがまだよくわからないんだろう。専門的な技術というのは理解しがたいものだ。
「俺なりに資料をつくってみた。これに目を通しておいてくれ」
チーム戦ということで二人にも冊子を配る。あらゆるキゼーノの情報をまとめあげ、容量は100ページにわたる。高いレベルになるほど、敵の事前調査は有意義なものとなる。
「……うわ。すごく詳しくのってるワヌ。ここのところエイトはずっとあの子にお熱だったもんねえ。試合が決まる前からやたらと彼女のこと調べまわってたし……」
「ああ……まあな」
「エイトさん!?」
「え? なんか変なこと言ったか? プレイングが参考になるから研究してたんだけど」
「あっ……そうですよね。いえ、さすがだなと思って……」
「正直、いくら情報があってもくずせるような相手じゃないけどな……」
何気なくつぶやいてしまったが、ハイロと目が合い、雰囲気を暗くするような発言だったかなと後悔する。
「あっ、いや……まあやってみなきゃ勝負はわからないけどさ」
「そ、そうですよ。向こうだって人間ですから……やるだけやってみましょう」
「おー!」
元気に拳をつきあげるフォッシャ。
「この試合、私にクイーンを任せてくれないかしら」
ソファーに足を組んで腰掛けているローグが、紅茶の入ったティーカップを持ちながらそう言った気がした。
「は!?」
聞き間違いかと思って彼女の方をみると、「私も不本意だけれどね……」とたしかに口を動かして発言している。