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カードワールド ―異世界カードゲーム―  作者: 勇出あつ
王総御前試合編
107/170

#34 水園の夜城


 王総御前試合、一回戦当日。


 室内の通路にて、入場の合図を待つ。

 緊張しているのかハイロの足取りがふらつき、後ろからローグが両肩を持って支える。


「大丈夫? しっかりね」


「は、ふぁい……ありがとう……ございます……」


 ハイロのやつ、だいじょうぶなんだろうか。うつむき気味であきらかに表情に余裕がない。あのキゼーノが相手だから無理もないが。

 この一戦おそらくハイロが鍵になる。しっかりしてくれないと困るので、すこし心配だ。かと言ってこの試合前になんと言葉をかけたらいいのか俺にはわからない。


「がんばるワヌ!」


 フォッシャが笑顔で言う。彼女のその一言に、ハイロもすこし表情を和らげた。これでいくらかリラックスしてくれたならいい。


 俺はなにをするでもなく、目をつむったまま立って、とにかく余計な雑念や情報を入れないようにしていた。

 自分でもわかるほど落ち着いている。妙な力みはなく疲れもない。

 状態に問題ないとはいえ実戦でどれだけやれるのかはわからないが、できれば昔デイモン氏と戦ったときのような調子で入りたいものだ。


 王都のこの巨大な闘技場は、ベレキスラテーブルという名らしい。

 何度か下見にはおとずれていたがこうして超満員の観客が入るとその時とは雰囲気がまるでちがう。体感したことのないほどの圧迫感、熱気、声量。筋金入りのカード狂たちが、この闘技場を埋めつくしている。


 ここから先はひとりずつの入場だ。まず俺が最初に通路を抜け、広大な舞台へと踏み入れる。


この御前試合、コマンドがもっとも多くのカードを使うことになる。クイーンとヴァングがトリックを2、3枚までしか使えないのに対しコマンドは20枚。重要な役割だ。

 コマンドがすぐに使える手札は5枚まで。トリックは自動補充、選択補充、時間補充がある。相手の出かたをうかがいつつ、味方のうごきも常にハアクする必要がある。うまく立ち回らなければ。



----------


 会場のほうでは観客のけたたましい騒音が鳴り響いている。その音を覆うように、美しい賛美歌のようなものがきこえる。国歌斉唱か、あるいは大会の聖歌アンセムだろうか。その歌が気分を高揚させてくれ、とうとう舞台へと着いた。


 まず最初に、相手チームの代表と礼の交換を行う。その際おたがいにウォリアーカードを1枚ずつ出しておく。これから一戦交えますよという、カードゲームでいう挨拶代わりだそうだ。


 俺はテネレモを、キゼーノは『くらげがさ』という妨害系のウォリアーを出し、それから向かい合って頭を下げる。


 そのあいだ歓声はやや静まったのだが、観客席のほうから一部笑い声のようなものもきこえた。愉快そうなそれではなく、嘲笑的な声だった。「なんだあのスオウザカの出したカードは」「おいおい正気かよ。あれでキゼに勝つつもりか?」

 俺は考えをもってちゃんと編成を組んだつもりだ。この程度の冷やかしでは迷いも後悔も全く生じない。実際テネレモはたしかにボードヴァーサスでは扱いが難しいが、エンシェントでは優秀な壁役としていつも活躍してくれた。

 だがテネレモのほうはそう思わないかもしれない。こいつは人の言葉を理解していないようで、よくわかっている。試合前に自信を喪失させるわけにはいかない。形だけでも励ましておきたい。


 試合前なので気分が波立っているのだが、俺はできるだけ優しい風に心がけてげきを飛ばした。


「俺は本気だぜ。お前がこの試合に勝つ秘策なんだ」


 テネレモは特に反応は示さなかったが、きっと思いは伝わったはずだ。


「あいつカードに話しかけてるぞ……」と観客は俺の行動にどよめいていた。キゼーノの顔色をちらと伺うと、やはり観察するようにこちらを見ている。その表情に驚きはなく、「ほう」と言わんばかりに余裕の微笑を浮かべていた。


 キゼーノと俺がふたりともカードをかまえたとき、試合開始となる。キゼーノはすでに準備ができている。いつでもいける、というような眼差しを俺に向けてきた。

 こちらも勝つつもりでここにきている。引く気は一歩もない。俺はにらみを返し、カードを構えた。

 次にまばたきしたとき、一瞬にして、観客も闘技場も俺の視界から姿を消した。


 魔法のフィールドだ。この大会では最初から特定のフィールドがランダムで出現し、プレイヤーはそのなかで戦うことになる。ローグが俺とのエンシェントの結闘で使った【辺境のお化け屋敷<ホーンテッドハウス>】と同じ種類のものがおそらく使われている。

 みたところ、それこそホーンテッドハウスやこのまえ訪れた怪しげな洋館に酷似しているステージだった。だがえらく天井が高く館というよりかはおとぎ話に出てきそうなお城という感じだ。


 石造いしづくりの廊下に俺は立っていた。闇夜のように暗い道を、オレンジ色のほのかな明かりが照っている。地面を踏むと、カツンと高音が響く。あたりには誰もいないようでまるで雑音がない。が、外で雨が降っているかのような水の流れる音がかすかにどこからか聞こえてくる。


 カードを空中に出現させ、ハイロと連絡をとる。


「ステージは室内ですか。なにか立派なお城のなかみたいですね」


「フォッシャと合流できたか?」


「はい。ヴァングとクイーンは近い位置でスタートできますから」


「クイーンがやられたら即ゲーム終了だからな。そっちは任せた。とにかく合流をめざす。作戦通りにいくぞ」


「了解です」


 事前研究によればステージにはそこまで広いものはない。ハイロたちは必ず近くにいるはずであるし、また敵も遠くはないはずだ。


「こちらの状況は逐一連絡します。健闘を祈ります」


 あっちのことはハイロに任せておけば問題ないだろう。ただ先手はとりたい。早いところ合流しないと。

 壁がところどころ壊れており、通路がつながっていて見通しはいい。


 進んでいるとやがて大きな広間にでた。噴水のような、滝のような見事なオブジェがある。

 しかし水があるとなんだか嫌な予感がするな。キゼーノは事前の調査で水系のカードをよく使うことがわかっている。

 ここは目印になりそうな場所だ。ハイロと連絡をとろうとしたとき、複数の足音がきこえた。テネレモを抱えて来た道を戻り、壁の後ろに身を潜める。


 敵がふたり。キゼーノではない。カードが最も得意なキゼーノがコマンドのはずだから、おそらくクイーンとヴァングだ。マスクをしていて顔はよくみえないが体つきに獣人族の特徴がある。

 キゼーノ以外の相手メンバーは情報がない。ヴァングとクイーンはコマンドより使えるカードの枚数が極端に少ないとはいえ、情報がない相手に単騎で挑むのは難しいか。

 だが裏を返せばこれは奇襲のチャンスでもある。キゼーノがいない今、あるいはこれが最初で最後の勝機になるかもしれない。


 壁に背をつけたまま部屋をのぞきこみ、『べボイ・トリックスタ』のカードを構える。

 なにかが飛んできて、俺の顔面付近の壁がえぐれて吹き飛んだ。とっさに身をひるがえして直撃はまぬがれれる。


「大いなる破壊を前に愚かにして優れた者がいどみ

 裁きは免れ天地に安永がもたらされる」


 キゼーノの声だ。広間のどこからかする。

 まずいな、どうする、いや逃げられない。こういう時に備えて緊急逃亡手段はあるにはあるが、この場所では脱出経路が俺の後ろに続く道一本だけだ。これだとキゼーノの追撃はかわせない。

 敵はすでに合流していて、あえてヴァングとクイーンを先行させて俺をおびき寄せる作戦だったのか。

 まんまと手に乗ってしまった。戦うしかない。

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