#31 カードが一緒に
メニューをこなし、ボロボロのカラダをひきずって、テネレモと一緒に入浴する。ハイロの家には銭湯みたいな広い風呂がついていて、なんだかちょっとした旅行にきているような気分になれる。
体を洗って、湯につかろうかという時に、フォッシャのバカでかい笑い声がきこえた。壁一枚で隔てた向こうの女性用の風呂にいるのだろう。どうやらハイロもいるらしく、なにやら談笑していた。
「うるさいぞ、フォッシャ」
しずかにくつろいでいたところだったので、フォッシャに文句をいう。風呂桶にためた湯につかっているテネレモも、不満そうだった。
「あれエイトもいたワヌか! お疲れワヌ!」
「ああ、おつかれさん」
「こっちはこっちで練習がんばってるワヌよ~。ハイロと一緒にエンシェントの練習したワヌ! チーム戦だから、チームワークでがんばるワヌ!」
「チーム戦か……どうも気が乗らないな」
カードゲームでチームワークと言われても、いまいちピンとこない。「なんで?」とフォッシャがきいてくる。
「カードゲームっていうのは孤独な戦いだろ。自分以外全員敵だ。たたかってるあいだだれも助けちゃくれない、どんなにきつい状況でも、自分で苦しんで、自分で考えるしかない。でも俺はカードゲームのそんなところにやりがいを感じてた。いわゆる一種の、誇りみたいなやつを……なのにチーム戦じゃあな」
「誇りを感じない、と?」
こんどはハイロの声がした。
「そういうわけじゃない。けど、いまいちチームワークって感覚に馴染めなくてな……」
あまり俺はチームでなにかをやってきたことがない。ハイロとフォッシャは冒険士としては俺とも一緒に何度も仕事をやってきた仲で連携は問題ないだろうが、実戦のエンシェントとなれば話は別だ。
カード初心者のフォッシャ。エンシェント初心者の俺。ハイロだってチーム戦は初めてだと聞いた。急造のチームで、いったいどれだけやれるのだろうか。
「つけあがりもはなはだしいワヌね、エイト」
と、フォッシャは叱るように壁の向こうから言ってきた。
「ひとりじゃない。いつだってカードが一緒に戦ってくれてる。チームだってそれと一緒ワヌ」
「…………」
ふと、テネレモと目があった。
フォッシャの言うとおりだな。俺は傲慢にもカードのことをないがしろに考えていた。
風呂から出て、頭にのっけていたミニタオルで顔を拭く。
「俺に勝ってからえらそうなこと言え」
「なにをー!? 次は負かすワヌ!」
カードが一緒に戦ってくれてる、か。フォッシャにしては、なかなかいいことをいうな、と思った。
部屋にもどった後、巫女からもらったおみやげに水をやった。
小さな鉢と苗。希少な植物らしく、オドを混ぜた水をやり続けるとカードが入った実が生るらしい。信じられないような話だが、だまされたつもりでこまめに育てている。
まだ小さな芽だが、どんなカードになるのだろうか。日当たりのいいところにおいておけば早く育つだろうか。
テネレモがいたく気に入ったようで、たまに近くに寄って様子をみている。彼からすると、近くに自然があると落ち着くのかもしれない。その様子がなんともかわいらしいので、俺はその隙にテネレモの背中を撫でてみた。フォッシャとはまた違うブニョっとした、なんとも言えない感触だった。しかしこれはこれでおもしろい。
本来夕食までのこの時間はカードの勉強に使うのだが、いつもより疲れていたので早々に布団をしいて寝そべった。
ハイロの家は畳まであり、本当に田舎の実家ような居心地のよさがある。建物も王都のように派手な装飾がなくシンプルで落ち着いている。なんだか心が安らいでいい気持ちだ。
『べボイ・トリックスタ』のカードを手に取り、なんとなく見つめてみる。
やっぱり、いいカードだよな。実戦でも頼りになるはずだ。
「へへ……たまんねェなオィ……」
あまりの良さに見蕩れてしまう。自分でもちょっとおかしいと思うくらい、キレのある声がでてしまった。ガタッという音が戸のほうからして、みるとミジルとフォッシャが顔をひきつらせてドン引きの目をこちらに向けた。
「あ、いやこれは……カードのせいでお金が貯まらないなぁーなんて……あは、あは」
とんでもないところを見られてしまった。ごまかそうと言い訳をしたが、二人はすすすと戸から距離をとって、
「……元気そうだからほっとこう、ミジル」
「……そうだね」
そう言って、逃げるように去っていった。
……
……やべぇヤツだと思われてないといいが。