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検証  作者: 7氏
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第一話

なろう初心者の為、何かしら間違えた使い方をしているかもしれませんがご容赦下さい。

 僕の父の名前は笹川正三(ささがわせいぞう)という。

 物心がついた頃には母親はおらず、僕はずっとこの父と二人きりの生活をしていた。

 

 不細工では無いのだが人相が悪く、不愛想に見えるので初対面の人からはまず好かれない。酒好きで毎晩仕事から帰ってくるとお徳用ボトルに入った焼酎を一杯だけ飲み、汚い作業着のポケットからくしゃくしゃになったハイライトを一日半箱だけ吸う。

 貧乏臭そうな不愛想な30代の男。

 他人から見るとそんな感じの人だ。

 

 幼い僕から見た父は、学こそ無いが冗談が好きでよく笑う人で、いつも僕を笑わせようと今日はこんな事があった!面白い物を見た!とあれこれ作り話をしてくれた。

 如何せん父には笑いのセンスが残念で、毎回オチの無いつまらない話をするのだが、一度僕がもっとこういう展開にしたら面白いよとアドバイスをしたら「正二は俺と違って賢いなぁ」と言いながら、とても悲しそうな顔をしたので、僕はいつも嘘笑いをしていた。僕がお世辞というものを自然と身に着けたのはこの父親のおかげだろう。

 父はいつも仕事で疲れていたし、少し借金もあり貧乏だったのもあって何処かに遊びに連れて行って貰う事は殆ど無かったが、仕事から帰ってくるといつも膝に乗っけて僕で暖を取りつつ、晩酌をしながらお話してくれる父が僕は好きだった。

 

 そんな慎ましく幸せな生活が一変したのは、僕が小学3年生の頃だった。

 学校で算数の授業を受けていた時だったと思う。担任の先生が他のクラスの先生に呼ばれて出て行ったと思ったら、すぐに戻ってきて僕を呼んだ。

 クラスの皆の視線を背に受けながら廊下に出ると、先生が皆から見えない位置に僕を誘導した。あの時の哀れむような焦ったような先生の顔は今でも忘れられない。

 

 先生に連れられて病院に行くと看護師のおばさんに説明を受けた。

 父は建設中のビルから落ちたそうだ。僕は見ない方がいいと、父さんに会わせてもらえなかった。あの日は2月の寒い日で、僕で暖を取らないとお父さんが寒がってるんじゃ無いかなと思った。

 先生が家に車で送ってくれて僕が一人になった後、僕は父さんの布団に包まって泣いた。

 それから先生や大人の人達が色々相談して、僕は少し離れた土地にある児童養護施設というところに送られる事になった。そこは施設内の子供同士の暴力が盛んな場所でパワータイプのジャイアンみたいな奴もいて、僕は恵まれているという理由で最初は少し虐められた。でも一か月もすると慣れたし馴染んだ。ご飯もお弁当じゃなくて手作りの料理でとても美味しかった。でも学校の友達と違って施設の皆は正直好きじゃなかった。一言で言うとなんか皆ダサかった。

 

 そんな感じでそろそろ近くの学校に転入しようと施設長のおじさんと相談してた頃に僕の前に鏑木正一(かぶらぎせいいち)は現れた。僕は家には親戚がいないと聞いていたので鏑木に会った時は本当に驚いた。

 施設の客間で僕を待っていた彼を見て僕が泣きながら抱きつこうとしたのは仕方の無い事だろう。彼は抱きついた僕をそのままに見降ろしながらこう言った。

 

「俺の名前は鏑木正一、お前の父親の双子の兄だ。俺と暮らすかここに残るかお前が決めていい。どうしたい」


 僕は即答した。


 鏑木さんは父さんとは違い、見た目は痩せてて、綺麗なスーツを着た洗練された父さんって感じで人相こそ悪かったが、所作や仕草が上品というか紳士って感じの人だった。

 彼は施設の人達と愛想よく話していて、一見父さんよりいい人そうに見えた。僕も父さんのお兄さんならきっと優しい人だと思った。

 それから数日して鏑木さんが迎えに来た。施設の人達とお別れして車に乗り込む。僕はなんだかワクワクして、どこにいくの?都会?家はどんなところ?と色々話しかけるが、どうにも会話にならない。

 施設のおばちゃんと愛想よく話していた彼はどこにいったのか、鏑木は単語だけで会話する人だった。


 鏑木さんに連れられて行ったマンションは広くてモデルルームの様に綺麗に整頓されており、綺麗すぎてどこに座ったらいいのかもわからず所在無く突っ立ってると鏑木さんは僕に黒い革の財布を渡してきた。


「部屋のものは何でも好きに使っていい」


 それだけ言うと鏑木さんは外に出て行ってしまった。

 僕は取り合えず大きなソファに荷物を下ろして、財布の中身を見た。10万円入っていた。小銭を入れる所が無い変な財布だった。

 それから暫くソファに座っていたが鏑木が戻ってこないので、家の中を見て回る事にした。

 浴室、トイレ、リビング、キッチン、それから奥の部屋を見て回った。部屋はリビングの他に4室あって一つは校長が使いそうな机と椅子しか無い部屋で、3部屋は鍵がかけてあって開かなかった。一通り見てまわってソファに戻る。何もかも綺麗だけど物がなんにもない部屋だった。テレビすら無い。時計の音だけがやけに大きく聞こえる。

 父さんと住んでたアパートは病院の近くで、いつも救急車の音が聞こえてて、電車の音も常に聞こえる騒がしい場所だった。それに見て無くても常にテレビをつけている家庭で育ったので、この家はとても静か過ぎた。

 鏑木さんは二時間経っても帰ってこなくて、何だか急に心細くなって外に行こうと玄関へ走ったら大荷物を持った鏑木さんが帰ってきた。

 

「出かけるのか?」


 そう聞かれて僕が首を横に振ると、鏑木さんは少し僕を見てから荷物を運び入れた。大きな布団を机しかない部屋に入れて出て行ってしまい、僕は不安になって玄関からエレベーターの所を見てたら今度は大量の食材を持って帰ってきた。それを玄関前に置いて、すぐまた下に降りていこうとする彼を見て僕はついていく事にした。

 エレベーターにさっと飛び込むと鏑木さんはこっちを見たが、特に何も言わなかった。一階の駐車場に着くと車の後ろから荷物を取り出してたので、僕も何も言わず手前にあった荷物を引きずり出すと予想外に重くてドタンと床に落としてしまった。

鏑木さんは「それ重いぞ」とだけ言うと車のカギをかけてさっさと荷物を持ってエレベーターに向かって行った。

 荷物は本当に重くて、何が入ってるんだろうと見ると冷凍された鶏肉の塊が何袋も入っていた。僕はそれを半分引きずりながら部屋に戻ると鏑木さんがジャケットを脱いでキッチンに立っていた。

 僕が引きずって袋の破けた鶏肉の塊をキッチンに持っていくと何も言わず大きな業務用みたいな冷凍庫に閉まっていた。


 僕は人と話すのが苦手なタイプの人間じゃなかったけど鏑木さんは何というか物凄く話しかけにくい人間だった。冷たく感じるという訳じゃ無いし、彼が忙しく作業していたのもあるけど、そうじゃなくて、こんなに子供を無視して動く人間を初めて見たのだ。

 施設でも学校でも基本大人は子供を常に見てくる。

 

 まるで僕がいる事を忘れられてる様な振る舞いに、僕はただ鏑木さんを見てる事しかできなかったし、キッチンの入口で突っ立ってるのも邪魔だろうと判断した。

 何となく机の部屋に行ってみると、もう新しい布団がビニールから出されて畳まれていて、ふかふかで気持ち良さそうだったので僕はそれを広げて寝てみた。ものすごくふかふかだった。軽くてふかふか。やばい。

 ふと、この部屋は僕の部屋なんじゃないかと思った。好きに使っていいって言ってたからきっとそうなんじゃないか。僕はリビングのソファへ戻り施設から持ってきた荷物の中身を机の上に並べた。教科書とか、父さんの形見とか、位牌とか、パンツと靴下と少しの服は机の引き出しに取り合えず入れておいた。

 

 それから僕はキッチンに戻ると鏑木さんに話しかけた。


「あの、部屋……布団入れてあった部屋使っていいですか」

「好きにしていい」


会話が終わる。僕はもう少し財布に入ったお金の事とか色々話したかったが鏑木さんが調理の手を止める気配を感じなかったので、仕方無く部屋に戻ろうとしたら鏑木さんが振り向いて声をかけてきた。


「好き嫌いはあるか」

「たまねぎ……あっ、生のたまねぎだけ」

「わかった」


会話が終わる。僕はいい加減ちゃんと話をしたかったので、とにかく何か話そうと食い下がった。


「あの……料理美味しいですね」


鏑木さんが手を止めてこちらを見た。僕は間違えに気付いて真っ赤になった。


「あっ違う、作るのが上手いです!」

「えっと……たべて無いけど包丁を使うのが上手いです!」


 鏑木さんは手を止めたまま何か言おうとしたように見えたが、包丁をふきんで拭いて手を洗うとキッチンから出て行ってしまった。


 僕が顔を赤くして固まっていると、すぐに鏑木さんが戻ってきて僕に鍵を渡した。

「かぎ……」

「ああ」

「部屋の?」

「料理の本もある」


 それだけ言うと鏑木さんはキッチンで作業に戻ってしまった。変な人。もう話す気はなさそうだったので、僕は開かなかった部屋へ向かった。

 鍵がついてる部屋は3つあった。僕の与えられた部屋には鍵が無いので奥の部屋から試してみた。2部屋は開かなかったので、少しわくわくしながら残った一番手前の部屋を開けると、ふわっと舞うホコリと図書館のような匂いに包まれた。

 真っ暗の部屋で手探りで電気をつけると、部屋は物凄い量の本で埋まっていて壁はみっしり本棚で塞がれていた。少し圧倒されながら本棚を見て回る。小説もあるが、ほとんどが実用書だった。料理の本、ナイフの本、サバイバルの本、解剖学の本、哲学、経済、宗教、外国語で書かれた本、鍵やハンコの作り方や砂漠の歩き方なんてのもある。

 奥に積まれた段ボールの中を少し覗いてみると日記のようなものや、すすけた紙を黒い紐でまとめただけのもの、手書きで書かれたメモ帳まで入っていた。

 その中で特に目を惹いたのは催眠術の本だった。催眠術の本だけ数が異常に多い。

 

 僕はあまり本を読んだ事が無い。漫画なら友達に貸してもらって読んだりした事はあったが、自分で買うほどお小遣いは貰って無かったし、父さんは小説を読むと頭が痛くなると言っていたから、家には小さい頃父さんが買ってくれた絵本しか無かった。そんな訳で本があっても特に喜びはしなかったが、とりあえず退屈なので読みやすそうな本を求めてタイトルを流し見してみた。

 色々手にとってはみるが、どれも難しそうに思えたので段ボールの中を漁ってたら手描きで書いてある鍵を開ける技術の説明書きみたいのが出てきた。

 これが出来れば他の部屋も開けられるかも……


「何か読みたい物はあったか?」


 ビックリして振り返ると鏑木さんが入口に立っていた。僕はなんだか悪い事をしたわけじゃないのに焦って自分でもよくわからない言い訳をした。


「……ここにあるものは何でも好きに読んでいい。利用できるものは何でも利用していい。足りないものがあれば俺に言ってくれれば用意するし、俺に遠慮はしなくていい」


 鏑木さんは真っすぐ一直線に僕を見て言葉を放ってくる。僕はなんだか圧倒されて、どう答えたらいいのかわからなくて「うん」とだけ返事した。

 鏑木さんは夕食が出来たからとだけ言い残して戻っていった。夕食と聞いて僕のお腹がぐうと鳴った。



 夕食は驚くぐらい美味しかった。施設のおばちゃんの料理も美味しかったけど、こんなお洒落なレストランみたいな料理が家で作れるなんて衝撃だった。夢中で食べてると、鏑木に「テーブルマナーの本があるから読んだ方がいい」と言われた。

 そんなに食べ方が汚かったのかなと綺麗に食べようと改めてると「……今はいい。好きに食べろ」と言われたのでまあいいか、と好きに食べた。ふと鏑木さんの皿を見るとチキンステーキのソースの汚れが無くて、なんでなんだろうと思った。

 お腹がいっぱいになると少し緊張が解けて、紅茶を飲みながら財布の事を聞いてみた。

 

「あれは当面の生活費だ」

「生活費……」

「俺は一週間程留守にする。その間の生活費」

「え、僕一人でここにいるの?」

「そうだ。……ああ、学校は行きたいか?」

「行きたいっていうか……義務教育でしょ。行かないと」

「……じゃあ手続きするから数日待て」

「え、うん。え、僕明日から一人?」

「今晩からだ」

「今晩から!?鏑木さんここに住んでるんじゃないの?」

「まあ、色々だ」

「色々って?ここ誰の家?」

「俺の家」

「……一人嫌なんだけど」

「慣れろ」

「僕、ご飯も作れないよ」

「レシピ本がある」

「……火事起こすかも」

「…………わかった。一週間はここにいる」

「その後は?」


「状況次第だ」

 そう言って鏑木は席を立つと食器を片付け始めてしまった。


 なんて事だ。さっきまで毎日こんな美味しい料理食べられるなら無口で不愛想な鏑木と暮らすのも悪くないと思っていたのに、僕に自立しろとでも言うのか。まだ小学生の僕に向かって。10万円で生活費って足りるのか?父さんの給料でも、もっとあったのに生きていけるんだろうか……今更施設には戻れないし、だいたい小学生の子供を預かるのにほったらかしにするってどうなんだ。

 そんな事を考えていたらいつの間にか片付けが終わっていた鏑木がこっちを見ていた。


 「なんだよ」

 自分が思うよりつっけんどんに話しかけてしまって、内心ちょっと慌ててると、鏑木はこう言った。


「俺と暮らすかどうかは、お前が決めろ」

「選択肢ないだろ!」

「金なら大人になるまで一人で暮らせる位渡してもいいし、必要な時は力を貸す。選択肢が無いなんて状態はこの世に無い。無知だから無いと思い込んでるだけだ。お前はあの時、どんな生活になるのか俺に質問もしなかった。ただ俺についてきた。自分で決めてそうしたんだ。先に言っておくが、これから先もお前はいつでも好きにしていい。欲しいものがあれば言えばいい。自由に決めて生きればいい」

 

 僕は鏑木の言ってる事の意味が半分もわからなかった。無知だからとか、質問もしなかったとか、必要なら金は渡すとか、僕の耳に入ってきた言葉だけを拾って考えた。それで出た発言はこうだった。


「父さんのお兄ちゃんで、お金があるのに何で父さんの借金払ってくれなかったの。僕達が貧乏生活してたのに鏑木さんは贅沢してたんだ。父さんは家族いないって寂しそうに言ってたよ。兄弟って助け合うもんじゃないの?僕のまわりのお兄ちゃんは皆弟を守ってたよ」


 自分でも話のすり替えだってわかってた。でも言い返せないのは悔しくて何でもいいからとにかく鏑木を攻撃したかった。

 

 「答えたくない」


 一言だけ鏑木はそう言った。

 僕はその一言でぶわっと気持ちが高ぶって鏑木を攻めた。ある事無い事とにかく攻撃した。多分自分でも思ってるより自分の理不尽さを可哀相だと思っていたのかもしれない。何を言ったかは覚えていない。とにかく八つ当たりだった。抑え込んで溜まっていた気持ちがあふれ出して止まらなくなった。

悲しいとか、苦しいとか、何で自分だけとか、父さんが話してくれなかった母さんの事とか、借金は結局どうなったのかとか、施設で虐められた事とか、学校の友達に会えない距離まで来てしまった事とか、最後に父さんに合わせて貰えなかった事も、父さんに言いたくて言えなかった事まで当たり散らした。もう自分でも何言ってるのかわからなかった。


 鏑木はずっとただ聞いてて、僕が泣き喚いて、喚き散らして体力がなくなるまで待ってた。僕は少し我に返ってきて、鼻水がだらんと垂れている自分を情けなく思って、恥ずかしくなってきて、黙り込んだ。

 鏑木は何も言わず、表情も変えず、ティッシュの箱を僕の前に置いてキッチンから出て行った。

 僕はティッシュで涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃになった顔を拭いて、そのまま部屋に逃げようとしたら鏑木が戻ってきて


「明日またくる。歯磨きして風呂入れよ」


 と言い残して家から出て行った。


 鏑木が居なくなってもしばらくボーっとしてたが、変な汗をかいて気持ち悪かったので言われるまま風呂に入った。

 浴槽にはお湯が入ってて、紫のお湯からはラベンダーのいい香りがした。カビ一つない綺麗な浴室で、シャンプー類は全て新品の様だった。

 悔しいような申し訳ないような気持になりながら浴槽に浸かり、何で僕がここにいるのか改めて考えた。


 「お前が決めろ」

 「好きにしていい」

 

 僕は確かに自分で決めてここにいて、質問をしなかったのは鏑木が不愛想で話しかけにくくて……だけど……。

 ふと父さんの事を思い出した。

 父さんが作り話をさも自分が体験した事のように話すのを、僕は本当はいつも少し気の毒に思ってた。父さんが僕に笑顔で話してくれるのは嬉しかったけど、父さんはいつも僕に自分を大きく見せようと必死だった。それは僕に恰好悪い父親だと思われたく無かったからだ。僕に怯えていたんだ。

 

 父さんはたまに僕を「お前は頭がいい」とほめてくれたけど、その時の父さんは少し悲しそうな顔をしてた。ニュースを見て、疑問を感じて父さんに質問をすると、曖昧に誤魔化して僕を笑わせようとしてた。


 僕も怯えていたのかもしれないと思った。鏑木は父さんと同じ顔なのにスマートでソツが無くて、何でも見透かしたような目で見ていて、質問をしても答えが少ない。

 無口で不愛想だから仕方ないと上から目線で見ている自分の裏で、僕は怯えていたのだ。子供なんだから敬え、甘やかせと思いつつ、捨てられたらどうしよう。鏑木の機嫌を損ねてはいけないと怯えていた。本当はここにくる車に乗ってる時から失敗したかもしれないと思ってた。

 やっぱりやめるという事も出来た。でも、なんかビビッて逃げるみたいで格好悪いから言わなかった。僕は自分で決めたと思い込んでいたのかもしれない。

 それを認めたとしても僕が無知だというのは納得がいかない。父さんと同じ顔をしてるのに鏑木が僕を無知だと言ったのは、なんだか無性に腹が立った――そこまて僕は勢いよく風呂に潜った。


 考えちゃいけない。そう思った。考えることが急に恐ろしくなったのだ。

 

 僕はなんだか焦る気持ちで体と頭をゴシゴシ洗い、急いで風呂を出て置いてあったタオルを掴んでリビングに戻った。

 部屋は静かだった。なんだか急に怖くなって僕は急いで与えられた自分の部屋に飛び込んだ。ドアをばたんと閉めて、父さんの位牌をドアの前に置いて悪い何かが入ってこない様にした。悪い何かが何なのかもわからないのに。

 テレビが無いと何もすることがない。僕の夜の世界はテレビと父さんだけだった。何か書斎から本を持ってくればよかったと思った。僕は国語の教科書を取って適当なページを読まずに読みながら布団にくるまった。

 昼にふかふかな布団を楽しんだ時の感触はもう無かった。


二話に続きます

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