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五話「矛盾と歪曲」

「で、どうだったの、どうだったの」


「どうだったって言われても、その後は課長の前にいて、お疲れ様ですの一言で終わり。残りはいつも通り書類作成やら他部署と連絡とったりして今」


「ふーん、じゃぁその美咲ちゃんはその後どうなったか知らないんだ」


「ああ。それは神のみぞ知るならぬ、課長のみぞ知るだな」


「課長クラスの人って地界を好きに観察できるらしいもんね」


「らしいな。気になるけど、あの課長にどうなりましたかーなんて言える勇気がない」


「あはは! 確かに、それは天罰を下されるかもしれないしね、物理的に」


天国三番通りに佇む居酒屋『銀ざし』、いつものテーブルで酒を飲みながら光に俺の三時間ばかりの冒険談を話す。

守秘義務で話せない、なんて訳でもなく、本当にお疲れ様です、の一言で課長室から叩き出されたものだから。正直、とてつもなく気になる。俺の行いは正しかったのだろうか。今になって振り返ってい見れば、ただゲーセンで少女をいたぶって、俺の心情を吐露しただけ。「自殺を止めろ」なんていうことはできなかったのかもしれない。しかし、仮に今からやりなおしても、俺が出来るのは結局一緒にゲーセンで遊ぶことくらで大差はないだろう。俺は、俺ができる最善を尽くした、という事になる訳だ。これで失敗していたとしてもそれは俺の責任ではなく、俺を大役に人選した課長が悪い。


「ま、いんじゃないかな。私なんてたぶん、上っ面な言葉ならべて終わってたよ。それよりも、よっつんみたいに遊んでくれた方がよかったと思う」


「そんなもんかねぇ」


「そんなもんだよ」


自分の行いは正しくなかったと思っていたが故に、光に肯定して貰うことで、俺は安心したかったのかもしれない。


「でも、それ結構やばい事だと思うけどなぁ」


「何が?」


「だって、三時間だけとはいえ、よっつんが生まれる前の時代に、地界人が認知できる姿で顕現して、死ぬはずだった人を止めたんだよ。私としては悪いけど、美咲ちゃんにはそのまま死んでもらいたい。じゃないと絶対おかしなことになるから」


光は堅い表情で言った。


「いや、その部分は課長が演算云々で大丈夫なんだと」


「それもおかしいよ」


「え?」


「普通に考えてさ、もし人一人の運命を変えるのが、重大なパラドックスを起こさないなんてありえない。まだ顕現したのは百歩譲って宇宙人とかそんな類で事が済まされるかもしれないけど、これだけは無理だと思うけどなぁ」


光の言い分を聞いて確かになと思う。

例えば、かの織田信長に「明智光秀に狙われとるで、You、明智殺しちゃいなyo!」なんて伝えて織田信長は殺されずに生き残れば日本の世界史は大きく変わるだろう。

今回は一人の少女だったが、それでも本質的には変わらない。その少女行動一つで世界は変わるのかもしれないのだ。


「てことは、課長は嘘をついた?」


「うーん、もしくは何かカラクリがあるのかも」


光は云々と悩んでいるが、俺にはさっぱり分からない。俺は元々難しいことを考えるのは苦手だ。どうせ考えてもわからないなら、酒でも飲んでさっぱりするに限る。


ジョッキを手に口に運ぶが、空になっていた。

再注文をするために店員を呼ぼうと、カウンターに目線を向けた時だった。


川井さんがどんちゃん騒ぎをしている奴らの中にいるのを見た。川井さんは心底楽しそうに笑っていて、隣の三十台程度の女性だろうか、綺麗な人と肩を組んで旨そうにビールをあおっていた。日々の業務ではいつも悲しげに微笑みながら、猛然としたスピードで事務処理をこなす彼の姿はかけ離れていて、二度見直したが、あれは川井さんだ。


「おい、光、川井さんが奴らニートどもと飲んでいるぞ、どういうことだ」


俺の驚嘆した表情に、光も驚きの声を――あげなかった。



「かわいさんって、誰?」



「だ、誰って川井さんだよ! お前の隣の川井さん、若干禿げのじいさん!」


「え、もう酔ってるの? というか、私達酔うなんてないと思うんだけどな」


「酔ってるわけねぇだろ、むしろ目がさえてギンギンだわ。今なら流れ星も見逃さないね」


「それは凄い。でも、私の隣の席は空席だよ、何言ってるの?」


「おま、またまた冗談を。いけなよー? ソウルフレンドをからかうのだーめ、絶対だめ」


「からかうことは時々あるけどさ、いや本当に」


光は真顔で、からかっている様子ではない。いや、でも、しかし。


「光、 第114514線地球日本支部復興支援課は何人だ?」


「何言っての、いつも顔は合わせてるじゃん」



「七人だよ」



俺は、酔っているのかもしれないと、死んでから初めて、自分を疑った。




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