四話「足りない言葉」
「理由は無い、ってのが理由か」
「は? 」
「いや、だから理由がないけど自殺する、ってのが自殺する理由なんだろ?」
「え、いや、そう、なのかな」
「そーーだよ。お前自殺とかしなさそうな感じだし」
俺矢継ぎ早に言葉を繋ぐと、少女は少し声を荒げた。
「勝手に決めつけないで。お望みなら、今すぐ飛び降りるけど?」
目の前で自殺しようとしていた少女は特に理由もなく自殺しようとしてたらしい。まだ、小学生、いや中学生だろうか。見た目は可愛らしく、凛とした雰囲気に周りの餓鬼共は虜になっているに違いない。俺なら即惚れて告白してる。そんなものだから、他者とのコミュニケーションで問題があると思えない。俺が想像する自殺志願者とはかけ離れていたものの、やはり、この少女は死のうとしたのだ。俺が勝手に想像した自殺者像は安易なもので、それと同一にされるのは死ぬほど腹が立つものだ。それをわかっていながらと、後悔しても時すでに遅し。
本当に飛べと言えば飛ぶだろう。それほど少女は真剣なのだ。だが、反発するほどには精神は保たれていることは全てを諦めている訳じゃない。
「まてまて。なぁ、名前なんていうの」
「美咲。ってか、話し方雑になってるし、名前教えちゃったし……」
「かしこまって話すの苦手じゃないが、本音で話してる時にはちとめんどいからな」
「あっそ、お兄さんはなんていうの? 名前」
「教えない」
「はぁ!? 人の名前聞いておいて、自分は言わない気!? ありえないんですけど!」
「そう怒るな、嘘だ嘘、真也だ。よろしくな美咲ちゃん」
「こんなふざけた人と宜しくする気はないけどね」
「さいですか。理由は無いけど自殺するって、生きるのに飽きたってことか」
「……わかない。でも、そうかも。うん、そうだ」
「なら、お兄さんが楽しい遊びを教えてやろう」
「は?」
「だって、どうせ死ぬんだろう? なら、死ぬ前に少し俺と遊んでも罰はあたらんぞ」
美咲は少し悩んで、塀から足を下した。
「わかった。付き合ってあげるから、その代わり、終わったらもう止めないで」
「あいわかった、遊び終わっても死にたきゃもう止めねぇよ」
「うん、じゃぁ、付き合ってあげる」
美咲は初めて、小さな笑みを魅せた。
「弱ぇ、弱ぇぞ……。その程度で止められると思うな」
「きゃー! さいってい! 後ろから甲羅投げるなんて!」
「勝てば官軍なのだ! 闘争に女も男もない!」
ゲームセンターの一角、子供向けカーレースゲームで、俺達は白熱したバトルを繰り広げていた。
俺の分身であるキノコは絶妙なドリフトとアイテムの引きの良さを見せて、序盤で失速していた分を取り戻し、見事一位でゴールする。
「これが、社会の厳しさってことさ」
「何処が社会なのよ……」
「このゲームに費やした時間と金の差」
「汚い! 大人ってやっぱり汚い!」
しかし、ふと思う。俺がやっていたこの国民的レースゲームの型がとてつもなく古いのだ。それに他にやってきたレトロチックなゲーム機、街並みもそうだった。全体的に時代が遅れている。
「なぁ」
「なによ」
「今何年かわかるか?」
「1923年よ、そんなこともわからないの?」
誇らしげに凹凸の乏しい胸を張りながら教えてくれた。
1923年、俺が生きていた時は2019年だ。つまり、この小娘は俺からすればおばあちゃんという訳になるのか。
「ため口きいてすみませんでした」
「いきなりなに……。別にいいわよ、今更。ていうか、アンタ嘘ついたでしょ」
「嘘?」
「アンタ、私にしか見えないんじゃなかったけ? 普通にゲームしてるし、周りにも見てるっぽいけど?」
「あー、確かに」
「確かにってアンタねぇ」
これに関しては俺の認識が間違っていた。何せ、こちとら神様の使い擬きだ。まさか、なんの補正も無いどころか、姿形、誰にでも見えるとは思てなかった。せめてそのくらいの対策はされているだろうと思っていたが、あのブラック企業はそんな補助もないらしい。だが、後ろからゲームを眺めるだけのつもりだったが、俺も一緒にゲームができたのは棚から牡丹餅といった処だろう。
「ま、もう信じてくれとはいえんな」
「信じてあげるわよ」
「マジ? 頭大丈夫?」
「ぶん殴るわよ」
「私としてはアンタが天使の使いでも、ヤバい宗教の人でもどちらでもいいからね。それなら、まぁ信じてあげてもいいかなって、その、確かに楽しかったし」
「美咲って餓鬼のくせに頭回るな」
「餓鬼いうなこの変質者」
お互い憎まれ口を言い合いながら笑いあっていると、美咲はぽつりと呟く。
「私さ、お父さんが死んだんだ。お母さんは私が生まれた時には死んじゃったらしくて、元々、お父さんはお仕事ばかりでまともに話すことなんて最後まで無かった。見た目だって悪く無いし、裕福な暮らしもできて、学校でもそこそこ楽しく過ごせてたんだ。お父さんが死んで、寂しくなかった訳じゃないけど、それが理由じゃない。お父さんが死んだとき、葬式時でも涙なんて出なかった。周りは強い子だなんて言うけどそうじゃないの。ただ、ああ、死んじゃったんだって。悲しいとか、そんな風に思う事ができなかった。そしたらさ、周りの大人はお父さんが残したお金目当てに私を引き取ろうとする。皆、私じゃなくてお金がほしいって言葉にはしないけど顔にはっきりと書いてある。それなら、私が死んで後は好きにしてくれた方がいいって思うの。生きるの嫌になったとかじゃない、生きる意味がわかないの」
言葉は濁流の様に流れ、最後は震える声で紡ぐ。バカみたい音量で流れるBGMで聞き取れないなんてことはない、悲痛めいたその声は俺の魂に響く。
「そうか」
俺はこの子になんて言えばいいのだろうか。周りの大人が汚いだけだ、世界はもっと希望に満ち溢れているとでも言えばいいのか。
嘘だ。
世界は残酷で、不条理でくそったれだ。俺が今ここにいる理由こそが、その最たる例だと言っていもいい。逃げ出した俺が、この子にそんな欺瞞を言っていい訳がない。
どう伝えればいいのか、足りない語彙力を総動員させて考えていると体に異変が起こる。あの場に現れて、このゲームセンターにきて、遊ぶのに大体三時間近くは消費したのだろう。もう、この場にいられる時間は残り数分といった処か。
「美咲、外行くぞ」
「え、あのゲームもう一回したかったんだけど」
駄々をこねる美咲の手を引っ張ってゲームセンターを後にする。外に出れば、もう深夜だというのに多くの人が横行していた。
流石にここでいきなり消えるのはまずよな。
付近を見渡してみると、近くに細い路地がみえ、そこに美咲をつれて入った。
「美咲、俺はもう消える。だから、もう一度会えるかもわからないから、言いたいことだけ言う」
俺の真剣な表情から伝わったのか、焦った声色から悟ったのか。黙って頷き、俺の言葉を待っている。
「俺もな、実は自殺したんだ。後悔があるかってい言われたここは後悔があるって言いたい処だが、生憎そう言うことができない。あの時、現状に耐えれなくて、受け入れられなくて、もし生きていたら今より苦しくて結局は自殺していたのかもしれない。ただ、これは言える。俺は今、美咲といて楽しかった。三時間程度しか一緒にいられなかったけど、楽しかった。これはさ、俺が死んで、美咲が生きていたからできた事なんだよ。俺は結局美咲の苦悩を解決してあげることはできなかったから我儘しかいえない。周りの糞みたいな奴らを殴ることも、お前を引きってやるなんて言えない、俺はもう死んで神様の僕だからな。だからさ、生きてほしい。生きていてくれたらまた、俺はお前と会えるかもしれないし、会えないかもしれない。でも、生きていてくれたらまた会えるって可能性ができる。希望がもてる。だから、このくそったれで理不尽な人生ってやつを、もう少し楽しんでみてくれ」
まだ言い足りない。もっと伝えたいことは沢山あった。でも、それは天が決めた時間が許してくれない。
視界が光に飲まれる最中、泣きながら笑っていた顔をみて少しだけ自己満足に浸ることができた。




