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十九話「殺した」


「お疲れ様です」


「あ、どうも」


気が付けば課長室に立っていた。課長は俺が戻ることがわかっていた様で、俺の前にわざわざ立ってくれている。


「あの、俺」


「言いたいこと色々とあると思いますが、帰ってからにしましょう」


「……わかりました。その時はしっかり教えてくださいね。はぐらかしたり、逃げたりするのは無しですよ」


「はい、答えます」


「じゃあ雑務に戻りますね」


「四ツ木さん」


「はい?」


自分のデスクに戻るため、課長室を出ようとドアに手をかけた時、後ろから抱きしめられた。


「えーっと、これは」


「ご褒美です」


「ご褒美ですか」


「ご褒美です」


「それはとびっきりのご褒美ですね、特に腰当たりの感触がいい」


 あたっていた慎ましいながらも、柔らかな感触は即座に離れてしまう。


「真也くんのえっち」


このご褒美、最高です。




課長から頂いたご褒美は俺の作業スピードにも影響を及ぼし、通常より二倍の速度で書類を捌いていった。昼休憩に差し掛かる頃には今日の割り当ては全て完了した。


「よっつん、今日は凄まじいね。何かいいことでもあった?」


「ご褒美があった」


「ご褒美!? 課長と何があったのっ、そうだ、昼ご飯でも食べにいこうよ、私も今日はペースはやしさ」


「いいだろう。今日は俺の奢りだ。好きなだけ頼め」


「へへーありがとうございます。ってタダじゃん」


「戸田さんも誘うか」


あの人には今後の方針を聞きたい。できればこのまま協力体制を保ってき、明美と連携していく。これが現状における最善策だろう。

戸田さんのデスクに目線を向けると、そこには書類一つ無い簡素なデスクがあるだけ。お菓子やらメイク道具が散乱していた気配はない。それを確認して、悟る。


「戸田さんって誰?」


本人の予想は当たり、戸田さんは消えた。


「ちょっと課長に用ができた。悪いけど昼はまた今度」


「ああ、うん。いいけど大丈夫?」


「大丈夫」


課長室にノックもせず入ると、驚いた様子もなく此方を見据えていた。


「課長、申し訳ないですけど、今、教えてください」


「……業務はもう終わってますよね。帰りま」


帰ろう。その一言は足元の大きな揺れによってかき消される。その揺れは次第に大きくなり、大型地震に匹敵する揺れを引き起こした。本棚は崩れ、照明は落下してくる。


「明美!」


止まない揺れの中、彼女が座り込む上部にははちきれそうな照明が今、落ちた。無我夢中に走り込み、明美に覆いかぶさる。瞬時、襲い掛かってくる背中越しの痛み。だが、我慢できないほどの痛みではない。


「真也くんっ」


「大丈夫、それよりもこの地震」


「時間がもう、ない」


「時間って、もう訳がわからん!」


「帰ろう。もう仕上げなきゃダメなんだよ」


「了解、仕上げだがなんだか知らんが、頼む」


重い空気の中、俺達は会社を後にした。




懐かしい自宅。課長に促される様にソファに座る。


「端的に言います。もう一度、地界に行ってほしいの。これが最後」


「また自殺者救えってか? 行ってやるよ、でも、その前に何がどうなってのか教えてくれ」


「本来であれば、もっと時間がかけてこなしていくつもりだったんだけど、仕方がない。さっきの地震、真也君が救った人々のこと。それがこの世界を崩壊へと向かわせているの」


薄々は気づいていた。自殺者を救うことで光が以前言っていた重大なパラドックスを引き起こすこと。それに呼応するように、社員メンバー消えていく。連鎖的に引き起こされる現象はただの偶然で起きたものではないと確信できる。


「明美、お前は何者だ。俺に何をやらせたい」


「簡単だよ。私はやり直したの。真也君と、違う、お兄ちゃんと」


急激に襲い掛かってくる眩暈。吐き気。


「お兄ちゃんんて、お前」


「もう気づいているはずだよね。佐藤 明美。お兄ちゃんのお父さん、四ツ木 忍の再婚相手の娘」


痛い。頭が、痛い。

一刻もこの場から離れないとだめだ。

ソファから立ち上がり、なだれ込むようにして玄関へ向かう。けれど、カギはしまっており、何故だか開けられない。残る逃げ道は一つ、二階。階段を一目散に上り、そのまま部屋に入る。


ピンク基調にした女の子らしい部屋。


明美の部屋だ。俺が言った、ピンク色って可愛いよなって。置かれているベット、机、立てかけられている写真。全て知っている。

怒鳴り声も、悲鳴も。去っていく明美の後ろ姿も。覚えている。


「お兄ちゃん、久しぶり」


そうだ、俺は明美を殺した。


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