一話「やるっきゃないでしょう」
目の前に広がる綺麗な夜景をバックに少女はB級ドラマの主演女優並みに輝いていた。瞳を濡らして、驚いた表情は迫真といっていもいいだろう。
俺といえば大根役者もいいとこで、今から伝えねばならない言葉も、上手く舌が回らずどもるばかり。とはいえ、俺が一番嫌なのは無言で静寂、何か場繋ぎでもいいから話していないと緊張してしまう性分なのだ。
一度小さく、息を吸って吐いて、スーツ正し、おどけた様な笑みをつくり、伝える。
「あ、どうも。第114514線地球日本支部復興支援課の四ツ木 真也と申します」
「突然ではありますが、自殺、少し待ってみませんか?」
築3年58階建て高層マンションの屋上。塀に立つ少女は唖然とした表情のまま言った。
「頭、大丈夫ですか?」
やっぱりそうなりますよねと、内心呆れながら、この現状を作った上司に思いを馳せる。しかし、いやまてよと。考えてみれば己が悪かったと思いなおす。
あのブラック企業を安易に信じた俺は馬鹿だったと。
「あ、初めまして。第114514線地球日本支部人事課のラ・フィールと申します」
細い狐目をした男は皴一つ無いスーツの内ポケットから名刺ホルダーを取り出し、一枚、差し出してきた。生まれて今まで、名刺なんてもらった事が無いために、どう受け取ればいいのかすらわからない。とりあえず、両手で貰えば失礼には当たらないだろうと考え、卒業証書を貰う様にして頂いた。
「あの、これは」
「あーわかります、わかります。困惑されますよね。皆さん最初は同じ様な反応をされます。そして質問を必ずされる」
一呼吸おいて、その細い目の中にある瞳が小さく光る。
「『此処は何処ですか? 死んだはずなのに』と」
そう。俺は死んだ。車に轢かれてそのまま即死。本来、トラクターなどの大型車両でひき殺されるて即死ならわかるが、セダンに轢かれて即死というケースは稀ではないだろうか。法定速度など我関せずといった塩梅で飛ばしていたからこそ起こった事故といえるだろう。
意識が途切れたと思ったら、声が聞こえて、目を開けてみれば目の前にスーツを着込んだ男が座っていた。長方形のテーブルを挟んで、向かい合う様にしてパイプ椅子に座る俺とスーツの人、もといフィールさん。
「色々と疑問ばかりでしょうが、まずは私の説明を聞いて頂けないでしょうか。その後に、質問があれば答えさせて頂きます」
「は、はぁ」
「ありがとうございます。まずは四ツ木さんの状態ですね。貴方は間違え無く死んでいますよ。日本時間で言えば2019年 10月29日 午前8時1分丁度に」
やはり死んでいるのかと。ふと気が楽になる。ともすれば、ここは。
「想像がつくと思いますが、貴方は死んで魂の残留思念として、生前の形を保ち此処にいます。ここは死後の世界でして、貴方が言う天国でも地獄でもありません。なんといえばいいでしょうか。そうですね、ハロー〇ークみたいな所です」
「ハロ〇ワークって……。死んでも働かされるんですか」
死んでも楽にはなれないとは誰が言ったのかもわからないが、それは正しかった様だ。
「いえいえ! 例えとして言いましたが、どうするかは四ツ木さん次第です。私が仕えている神様はですね。俗にいう天界といえばいいでしょうか。死んでいった魂を回収して洗浄、そして再度投下するのが私達の仕事でして。その中で、私は人事課の方を務めています。私は神様に仕える天使だと言えなくもないですね、男で三十路を超えたおっさんですけど」
はははと笑う男は俺の乾いた目線に気づいて、話を進める。
少なからず、天使は美少女を崇拝していた俺には過ぎたブラックジョークだ。
「で、ですね。私の仕事は名称の通り、人事を担当しておりまして。四ツ木さんを新入社員として内の神様のもとで働かないかと勧誘させて貰っているのが現状です」
「働いて、何か意味があるんですか? 働かないと地獄行きだとかなら働きますけど」
「いえいえ! そんな事はありません。このまま魂を洗浄して再度真理の渦に流されるだけです。しかしですね?」
一拍置いてから、少しトーンを落として語る。
「神様もお忙しくて、こと日本では現在自殺が増えていまして。業務が滞っており、即座に次ぎの人生へとはいきません。その間、ざっと五百年くらいでしょうか。地獄か天国か、四ツ木さん様の生前の行いを鑑みて、どちらかにお招きし、待っていただくことになります。天国に行くのか、地獄に行くのかは生前の行いを鑑みて頂けたらと」
彼は苦笑しながら、そう付け加えるのをみて、自身の生前の行いは天国に行けるほど善行では無いと察することは容易だ。
「ですが! 神様のもとで働き、業務を全うされましたら、好きな世界に好きな条件で貴方の人格を保ったまま、生まれ変わる権利を与えられます。なんなら条例に反していなければ他の願いでも構いません。業務期間中は娯楽施設をお好きに使って頂いて構いません。無論、業務に差しさわりが無い程度にですが」
つまり?
「業務を全うすれば、例えば、イケメンでお金持ちで美少女の幼馴染がいる環境に生まれ変わることができたり?」
「容易いですね」
「剣と魔法でファンタスティックな夢と希望が溢れる世界に行けたり?」
「そこは条約があるため何処でもは無理ですが、行けます」
「加えて娯楽施設もあると」
「はい。ゲームセンターから飲食店、アミューズメントパークに夜の遊園地まで、地界にある娯楽施設は全てあると言えます」
「ちなみに、業務内容と給料とかは?」
「週休二日制勤務時間は八時間程度、業務内容は各部署を体験してもらい、終わり次第、此方で決定させて貰います。衣住に関しましては各部署によって変わりますが、此方で手配します。食に関してはお好きな様にして頂いて構いません。霊体ですので、栄養摂取は必要ありませんが娯楽の一環として食される方もいます。給料はありませんね。お金、という概念が存在しませんから」
なるほど確かに。衣食住は神様負担で娯楽施設は使い放題ともなれば、お金の必要性は無いだろう。
働かなければ、地獄か天国かどっちかで五百年待機。それも俺なら地獄行き濃厚。働けば、来世はウハウハライフが待っていて、今も好きな様にできる。
生前働いたこともなく、自堕落な日々を過ごしてきた高校生だったが、ここで神様に媚をうっとくのも悪くない。
これはもう、やるっきゃないでしょう。
「男、四ツ木 真也、誠心誠意、神様に仕えさせていただきます!」
俺の宣言を満足げに頷く、フィールさんの顔は口角を一段と上げていた。
この時、この怪しさマックスな人を少しでも疑えば俺は変わっていたのかもしれない。
俺は流される様に判子ならねぬ、魂子を刻み、矢継ぎ早渡される資料を手にあほ面を晒した。




