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十八話「ありがとう」


「こっからその子の所まで結構遠い訳?」


「車で二時間くらいです」


二時間。森からタクシーに乗るまでに一時間近くは経過していた。何処かで短縮しなければ俺は間に合わない。


「運ちゃん、一時間半でいけます?」


「この瀬戸内の鯖と言われた俺に任せな、一時間で余裕だ」


「だってよ」


「そのあだ名、ねぇちゃん好きそう」


「お前姉いんのか」


「はい。今大学で考古学専攻してます」


「まーた変なとこ突くな、お前の姉って感じがするわ」


「それ馬鹿にしてますよね、絶対馬鹿にしてる!」


「おう」


「せめて否定してくださいよ……」


うなだれる京谷を見ながら、どうにか間に合いそうだと安堵する。

森を降りて近くにいたタクシーの運転手は名のある走り屋だったようだ。そのドライブテクニックはその名に恥じぬ微妙なもので、一時間は無理でも願い通り一時間半で病院前に着いた。

都心の大きな病院。外は立派なもので、建てられたばかりなのか、内装も綺麗に違いない。


「つか、勢いできたけどまだ面会できるか?」


「たぶん大丈夫だと思います。この前もこのくらいの時間でしたので」


一秒でも早く向かうため、走りながら院内に入り、受付に行くと、その予想は外れてしまう。


「すみません、面会は今受け付けておりません」


「なっ、悪化したんですか!」


受付のお姉さんは悩ましい顔をして、言っていいものかと苦悩している様だったが、イケメンに詰め寄られたことで意を決したらしい。


「美咲さん、面会を拒絶されていまして」


「そんな……」


美咲って奴はこうなることを見越して事前に手を打っていたのかもしれない。ともすれば、これは逆にチャンスだ。会わない様にするということは少なからず会いたくないと思っているということ。会っても会わなくても変わらないのであればこの様なことはしない。


「京谷、行くぞ」


「でも!」


「お姉さん、すみません。お手洗いお借りしてもいいですか」


「あ、はい。右手に進んで頂いて左側にあります」


「ありがとうございます」


右手に進んで左側。京谷の腕を掴んで連行するする形でトイレに入り、数分籠る。


「美咲さんの号室わかるだろ? 今から誰かがエレベーターに入ったらこっそり入り込むぞ」


「え、でもそれ不法侵入じゃ」


「ばっかお前、そんなもんかよお前の愛は」


「この病院爆発していいですか」


「その意気だ。よし、行くぞ」


「ていうか、天使の使いって俺だけじゃなくて他の人とも話せるんですね」


「今時の天使は親身になって相談することを心がけているんだよ」


都合がいいことに複数人がエレベーターの前で今か今かと待ち、その中には大荷物を抱えた人もいる。

エレベーターが開いたと同時になだれ込む様にして入っていく人々に合わせて、俺達も速やかに紛れ込んだ。

805号室。プレートに美咲の名が記載されている。


「京谷、行け」


「は、はい」


京谷はうわずった声でドアに手をかけて開いた。


「お久しぶりです、美咲さん」


「んー、何できちゃうかな?」


京谷の意中の相手。美咲さん。病弱ながらもその凛とした振る舞いは可憐だ。見た目からして20代後半だろうか、京谷の推定年齢ともそこまでは離れていないはずだ。背中まで伸ばした髪はゴムで束ねられていた。京谷が惚れるのもわからんでもない。二人がデートスポットで手をつなぎながら歩いていれば怨念をぶつけている。


「この人に発破をかけれまして。まだいう事があるんじゃないかって」


「この人?」


「僕の横にいる人ですよ」


「誰もいないけど? 京谷君大丈夫?」


「え?」


京谷は二度俺と美咲さんを交互に見返した。

俺の事が見えていない。本来であればこれが望ましいのだが、どうにも俺は他の人にも普通に見えている。タクシーの運転手も、受付のお姉さんとも会話が成立していた。

美咲さんが病で俺のことを確認できないと考えられるが、それならば京谷のことも見えないのではないだろうか。


「京谷、いい。んなことより放せ。ばれた終わりだ」


俺のタイムリミットとナースがくれば即刻退出しなればならない。残された時間は十分程度だろう。


「美咲さん」


「うん」


「俺、今日自殺しようとしたんです」


「え、な、なんで!」


「美咲さんがいない世界なんて生きている意味ないと思ったからです。それなら、僕も死んで天国でもどこでも、また美咲さんと共に居たい」


「そんなの嫌に決まってるじゃん! 私がそれで喜ぶとでも思った? 前も言ったけどさ、私好きな人がいるから無理。京谷君のこと嫌いじゃないけど、別の人探してよ」


ベットから身を乗り出して、最後は冷淡に言い切る。その声が震えていなければ満点だった。


「はい。無理なのは知っています。それでも僕は美咲さんといたい。別に付き合ってくれなくてもいいんです。ただ、ただ時折でもいい、一緒に過ごしたい。それだけです。僕に異性として魅力が無いというなら友人として仲良くしてくれませんか?」


ゆっくりと、自分の気持ちを確かめる様に伝えていた。

それでいい。逃げるな。自分の気持ちを素直に伝えろ。でなれば理解してもらえないし、望む未来なんて手に入る訳もない。


「なんで……なんでそこまで」


「好きだからです」


「もう、私死んじゃうんだよ」


「それまで一緒にいさせてください」


「私が死んだあとも生きなきゃだめだよ?」


「残りの時間、片時も離れなければそれを思い出に生き続けます。その決心をさっきしました。だから拒絶しないでください」


「そっか、そうかー」


「そうです」


「私さ、昔自殺しようとしたんだ」


その一言は俺も驚いた。病気になっても懸命に生きようとするする人が、まさか自殺しようしていたとは。


「美咲さんが?


「うん。まだ中学生の頃で、お父さんが死んじゃってその環境とか諸々嫌になってね。その時に信じてもらえないだろうけど、自分は天界からきたーとかいう変な人が現れてさ。そいつがさ、生きればいいことあるかもっていうもんだから生きてみたけど、もう苦難の連続。遺産の処理やらなんやら、癌になっちゃうもんだから結局はこの病院をばーんとたてて終わりだったけどね。生きていればまた会えるかもとか言って、結局現れないし」


それ、俺。ていうか、美咲ってあの時の美咲か! 随分大人になったもんだから気づけなかった。

打たれたこともないが、雷に撃たれた感覚とはこの様なことをいうのだろう。

美咲はしっかり生きてくれたのだ。あれから約十五年くらいだろうか、病におかされても懸命に約束まで覚えてくれて、生きている。ただそのことだけが嬉しかった。


「あの、美咲さん、たぶんその人」


「でも、生きてたから京谷君が来てくれた。生きていてよかったって思えたよ」


「こ、光栄の極みです!」


「ふふっ、なにそれ。じゃ、残りの時間、京谷君にあげる。幸せにしてね?」


「え、てことは、あれですか、あれなんですか!」


「付き合ってあげるって言っての。気づきなさいこのにぶちん」


「や、やたーーー!!!」


「ちょ、うるさい!」


我を忘れて狂喜乱舞中の京谷には美咲の言葉すら届かない。やったやったと小躍りまで始める始末だ。このイケメン、残念過ぎる気がしてきた。


「あ、美咲さん。さっき言っていた人なんですけど」


「京谷。いうな」


「真也さん……」


「京谷君、今、なんて」


めざとく気づくのはさすがだな。だからいうなといっただろうにぼけ。


「京谷君、今真也っていった?」


「あ、はい。その、最初に言った俺に発破をかけてくれた人です」


「その人、まだここにいるの?」


「はい、美咲さんの隣に」


「そ、か。まさか私にじゃなくて京谷君に会いに来てるとは思わなった。聞いてるの、この嘘つき」


「嘘ついてねぇわ。今会えただろうが」


「私ね、頑張ったよ。もーそれは滅茶苦茶頑張った。このくそったれで理不尽な人生ってやつを、そこそこに楽しんでる。もうアンタより20は上よ」


「は? お前それ、三十後半ってことになるぞ、若作りしすぎだろ……」


体はもう消えかけていた。前回同様、視界が光に飲まれていく。


「あの時、言えなかった。でも、今なら言える」


「ありがとう」


視界は完全に白へと塗り替わった。


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