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十七話「生きがい」


前回同様、天空に放り出せれるのかと思えば、今回は最初から地面に出現することができた。

周囲を見渡すと木、草、キノコ。森林の中にいた。木々のさざめきと遠くから聞こえてくる川の潺。溜まっていた疲れは洗い流されそうだこのまま目を閉じて身を任せたくなるが、目下進行中の自殺行為を止めるのが先決だ。


「あの、え、貴方何処から」


木に縄をかけ、首吊り自殺をしようとしていた青年は動きを止めて此方を見ていた。


「何処からきた、でしたね」


一度深呼吸をしてから、できるだけ柔和な笑みを浮かべて話す。


「第114514線地球日本支部復興支援課の四ツ木 真也と申します。自殺、少し待ってみませんか?」


口を開けて呆ける青年は、思ったことをそのまま口に出す。


「俺、もう死んでたりします?」


「そりゃねーよ」


このくだりは毎回やらねばならないのかと辟易する。


「でも貴方、たぶん死神とかそんな感じですよね」


「わからんでもないが、死神って訳じゃない。いうなれば神の使徒って処だ。つか何でお前自殺しようとしてんの」


「神の使徒ってより借金取りに似てるんですけど……」


「何お前、喧嘩うっての? かいまよ? 天罰下しちゃいますよ?」


初対面、それも自殺しようとしている者に対してここまで乱雑な口調で辛辣に当たるの理由は青年の風貌に帰結する。

イケメンなのだ。そんじょそこらのイケメンとはレベルが違う。その世代のスターといってもいいほどに格好いい。すらっとした長い脚に細い体、染めているとは思えないさらりとした金髪。外人特有の高い鼻は顔面偏差値を総じて高いことを示していた。

わかっている。わかっているさ、醜い嫉妬であること。相手も相手なりの苦悩を抱えて自殺をしようとしていることは。だが、だがしかし、できた人間処か、劣等感丸出しの俺は男として嫉妬せざるを得ないその美貌が悪いのだ。


「天罰を下されるのもやぶさかではないですね、あはっ、むしろ下してください」


遠い目をしてそう呟く。


「あー、悪かった。とりあえず、俺みたいな奴に看取られたくないだろ? こっちにこい。別に警察に渡したりしないから、どうせその後また自殺するだろお前。少し話してそれでも死にたいってならもう止めん。消えてやる」


今回も前回と同じ条件なら猶予は三時間。話していたら直ぐに時間は無くなる。消えてやる、というか消えてしまう訳だ。


「誰にも見られずにひっそりと死にたかったですし、わかりました。貴方は、天使の使いの、なんでしたっけ」


「真也だ。お前は名前なんていうの」


「佐田 京谷です。私の自殺理由でも話せばいいんですかね」


「京谷、川見に行こう。この音から察するに近い」


「アンタ自殺止める気あります?」


「あるって。歩きながら聞かせてくれよ、理由」


俺と京谷はゆっくりと音を頼りに川まで歩き始めた。




「俺、そこそこモテるんですよ」


「え、何自慢タイムなの」


「違いますよ。モテはするんですけど、好きな人がいて、その人は俺みたいな奴好きじゃないらしくて。何回か告白したんですけど笑わて終わり。他のいい子を見つけなさいで一蹴されてしまうんです」


「その子と付き合えないから死ぬってか。それなら俺は百個命あっても足りんぞ」


「いえ、振られるのは仕方がないですよ。でも、その人重い病気にかかっていて、お医者さん曰く、もう一か月も無いらしんです。こういうのもなんですけど、その子、俺のこと嫌っている訳じゃなくてむしろ関係は良好。私はもう死ぬから無理だって、付き合えないってこの前言われたんです」


「はー。その子のいう通りじゃねぇの。向こうからしたら申し訳ない気持ちにもなるだろ。お前もわからん訳でもあるまいて。あ、松茸」


「人の話しっかり聞きましょうよ天使さん。ええ。ですが、私は生きていて初めて恋をしたのです。酔狂でもなく、心の底から惚れてしまった。あの子がいない世界になんて生きている意味はない」


「つまり、その子が死ぬから俺も死ぬってことか」


「はい」


川の音が身近になってきた頃、足をとめて拳を強く握る。そして、そのまま京谷の右頬に右ストレートを見舞う。俺の力は生前の頃と変わりはしなかったが、それでも腰の入ったストレートは京谷を地面に転がす程度の威力はあった。


「何するんですか」


「あのな、それで死んだら」


「美咲さんが悲しむっていいたんですか? わかってますよ! きっと自分のせいだって責めるだろうってことくらい、わかってます、でも、それでも耐えられない。なんで美咲さんが死んでしまうんだよ、何も悪いことしてないのに。俺の悩みにも親身になって聞いてくれる人がなんで! 付き合えなくてもいい、ただ美咲さんと過ごすのが俺の生きがいなんだよ……」


「……。お前さ、それちゃんとその美咲って奴に伝えたか?」


「いえ、こんなこと言っても迷惑だろうし」


「言葉にしなきゃ伝わらんこともある。言葉にしないと伝えたい事も言えないこともある」


「……。」


京谷に手を指し伸ばすが、握ってこないものだから、腕をつかみ引き上げる。


「お前の想い、迷惑でもなんでもいい。しっかり伝えてこい。俺が何も言っても響かないだろうし、俺の説得よりその子の方と話す時間にこそ意味がある。どうせその子も死んでしまうのかもしれないし、お前も自殺しようとしてんなら、迷惑の一つかけても罰はあたらん。この神の使いが保証してやる」


「目的地変更だ。行くぞ、美咲って子の処に」


黙りこんだままだったが、少し笑った後、意を決した様に力強い瞳で前を向いた。その瞳は出会った当初の虚ろなものとは違っている。


「俺、殴られる必要ありました?」


「喝を入れたんだよ、あとはその顔殴りたかった」


「それ絶対殴りたかっただけでしょ!?」


目前に迫った川に背を向けて、俺と京谷は来た道を戻る。

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