十二話「まだ夜じゃないんだけど」
支離滅裂な主人公を、『でもしゅきだから!』で難なく愛すヒロイン達。明らかに親友の方が素晴らしいのに、なんなら終盤に出てくる悪役の方が男らしくて素敵なのに、それでも主人公の
適当な理由を見繕って、自由奔放に悪役を無慈悲に倒す姿を見て、ヒロインはやはり好きだと再確認にして終わり。
俺達は映画を見終わり、昼ご飯を食べ終わってウィンドウショッピングをしながら歩いていた。
「やっぱ映画の終わり納得いかないんだけど……。なんでヒロインずっと主人公好きなの? 聖徳太子の女バージョンなの?」
「んー、そうかな」
「主人公に好かれるポイントあったか?」
「なんかだらしない処?」
「それマイナスポイントじゃね」
「なんていうかね、可愛いというか、憎めないというか。わからないかなぁ」
「わからん。特段イケメンだとか、秀でている処も無いわけで。主人公よりも悪役の方がマシだと思ってたわ」
「悪役の人も最後の理由聞いたらキュンとはくるけど、あれじゃないかな、惚れた弱み的な」
「あー」
「一度好きになった何でも許せちゃうみたいな」
「それはそれで重いわ」
愛さえあれば許せる、許してくれるというのは共依存みたいなものだ。その成れの果ては碌なことにはならないだろう。
「あ、ちょっとお手洗いいってくるね」
「りょーかい、まっとくわ」
小走りで走っていくのを見届けた後、周囲を見渡す。時折、天国民以外の同業がいるのはみかけるが、それは500人の内に1人といった割合だ。希少種といってもいいだろう。そう思えば特別感が出てきて気もまぎれる。しかしやはり気になる。俺達が天国民と切り離されている、いや、地獄民とも切り離されている訳で、何故、関わることが許されないのか。その理由は明美が知るところではなさそうだった。その理由を知りたいなら、人事課兼悪魔兼神のラ・フィールに問うしかなさそうだ。
揺れ動く人ごみの中、音楽やら声やらが混じった雑音を聞きながら思考していたが、それは突如として停止した。
「は?」
比喩ではない、時間が、俺が認知できている周囲の動きが全て止まったのだ。
「んだこれ……」
こんな現象、こと天界にいるのだからそう驚くこともない。それでもこんな事今まで一度もなかった。何より、何故俺は動ける。手も動くし足も動く、なんなら反復横跳びだってできちゃう。
かつん、かつん、かつん。
ホラー映画宜しく、どうにも聞いたことがあるヒール音が後方から聞こえてくる。後ろを振り向けば碌なことにはならないだろう。けれど、それでも振り向いてしまうのが人間という元生物でして。
「ぎょうぶ、しっごう」
「おいおいおい。まだ夜じゃないんだけど」
走る。それはもう一目散に逃げた。ただ追いつかれるのに時間はかからない。
昨夜俺を襲ってきた謎の存在Xはまたもや俺を殺しに来た。時間停止、空間停止といった方がいいのか。この現象を引き起こしたのは十中八九、Xだろう。
「くっそが、滅茶苦茶はえぇなおい
襲い来る飛びナイフを間一髪で避けながら、一番最初に行った服屋を目指した。中に飛び込むようにして入り、カウンターに置かれている見慣れた服を乱雑にもぎ取る。
「あまえ、けす」
「いやー、残念ながらもう死んでるけど?」
「ぶつりてきに」
「そのジョークさ、ここに来てからよく聞くし、俺言うようなったけどさ、物理的にって何だよ。物理の法則ガン無視じゃねぇか!」
俺のツッコミなど意に返さず、Xは襲い掛かってくる。真っすぐ一直線にくるというよりも、時折姿を消して現れて、ジグザグに詰めてくるのは昔みた忍者みたいだなと、場違いにも思ってしまった。
上段からの蹴り。元から運動神経がいい訳でもなかったが、危機が迫れば反射で防げた。骨など無いはずなのに、メキメキと軋む痛みが脳に響く。
防いだと思ったのも束の間、体を捻り、回し蹴りが俺の首を刈り取りにきた。これも防げれば俺って実は武術の才能あるじゃんと自画自賛できたが、残念ながらもばっちり吹っ飛ばされた。
意識が一瞬飛ぶ、という経験はいままで無かったが存外、その瞬間は痛みや恐怖ないものの、気づいてから一気に襲ってくる。
やばい。これ勝てる要素無いわ。
「あぎら、めろ」
「確かに。諦めてしまえばそれで終わりなんだけも。頑張ったらご褒美特典がある、かもしれないからさ」
「だら、けす」
今度は紛れもなく一直線に詰めてくる。
「消されるは嫌だから」
右手は、添えるだけ。
「っぐ!」
純粋に速度や腕力、戦闘技術で勝てる訳がない。しかし、まだ二回の戦闘経験しかないが奴の攻撃は単調である。とりあえず蹴る、防がれたら再度攻撃する。フェイントなどの駆け引きはしてこない。故に、突っ込んでくるとわかれば近接して襲ってくる。それに反応するのは難しいが、それでも予想することはできる。勘といってもいい。だからこそ、一回目の戦闘で奪った小刀を服に隠しながら前に向けておく。
今回は、勘が当たった。
「お前にもきくみたいだな、この小刀」
「……。」
「どうするよ、まだまだやるか?こっちとしては即刻帰ってもらいたいんだけど」
「じかん」
「じかん?」
Xは一言残して煙に様に霧散して消えた。それと同時に止まっていた時間は動き出す。安堵からその場に崩れこんでしまう。
怖かった。動悸は早鐘の様に鳴りやまず、恐怖は離れない。こんな醜態を公然の面前で晒していると思うと羞恥心で消え去りたくなるが、不幸中の幸い、誰も俺の事なんか気にしちゃいないし、認識すらしちゃいない。
「不審者。不審者。緊急コード055412、一歩も動かないでください」
業務用ロボット以外は。




