十一話「だろうと思った」
バスの中で揺れること数分、目的地であるデパートに到着した。
「んじゃ、服探しますか」
「ええ、一時間なんてすぐ過ぎますからね」
「すみません、付き添わせてしまって」
「いえ、大丈夫ですよ。服見るの好きですし。あと、二人っきりの時はもっとフランクに話してもらっていいですよ。職場でもないのに堅苦しくするのは疲れますし」
「あー。じゃあ敬語やめさせてもらいます。じゃなくて、もらうわ。明美も飲んでた時くらいに敬語じゃなくてもっと軽く話してほしい処だけど、どうでしょうかね」
「はいっ。そうするね。こんな風に話すの久しぶりかも」
「あー、仕事一筋って感じがするもんな」
「別にそういう訳じゃないんだけど、自宅と会社の往復だけだと自然とね」
「確かに。それだけだと固まっていくわなぁ」
他愛もない話をして、一緒に歩いているとどうにも彼女が冷血な課長で、それもこの世界の秘密を知っているミステリアス少女には見えない。どちらかというと同年代の友達だ。それもとびっきり可愛い友達。こんな女性と友達だったら自慢しまくって恨まれてるね。
このデパートでは映画からゲームセンター、服屋、装飾品、食事処等々なんでもある。今日も数多くの天国民で賑わっていた。俺もまた、その群像の中に紛れている。
「確認なんですけど、天国民達には見えていないですよね」
メンズの服屋は三階。エスカレーターで上りながら周囲を見渡すと天国民だらけだ。別に何かの目印がある訳ではない。ただ理解できてしまう。それはそういう摂理なのだ。
「そうだよ。私達のことは見えていない。認識できていない」
「なんていうか、俺達ってあやふやな存在だよな。まるであれだ、幽霊」
「そうだね。その考えは間違えじゃないよ。ただ、いるのは天界だけどね。あ、あの服に合いそう」
明美が見据えている先には、マネキンが白色のタートルネックに滑らかな黒色の革ジャンを羽織り、濃いバニラ色のチノパンを着ていた。個人的には敬遠しそうな服装だが、明美に似合いそうなどと言われれば気になる。
「あー、似合うかね。俺生前でも革ジャンとかあんまり着たことないんだけど」
「うーん、ものは試し、試着してみたら? ほら、今革靴履いてるし合わせやすいかなって」
「確かに。着てくるわ」
シックな店内に入ると、業務用ロボットが直ぐに近づいてきて、注文を伺いに来た。
「そこのマネキンが着ている奴一式、Mサイズで」
俺の注文を受けて裏側に戻っていくと、ものの数分で持ってきた。それを手に取り、試着室に入って着替えてみたが、なんとも違和感しかない。革ジャンなんてきたのは痛々しい中学時代くらいだ。
「真也君、着替えた?」
何気に名前で呼んでくれたこと、しっかりわかってますよ。
「あー、着替えたけどなんともチグハグ感がある」
ダメだ、違うのにしようと思い、ジャケットに手をかけたと同時にカーテンは勢いよく開かれた。
「……。」
「ほら、だから似合わないって」
「サングラス、あと美容室いこ」
「は?」
「店員、買いで。このまま着ていきます。着ていたスーツは袋に入れて預かっていてください。また取りにきます」
興奮気味に明美は俺の手を引き、サングラスを買いに別の店に行っては多種類のサングラスを俺につけては取り、取ってはつけてを繰り返して、通号三十八番目のサングラスを買った。明美は自分様に銀縁眼鏡を買っていたが、きつめの上司がレベルアップして降臨なされていたのは言うまでもない。
だが、勢いは収まることはなく、次は美容室。今回はもとから決めていたのか、業務ロボットに細かい指示を矢継ぎ早に出した後、カットは直ぐに行われた。毛先を整え、髪を洗い流し、ジェルでセットする。
「これです!」
服装から何まで改造された俺の姿は鏡に映り、180°見てくれが変わっていた。服装に似合う様に短く切れた髪はオールバックで固められ、自分で云うのもなんだが、悪くない。
惜しむらくは、顔と身長がもう少しダンディになれば尚良かったが。
「あのね、服装みててこー閃きが起きたっていうか、どうかな。色々勝手にしちゃったけど」
「悪くないって感じだな、まさかこんな風になるとはおもわなんだ」
「んふー、でしょう。やっぱりこういう服に合うんだよ」
「ありがとな。お陰でイメチェンできた。新しい自分を発掘できたって言った方がいいか」
「どういたしまして! あ、もう時間だね、皆もう来てるかな」
「となると、この姿を見せる訳か」
「いいじゃん、へんてこりんなら嫌だろうけど、その、かっこいいしさ」
「そりゃどうも。何してんの」
明美はカバンから眼鏡を取り出してかけ始める。
「いいですか、四ツ木さん。私がこの眼鏡をかけたら上司としての対応を心がけてください」
某名探偵お前は。
「了解です、課長」
「ふふっ、よろしい」
この人、色々と軟化しまくってるな。業務以外で会話しないみたいな人だったのにここまで変わるとは実に恐ろしい酒の力。いや、恐ろしくもないし、酒はもう入っていないが。
そっぽを向く明美を見ながら、着信メールを見てみると五つのメールが来ていた。この時間になる五つのメールとなれば、もう見ずともわかる。
「あの、四ツ木さん」
「次の言葉言い当てましょうか」
「はい」
「皆今日謎の腹痛やら事故やらでこれなくなった、でしょ」
「当たりです。理由は違いますが、皆来れないらしいです」
「じゃ、その眼鏡外してもいいですよね」
俺は明美の眼鏡を取り、手渡す。
「そうだねっ。じゃ、映画みにいこっか」
何処か嬉しそうな明美をみて、どいつもこいつもと呆れた思いは消えさり、今となっては楽しみだと感じるだけだ。
この時の俺は知らなかったが、後方で五人の影が俺達をニヤついた目でみていた。




