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十話「既視感」


「だいだいれすねー、もっとはやめにやるれきなんれすよ」


ダン、と勢いよくグラスをテーブルに叩きつけて怒る姿は可愛くもあり、怖い。目は半分閉じられていて、頬は赤らんでおり、何かいけないことをしている気分になってくるものだから尚たちが悪いものだ。


「そうですね、わかります」


「わかってます! 話しかけずらいのかなぁって思ったりもします!」


「いやいや、そんなことは。課長優しそうですし」


「明美!」


「え」


「明美って呼んで!」


「あ、明美さんは」


「あーけーみ! さんらいない!」


これが俗にいう下戸というやつなのか、絡み酒が酷い。もう寝よう。課長、もとい明美を寝かせて俺は帰ろう。


「明美、明日につかえないように寝よ」


「もうわたしと飲みたくないってことぉ?」


「いや、そういう訳ではなくて、ほら、明日終わった後、また飲もう」


「……わかった。寝る」


不服ながらも納得した様で、軽く頭を縦に振った。ふらついた足取りで立ち上がる。そのまま二階の自室まで歩こうとするも、何もない処で転ぶ。二転三転した頃には立ち上がることをやめてそこで寝始めるという暴挙にでた。頑張れ課長、やればできる子だ。


「かちょ、明美、寝室はどこ?」


「二階、右の部屋」


「りょーかいです」


明美を背負って、階段を上る。階段の感覚すら同じだ。子供の頃は段差が大きくて上ることすら一苦労だった。

少しずつ二階に近づくにつれて、鼓動は何故だが早くなる。ここは俺の家に似ている。それこそそっくりそのままだ。なのに、俺の家には二階に一室しかない。明美が住みやすい様に改築したのか、それともここはただ単に似ているだけのなのか。

鼓動は早鐘の様に早くなる。自分の耳で、体で自身の心臓の音を感じることができた。呼吸は短くなり、体は震え始める。


震える脚で最後の階段を上り、二階の景色をみた処で――意識が途切れた。




「――さん。四ツ木さん!」


 虚ろな意識は一気に覚醒し、勢いよく起き上がる。


「はい、すみません!」


「いえ、何故謝罪されているのかわかりませんが……大丈夫ですか?」


明美は俺の顔色を覗き込む様にして不安そうな顔をしていた。


「大丈夫です。咄嗟にでた言葉といいますか、習慣といいますか」


「謝罪する習慣とは悲惨すぎませんか? どうぞ」


半ば呆れながらも、俺にコップを渡してくる。コップの中に入っている水に浮かぶ自身の顔は酷いものだった。目つきが悪い上に顔色は真っ青。これでは明美も心配する訳だ。


「ありがとうございます、明美さん」


「あけっ、あけみっ」


頬を紅潮させてアタフタとするのをみて、何に戸惑っているのかを理解した。酔ってネオ・明美になっていた彼女は通常時の明美に戻ったことで名前呼び自体に耐性がないのだろう。


「あー、馴れ馴れしくすみません、昨日テンション上がっちゃって」


「いえ、その」


「課長、今何時くらいですか?」


「あ、もう出ないと間に合いませんね」


「なら急ぎましょう、介抱ありがとうございます」


「いえ、此方こそ昨夜は申し訳ありません。二杯目までは覚えているのですが、それ以降はもう。醜態を晒してしまいました」


俺はそそくさと立ち上がり、スーツ姿で遊びに行くわけにもいかない。自宅に戻って数少ない私服に着替えてから、と思ったが、時計をみてみれば自宅に戻って色々していては間に合わないだろう。どうしたものか。この難題に頭を悩ませていると、課長が明暗を提示してきた。


「あの、このまま四番通りまで行ってデパートで服を見繕うのはどうでしょうか。幸い、ここからなら直通便もでますし、一時間程度選べます」


「それナイスアイディア、行ってきます」


「あ、私もいきます! 少し、ほんと少し待っていてください。あ、リビングで適当にニュースでも見ていてください!」


「わっかりやした」


明美は俺の返答を待たずして自室へ行ってしまった。俺は手渡された水を半分ほど飲み、一階のリビングに向かう。馴染みのソファに座り、いつもの定位置に置かれたリモコンでつける。このテレビは当時最新型ということで買ったものだったが、俺が中学を卒業する頃には薄型だのなんだのと、随分古い型番へとなっていた気がする。それすら同じもの使っているのだから、やはりこの家、この家に住む明美には何かただらぬ秘密があるに違いない。

そんな名推理を一人で行いつつ、チャンネルを適当に変えていると一つのチャンネルに目がとまる。


『では、今回は日本を統括されている神様にお話をおききしましょう! どうぞ!』


 天使のコスプレをした綺麗な女性がマイクを片手に祭壇でトークを繰り広げ、右腕を広げた。


『はい。どうもどうも。皆さん健やかにお過ごしでしょうか?』


神様と呼ばれて現れたのは狐目の細い男。


『神様、今日の一言をお願いします』


『はいはい。今日の一言はそうですねぇ、何事にも意味はある。貴方が選択した道こそが正しいのだ。ではまた明日』


『ありがとうございました~』


何が貴方が選択した道だ、お前がほぼ誘導した道だろうが!

神として現れた男、それは人事課担当と名乗り、俺を魔境の巣靴に追いやった、ラ・フィールだった。


あの男は嘘しか言わないのか。じゃあなにか、神様自らブラック企業に斡旋していたということか? そんな神は滅びろ。だから日本は少子高齢化社会へと進み衰退の一歩を辿っているのだ。あんな神より女神を出せ。


憤りを感じながらも、今更せんないこと。もうこのデスマーチの行進を止まらないし、ここで駄々をこねても変わらない。

たまった鬱憤を飲み込む様に、残っていた水を一気に飲むと、階段を降りる音が聞こえる。


「お待たせしまし……また、やつれた顔をしてますね」


「ええ、この世の不条理に憤慨していました」


「それはお疲れ様です。じゃあ行きましょう」


ソファから腰を上げ、さあいざんいかんと玄関に向かう際、明美を見るとなんとも可愛らしいことか。

長い髪を束ねることなくそのまま背中までおろし、前髪だけピンでとめている。化粧も薄くしており、元が良いものだからそれで事足りている。それに合わせる様に、何着も着込むオシャレではなく、ただ紺色のワンピースにショールを羽織っているだけ。それが彼女の魅力を引き出している様に感じる。


いや、ぶっちゃけ好みの服装だった。それもドストライク。そういえば、昔こういった服装をさせていた気がする。誰にだかは忘れてしまったが、大方、馴染みの由香里だろう。


「課長、その服、めっちゃ似合ってますね。これは世辞でもなく本心で」


「ええ、そう言ってくれると思いました」


てっきり照れるかと思えば、いや、現に照れてはいるが、もっとアタフタとするかと思っていた。靴を履き、玄関を開けた処で明美は思い出したかのように言う。


「あと、二人っきりの時はあけみ、でいいですよ」


そう言い残すと足早に歩いて行った。



「可愛いすぎか」



ぽそりと呟くと共に、玄関は誰がしめるのかという疑問が浮かぶ。結局は明美が顔を真っ赤にして戻ってきて後、カギを閉めてからデパート向かった訳だが、その時の話ずらさは言うまでもないだろう。



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