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復活祝いでしょうか?
感想、ブクマ、ありがとうございます!
それは、僕が勇者に戻って、二週間たったある日の事だった。
真っ赤な屋根が特徴の時計台とか、訓練場も兼ねてる校庭とかが良く見える学園の食堂の一角で、珍しく一人でシェフのおすすめランチに舌鼓を打つ僕に、
「あらあらアル! そろそろ魔王を退治に行きましょう!」
なんの前触れもなく姉上が現れ、「ちょっとそこまで買い物にいきましょう!」ぐらいの気安さでそんな事をのたまわった。
「簡単に言わないで下さい姉上。まだ魔王が復活したなんて情報すら入ってないんですよ? それに、魔王の居場所も……」
「あらあら、それが分かっちゃたのですのよ!」
まさかと思い、チラリと姉上に視線を向けた瞬間。
背筋から、今まで体験した事の無い量の冷や汗が流れた。
満面の笑みを浮かべる姉上の横には、いつの間に現れたのか?
務めて意識しないと、視界から外れそうな、背丈も顔も、姿形が景色に溶け込みそうな何かがいたのだ!
「誰……」
僕は反射的に座っていた椅子から飛び退き、身構える。
誰何しなくても、
『こいつ、出来る!』
彼が危険な事だけは本能で感じた。
学園だと思って護身用しか帯剣してないが、行けるか?
彼の登場に、この場の空気が緊張のため凍りつくが、
「あらあらアル、彼は私の『影』ですから、そんなに気負わなくても……は! もしかして! アルは私の隣に見知らぬ男がいるのに嫉妬! してるのですかぁぁぁぁ! それならコレは……」
「シルヴァーナ様。そんなノリと勢いで私に殺気を向けないで下さい! いや、マジで、あの時思い出すんで!」
姉上の殺気に淡々とツッコむ彼。
だが僕は見た。
微動だにしない微笑の頬に、タラリッと冷や汗が一筋流れたことに。
だから思った。
『ああ。彼も姉上の洗礼を受けた』のだと。
ならば彼は大丈夫だ。(当然、僕はフルボッコにされたことは無いが、何度も見たことがある)
なので、
「姉上。彼が突然現れたのでびっくりしただけです。別に妬いてないですから!」
「アルサス様……」
僕のその一言で彼からの視線が、友好的になった。
ホント、いったい、彼に何をしたんだ⁉
とにかく、このままじゃ埒が明かないので、敵意は無いと席に戻り視線で彼に報告の続きを促した。
「ほっ。助かりやしたアルサス様にはかんしゃ……」
「あらあら? 無駄なおべっかはいらないわ。さっさと報告をしなさい」
(なに私のアルとアイコンタクトなんかしてるの。さっさと話して去りなさい!)
なんか、姉上の心の声まで聞こえた気がするが、それはスルーすることにして、
「はい。魔王の居場所は…………」
「あらあら、報告ありがとう。さっ、もう下がって下がって!」
「え? もう出番終わりですか? もうちょっと……いえ、それでは失礼します!」
姉上にシッシッと手を振られ、彼は少しだけ残念そうに消えていった。
「え? え? 魔王の居場所?」
そんな僕の呟きを完全スルーし、姉上が僕の横にいそいそとイスを持ってきて座り、物凄く近い位置から僕の顔を覗き込むような上目使いで口を開いた。
「アル。私は悔しいのです!」
そして姉上は僕の座るテーブルをバンバンと叩き、
「あなたが『名だけの勇者』とか、『姉のスカートに隠れた勇者』とか、陰口を叩かれることが!」
「ああ。それで……」
食堂から見える時計台の、長い針に括り付けられた生徒が大声で僕と姉上を称賛するわけだ。
しかも校庭では、
「おろおろ? わっちごときに敵わぬで、主殿を愚弄した口は、この口かのう?」
「ひゃひぃぃぃぃぃ! ご、ごめんなさい! もう、もう言いませ……ぎゅはりゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
ヒルデの放った火球で、吹き飛ぶ生徒たち。
『え? この始末書って、僕が書かなきゃいけないの?』
「アル? 聞いてますの!」
早くも文面を考える僕の眼前に姉上の顔。
「はい。もちろん聞いてますよ。ホント、この状況をどうしようかなってぐらい聞いてますよ!」
ホントはまったく聞いてなかったが、この状況を作った姉上に、僕は精一杯の嫌味を含めたのだが、
「あらあら、それではさっそくアノ学園長に書類を提出しましょう!」
「え? 何言ってんですか姉上?」
姉上の言葉についていけない僕が聞き返すと、
「何を言っているのです? あなたと私は明日から、魔王退治の旅に出るのですわよ! 話、聞いてましたのでしょ?」
はめられた!
きっと姉上が起こした問題に対し、僕が対処しようとする時に生じる、わずかな思考タイムに、言いたいことを凝縮して言い放ったのであろう。
そして、
じぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。
言質を取るためだろう。
先ほど去ったはずの『姉上の影』が、食堂の横で待機していた。
きっと姉上の戯れ言と、聞き流そうとする僕への牽制だろう。
「おろおろ、それでは魔王討伐のメンバーを決めるとしようかの?」
姉上が何かしらの合図を送ったのか?
校庭にいたヒルデが、いつの間にか目の前に来ていた。
「のう、主殿!」
彼女の笑みに、僕はこの席に座った時点で、詰んでいた事を実感した……。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
魔王編、楽しんで読んでいただけたら幸いです!




