閑話:主殿とわっち2
よろしくお願いします!
「始めまして、シュタイン王国タリスマン侯爵の息子。アルサスです。まあ『他国が帝国を裏から操ろうと君に婚約者候補を送ってるから、牽制的な意味でお前行け!』的な感じで来ました。正直シュタインの軍じゃ烈火のごとく怒り狂う姉上を抑えきれないし、アルムデル兵士を壊滅させるのはさすがにやばいので、さっさと帰りたいんですけど?」
おろ?
なんでいきなり帰りたい宣言をしておるのじゃこ奴?
しかも屈強で名高い帝国兵よりも、こ奴の姉上とやらの方が強いと言うような発言!
もしかしなくとも、わっちはアルムデル帝国第一皇女にして、次期皇女じゃぞ!
いくら同等の国力を持つシュタイン王国の者でも、王族でない侯爵の者。
もっとやる気をだし、こびへつらい、地面にひれ伏すのが当たり前ではないのか!
これが苦楽を共にと、唯一わっちが願った、主殿との出会いであった……。
「ふむ。その言葉を聞くにアルサスとやら? おぬしはわっちに、いや、この帝国に興味が無いように思えるのじゃが?」
いきなり無礼な物言いじゃったが、わっちとてちゃんと作法を習った皇女。
本心を隠した仮面の笑みを浮かべるのじゃが、
「ああ。普通に怒ってくれて構いませんよ? それに……失礼ですが、あなたにその作り笑顔……似合わないですよ?」
おろおろおろ?
言ってくれるのじゃ、このタワケがぁ!
笑顔の下で、『このタワケ! 無事に国に帰れると思わないことじゃ! さてこのタワケ! さて、これをどうしてくれようか!』
っと笑顔の下で、策を練るわっちに、
「ああ、出来れば顔を殴るのはやめて下さい。痕が残ると、姉上がこの国滅ぼそうとするんで」
はあ?
お主はどこの俳優じゃ?
しかもさっきから、姉上、姉上って……。
シスコンも大概にせい!
こ奴に踊らされてるのは分かっているのじゃが、普通に腹が立った。
何よりこ奴が、何かを思い出すように柔らかく微笑むのが、わっちの逆鱗にチクチクと触れるのじゃ!
今に思えば、これがわっちの、人生初めての嫉妬じゃと思う。
そう。
この時から、わっちは、この飄々とした主殿に惹かれていたのじゃ。
こんなキッレキッレの主殿のツッコミも、分からなかった怒れるわっちは。
「ふむ。なればわっちと戦え! そしてわっちに勝って見せよ!」
「ええ? なんでそうなった? 話の流れ見えないんですけど!」
その場で立ち上がり、腕を横に振って言い放つ。
「皆の者! 決闘の準備じゃ! わっちと戦う勇者に、剣と鎧を与えよ!」
準備はしていたが、まったく使うことの無かった剣と鎧を持ち、息を切らせて走り込んでくる使用人たち。
「え? え? これって、戦わないと帰れない流れ!」
我が帝国で一級品である剣と鎧を並べられ、戸惑う主殿。
「安心するのじゃ。戦っても、わっちに勝たなくては、どうあがいてもヌシは帰れぬぞ! 負ければヌシは、一生わっちの奴隷じゃ!」
「どこにも安心する要素無いんだけど!?」
いつもの脅し文句じゃった。
これで大概の者は腰を抜かすか、泣いて謝る。
じゃが……。
「はあ。これで、帰りが遅くなるかな……遅れた理由は、姉上に渡すおみあげを悩んでってことにしようかな?」
意味不明な事を呟き、主殿は軽量じゃがかなり耐久性のある細身の剣を手にした。
はぁぁぁぁぁ?
本気か? 細剣一本で、この帝国最強の魔術師。
ヒルデガルドと、本気で戦うつもりなのかえ?
思わず二度見してしまった!
それに、
どんなに容姿端麗で、魔術に優れていようと、どんなに頑張ろうと、わっちは所詮。
帝国の繁栄させるコマじゃ。
この遊びは、そのために、少しでもまともな伴侶を選ぶための戯れ言じゃ。
なのに、主殿の声は、
「ああ、鎧はいらないから、それと宮廷魔術師を二、三人呼んで。防御魔法の重ね掛け頼みたいから!」
まっこと清々しく響く。
のじゃが、
何言ってんのじゃこ奴?
当時のわっちはそう思っていた。
ここはわっちがいくら暴れても良いように、何重にも防御魔法が掛けられた庭園じゃからじゃ!
主殿の言葉を、戯れ言と一笑しようとしたのじゃが、わっちは考え直し、
「……こ奴の言うとおり宮廷魔術師を、それと、治癒術師を数名用意するのじゃ。いくら無礼な者だとて、他国の侯爵家の子息を殺しては、要らぬ火種になるかも知れぬからのう」
わっちの怒りを理解したメイドが、真っ白を越え真っ青な顔で頷き走り去っていく。
まあ、今思い返しても、土下座級の戯れ言を、その時のわっちは得意げに口にしたのじゃった……。
結果じゃと?
もちろん、わっちは主殿にボロ負けしたのじゃ。
そして、主殿の強さに惚れたわっちは…………。
主殿が滞在を延期した三日間で、それはそれは、物凄く、心身ともに充実した日々を送ったのじゃった!
「うん。なんか物凄く意味深なこと言ってるけど、ヒルデと何もなかったよね? 僕は三日間寝てただけだよね?」
「おろおろ、確かに主殿は寝ていただけじゃが……」
「なんかした! ヒルデ、僕が寝てる間に何かしたの⁉」
「おろおろ、主殿。あの時の事を忘れたなど言わせぬぞ!」
「あらあら? ずいぶん楽しそうね。でも、アルの初めては私が貰うと決めているのです! ポッと出のボッチに渡すはずないのですわ!」
「主殿はともかく、なんでわっちの回想に入って来るのじゃ! 無粋な輩は、馬に蹴られて死ぬのじゃ!」
ゴホンッ。
まあとにかく、主殿を最愛と決めたわっちは、ごねる皇帝を(実力で)説き伏せ、皇帝の継承権を破棄し、今に至る。
多少邪魔も入るが主殿といる方が、高級な椅子に座って暇を持て余すより、楽しい人生を過ごせそうじゃからのう。
次回、いよいよ勇者編決着! できればいいな………………。




