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閑話:アルと私

長いです。

でも、この閑話。

三部で一番書きたかったとこなので、ぜひ味わってお読みください!

「おねえたま!」


 私が七才。

 弟が六才の時だった。

 当時の弟は……。

 それはそれはそれはそれは…………。


 私に向ける真っ直ぐな瞳や、誰にも穢せられない満面の笑み。

 先を進む私に、追いつこうと必死で走る姿は……。


 もう! まさに天使!


 そう思えるほどだった。


 でも当時の私は…………………………愛弟(アル)が大嫌いだった!


 弟は、私より恵まれていたからだ!


「あねうえ! あねうえ! だあぁぁぁいすき!」


 くりくりのおめめで私にすがりつく愛弟。

 

 なぜあの時、子供特有の軟らかいアルの体を心いくまで堪能しなかったのか?

 なぜあの時、彼の勢いに任せて婚姻届にサインをさせなかったのか?


 後悔しても遅いのは分かってるが、物凄く後悔している。

 それでもあの時の私は、弟を心底嫌っていたのだ。


 その理由は簡単。

 あのころの弟は知勇兼備を備えた、侯爵家の跡継ぎで、

 後から始めたのに、学業も剣の腕前も、私の三つも四つも上を行っていたのだ。

 それに……。


「あねうえ!」


 飛び込んでくる弟の背を、しっかりと抱きしめ背に指を這わすと、溢れ出る膨大な魔力を嫌でも感じた。

 彼の背中に浮かぶ、『勇者の証』から漏れる魔力だ。


 そう。

 弟は、生まれながらに背中にデカデカと勇者の紋章があったのだ!



『勇者の紋章』とは、魔物から人々を救い、いつしか現れるであろう魔王を倒せる唯一の証。


『万物の理を体に刻むその者の心は気高く、いずれは王となる器!』


 そう謳われる紋章は、本来なら手の甲とか胸の端に、小さく現れるものだった。


 でも、

 それは弟の背にデカデカと現れたのだ!


 もちろん、父や母は狂喜乱舞した。

 いままで私を天才と褒めていた教師も、

 私は特別だと、もてはやしていたメイドも、

 一〇〇年に一人の逸材だと誇らしげに笑う、私の剣の師匠も、


 皆、皆、皆。

 弟に勇者の紋章が現れた瞬間、手のひらを返した。


 だから、だから、

 私は弟が嫌いだ。

 

 でも、もちろん、私は侯爵令嬢。

 己を隠し、親でも誰でも騙せるほどの演技をする。


「わあ、勇者の紋章のある弟が生まれて、私とっても幸せ!」


「あなたは私の、いえ、この侯爵家の誇りよ!」


「あなたには、大切な者を守れる力があるわ!」


 なんて、

 誰かがいる前では、とても、とても満足げな笑みを浮かべた。


 でも、それに反比例するように心の闇は広がっていった。


『あいつさえいなけりゃ、私がこの家で一番だったのに』


『あいつさえいなけりゃ、皆、皆、私を、スゴイと、偉いと、可愛がってくれたのに……』


『あいつさえいなければ……いなければ……………………』


 あの頃の私は、悪魔にでも魅了されたか? もしかしたら魅了してたのだろう?


 滝のように流れ膨れる『負』の感情を押さえられなかった。

 だから……。

 私は、最悪の選択をしてしまった………………。



 ある日のこと、

 雲一つない青空なのに、私の心は真っ黒に曇っていた。

 あの頃の私は只々、弟を貶めようと、


『こいつは勇者じゃない! こいつはただのヘタレだ! それが分かれば皆、元に戻ってくれる! 私を見てくれる!』


 そう、誰かに私を認めてもらおうと必死だった。


 もし過去に戻れる術があるなら、私はあの時の私を、躊躇なくシバキ回し、二〇時間ほど説教しただろう。

 

 でも、


『もしかして女神? 女神様ですか?』

 

 女神と間違われる今の私でも、時の逆行は不可能だった。


 だから、

 私は、

 私が起こした事件を、

 後悔を胸に思い起こすしかない。


「ねえアル。今日は講義も剣の稽古も無いから、ちょっとだけ冒険に行かない?」


 私はにこやかにそう言った。

 考える間でもなく愛弟の答えは、


「はい! あねうえといっしょなら、どこでもいきます!」


 真直ぐな、真っ直ぐすぎる天使の答えに、悪魔な私はほくそ笑んだ……。



「あねうえ……ここ、すごくいやなかんじだけど……だいじょうぶ?」

「ええ。もちろん大丈夫よ。ほら、私の腰には剣もあるし、あらあら、もうすぐとても綺麗な滝が見えるわよ!」


 何言ってんだ当時の私!

 ほんと~~~に!

 今会ったら、八〇時間は説教できるほど、当時の私はクソだった。


「うわぁぁぁぁぁ! あねうえ! たきだ! それににじも!」


 無邪気に笑う弟。

『あらあら、魔物が現れた時、あなたは今のように笑ってられるかしら? 無様に尻餅をついて、情けなく私に助けを求めるがいいわ!』


 周りに集まる、魔物の気配さえ気付けない弟に、思わず口角が上がる。


 そして……。


「グルルルル!」


 予想以上に巨大な魔物は、


「へ? な? なんで⁉」


 弟と距離を置いていた、私の目の前に現れた。



「うそ! ちがう! こんなんじゃ……」


 目前に立つのは、私の予想をはるかに上回る強大な人型の魔物。

 全身は薄汚れた茶色で、衣服は無く。

 それゆえにお風呂で見た、弟の可愛らしいモノとは違う。(当時の話です)

 欲望にまみれた下半身も露わな魔物(オーガ)がいた。


 オーガは繁殖のため人間のメスを好むのだと後で知った。

 だがそのこにいた無知なる私には致命的だった。


「いやぁぁぁぁぁぁ!」

「あねうえ!」


 初めて見る巨大な魔物に私は恐怖し、腰にある剣の存在さえ忘れ無様にも逃げ出した!

 しかも、腰が抜けてハイハイでだ。


「ギュルルルルル!」


 怖い、怖い、怖い。

 恐怖でパニクッて背を向けてるのに、なぜかオーガがニヤリッと笑った気がした。

 刹那。


「天よ地よ! 我は願う! 混沌より生まれし災いを、打ち砕く力を!」


 清涼のように澄んだアルの声に、恐怖を忘れ振り向いた私は見た。


「グギャァァァァァ!」


 それは魔物に向けられた、一筋の閃光。


「だいじょうぶですかあねうえ!」


 片手に光の剣を携え、自分の背丈を越える魔物を一刀両断にしたアルの、勇者として覚醒した姿だった。


 それでも私は、


「あねうえ!」


 腰を抜かしているくせに、駆け寄るアルを片手で制した。


「あ、あらあら? こ、これぐらい、私一人でもどうにかできましたのよ?」


 よし、過去に戻ろう!

 そして、思い上がった当時の私を、五〇時間ほど殴り続けた後に、一二〇時間説教しよう!


 忌々しい過去の私に、それでもアルは、


「ごめんなさいあねうえ。あのまもの、ぼくをねらうかとおもって、はんのうがおくれました。でも、ここはまだ、いやなかんじがするので、かえりましょう!」


 愛弟の言葉に、


『ああ、アルは最初から、ここが危ないって分かってたんだ。でも、私が行きたいって言ったから……』


 私がそんな事を思ったのも束の間。


「……あれ? もうかこまれてる……あねうえ、しつれします!」


 そう言いつつアルは私を横抱き(いわゆるお姫様だっこですわ!)にして、


「はっ!」


 岩場を抉るように地面を蹴る。

 きっと、非常時だから本気を出したのだろう。

 当時の私より三倍は高く、遠くに行ける飛躍だった。


 いくら負けず嫌いの私でも理解した。


『ああ、アルは、私に恥をかかせない為に、この力を隠してたのね』


 自分が一番だと奢っていた私。

 自分を慕ってくれているのに、それを当然のように想い、心の中で見下してた私。

 でも、

 それでも、この子は……。


 自分の小ささが恥ずかしく、愛弟の懐の大きさを感じた私は、


「アル! もういいです! 私を残して、あなたは逃げなさい!」


 今までの自分の行いが恥ずかしくなり、自暴自棄になった私は、最悪の選択を選んでしまった。


 跳躍の着地を狙い、私はアルの腕から暴れるようにして逃げたのだ。

 それは最悪のタイミングだった。


 アルの腕を振りほどき、ぶざまに地面に転がる私の先には、


「グルルルルルル!」


 大人の親指ほどある爪を振り上げる、狼に似た巨大な魔物、フュンリルが待ち構えていたのだから。


「ギュラァァァァァ!」


「……くっ! 私だって、私だってやれます!」


 それでも私は巨大な魔物の一撃を腰の剣を抜き、いなそうと思った。


 ああ、それは無い。

 だって当時の私に、いなすなんて事、出来ないもん。

 当然のように、私は『死』に全速力で向かっていたのだが、


「あねうえ、あぶない!」


 私に向かう魔物の一撃に、走り込んでくる影が庇った。


「うぐっ! くっ……はあぁぁぁぁぁ!」


 私を抱きしめるその影は、苦痛に顔を歪めながらも振り向きざまにフェンリルの首を、手に持つ光の剣で切り裂いた。


 でも…………。

 私をかばいフェンリルの一撃を喰らった幼い背中は、


「あああああああああああ! なんで! なんで私をかばったの! あなた! 勇者の紋……それに、血がいっぱい…………」


 勇者の紋章ごとゴッソリ削られていた。

 それは、勇者の力を放棄した、勇者の使命を破棄したと言われても仕方ない。

 不名誉な証。


 皆が褒め称える勇者の紋章を失った。

 皆の希望となる紋章を、私という心も器もちっちゃい私のために失った。

 なのにアルは、


「うぐっ、はあ、はあ…………。よかった。あねうえがぶじで!」


 苦痛に顔を歪めながらも、私に真っ直ぐな瞳を向け、ニッコリとほほ笑んだのだ。


「な? なんでぇ? わ、わだじぃ。ア、アルに……」


 涙ばかり出て、ろくに声も出せない私に、


「え? だって、あねうえはぼくとけっこんするんだもん! だから、おっとはつまをたすけるべきでしょ?」


『本当は私と結婚なんて出来ません!』


 そう言って、アルをバカにしようとした、私との戯れ言(約束)を、

 アルと言う名の私の天使は、


「だから……だいじょうぶ?」


 私に怪我が無いことを知り、天使の笑みで喜んだのだ。


 ああ、

 不甲斐ない不甲斐ない不甲斐ない不甲斐ない不甲斐ない不甲斐ない不甲斐ない不甲斐ない不甲斐ない不甲斐ない不甲斐ない不甲斐ない!


 こんな姉のために……アルは身を挺して……。


「あ……あああああああああああああああ!」


 私は、力無く私を抱きしめるアルを、抱きしめ返して吠えた。


 瞳からは滝のような涙が流れる。

 だからなに?


 これは後悔や贖罪の涙では無い。


 罪悪感? なにそれおいしいの?


 そんな後ろ向きな思いより、私の心は一つの思いで満たされていった。


 アルが!

 愛弟が!


 愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしく愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしく愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしく愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて愛おしくて、……愛おしい!!


「なんですの? この心が満ちる感じ。ええ、これですわ! 私は今、この感じに身を任せていたいんですわ!」


 愛弟が屠ったフェンリルのおこぼれに預かろうと集まる魔物たちは、

 私が放つ闘気だけで四散しました。


 そして私は、愛弟の傷を止血しつつ、捜索隊が見つけに来るまでアルの抱き心地を堪能するのでありました。


 その後、私を無理やり魔物がいる滝に連れだし、魔物に囲まれ逃げ出した時に勇者の紋章が無くなったのだと言い張る愛弟を、私が全霊をもって愛する《守る》のは当然のことでしょう?

 

 そのための勉強?


 死ぬほどの修業?


 アルに対する貴族を瞬……いえ、貴族が立てる噂を瞬殺すること?

 そんな手間がなんだと言うのです?


 だって私は。

 アルの愛弟のお姉ちゃん(最強の守護神)なのですから!

どうでしたかアルと姉上の過去。

ここでぶっこんだのは、姉上の心情を知ってほしかったからと、

何も知らずにアルを貶める、あの二人のヘイトを上げたかったらです。

「むかつく!」

「ざまぁされちまえ!」

「作者、ざまぁをどこまで引っ張るんだ!」

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