13
たたく、
殴る、
土下座をする。
最近パソコンを立ち上げるルーティーンです。
「あの~」
「で? 姉上を乗せた馬車は、奴らお得意の結界術を使って、影を出しぬき国境を越えてロンギヌスに入ったと……それから?」
「うん? さっきから黙ってたけど、アルサス君? とりあえず、授業を………………」
「はあ? 入国がこんなんだからいったん帰って来ただぁ? お前、それでも僕の『影』なの? 言い訳する暇があるなら、さっさと潜入方法探して来い! はい次!」
「いやいやアルサス君! 今は授業中ですよ!」
教室の一番後ろに作戦本部を置き、イライラしながら影の報告を聞いてる僕に、ミル先生の注意が飛ぶのだが、
「ああっ!?」
「ひゃひぃぃぃぃぃぃぃ!」
思わず声を荒らげて顔を上げれば、
ガタガタガタガタ!
ゴトンッ!
ズザザザザザァァァァ!
教壇の先生は腰を抜かし、まるで潮が引くように周りから生徒ごと机が引いていった。
見れば、近くの生徒は気絶しているのに、悪夢から逃げようとするように手足をばたつかせている。
どうやら知らないうちに殺気を放っていたらしい。
「アルサス様。いくら愛しの女帝様が…………」
姉上の影であるジュークが、僕に苦言を口にしようとするが、
「…………いえ、なんでもないです」
僕が視線を向けたら、サッと視線を逸らし、
「うわぁぁこの人、女帝様より厄介だわ!」
何かを呟いた。
まあその呟きは、僕の勇者イヤーで聞こえてたから、後で物凄く面倒臭くさくて汚れまみれの仕事を与えるとして、
「ア、アルサス君! 先生のお願い聞いて! 今日ぐらいちゃんと授業しないと、先生、給料減らされちゃうの! 給料ないと、来週ある劇団スニャップの講演に行けないの!」
僕の机のままで来て、本音をぶちまけるミル先生。
(え? 先生って、食費とか仕送りじゃなくて、劇に給料つぎ込んでんの!)
思わず眉を潜めるが、授業中なので叫ばないでもらいたいものだ。
なので、
「はい先生。スニャップのチケット上げますから、これえで少し静かに授業してくれませんか?」
「え? こ、これは!」
僕はスニャップの、公開初日プレミアムチケットを二本の指で挟み、彼女の目の前にかざす。
別に僕が見たかったわけじゃない。
この劇のスポンサーが、我が侯爵家だっただけだ。
「え? え? これってワイロ? いやいやよおぉぉぉく考えてミル! アルサス君は、いえ、アルサス様は静かな授業をご所望なのよ! それは授業の神髄の一つ。『静かなること風のごとし!』に通じるわ! だからこれはワイロじゃないの! これは日頃から苦労を掛けてるという、アルサス様なの! だから私は……。これを貰って、静かな授業を目指すわ!」
どうやら彼女の中で折り合いが取れたようだ。
「分かりましたアルサス君…………いえ、アルサス様!」
そう言って一礼し、サッと僕の指先からチケットを奪い、
「それでは、静かに! 授業を静かに再開します! 私も喋りませんから、皆も喋らないように!」
教壇へと戻っていくミル先生。
その後ろ姿をぼんやり見ながら思う。
皆、姉上がいないこの状況の危険性を、まったく理解してないのだから!
っと…………。
姉上がほぼ一日も僕の前に姿を見せない! ということは…………。
これはもう我が国の特別重要人物を、彼の国が誘拐したと言って良い。
この一大事に、何を勘違いしたのか?
物凄くいろんなことを考えている寡黙な僕に、
「なんだアルサス? いつものお姉様がいなくて淋しいのか? なら仕方ない。俺が一流の画家に描かせた、ミナの姿絵を特別に三秒だけ見せてやろう!」
「ああ! もう! セツナったらそんなの持ってたの? 王族に戻ってなかったら、キモストーカー容疑で牢獄行よ!」
「ミナ……」
熱っぽい視線で懐から大事そうに一枚の姿絵を取り出すセツナに、酷い事を言いつつまんざらでもない様子のミナ。
見つめ合う二人が、物凄くうっとおしくて……。
だから、
「セツナ…………」
外交用の作った笑みを浮かべ、そっと姿絵に手を伸ばし、
「こんなゴミクズ見せて! 僕の気が晴れると思うのか!」
「ぬあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
セツナの絶叫と供にその姿絵を、ビリビリと破り捨てた!
「お、おま! なんて……これ、一枚しかないのに……」
ハラハラと舞い散る紙ふぶきを、悲壮な表情でくずおれたセツナが手を伸ばしながら呟く。
それに対し僕は、
「ああ。イライラしてやった。もちろん後悔なんてしてない! むしろ少しだけすっきりした気がする!」
奴の絶望した顔で、多少なりとも落ち着いた。
だが、まだイラつきを押さえられない僕は、
「今から影全員、不眠不休でロンギヌスへの潜入を敢行しろ!」
「ええ! アルサス様、それは…………」
「なに? 侯爵令息である僕に、なんか文句がある…………」
無茶な命令に反論しようとする影頭を、僕は権力でねじ伏せようとした。
刹那。
パチンッ!
乾いた音と共に、僕の頬が熱を帯びた。
「え? 君、何してんの?」
僕の言葉を遮るように放たれた平手は、
「おろおろ。頭に血が上り、アホウな事を言おうとする夫を窘めるのは、妻の務めじゃ!」
今まで無言を貫いていた、婚約者であるヒルダのものだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
コロナでお家時間が増えているのに、パソコンが立ち上がらないのを理由に、スマホゲームばかりしている今日この頃。
でも、
もうすぐ、
新しいパソコンが・・・・・・。
次回へ続く。