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よろしくお願いします!
「さあアル! 私があなたと来たかったのは、ここですわ!」
それは王都の中心街にあった。
一流の店とは似ているが、なんか、いろんなもんが違う。
超一流と呼ばれる店が、それでも猫の額と揶揄されるほどの店しか出せない、一等地に他を圧倒する、店幅は他店の五、六倍の四階建ての建物。
「あ……うん。え? こ、これは?」
二度見じゃたらず、四度も五度も見た。
もしかしたら、疲れで僕の視力が落ちているか、何かの呪いにでも掛かっているのかともさえ思った。
だってそこには…………。
『アルサス様とシルヴァーナ様の、ドキドキ新婚体験ツアーの館』
なんてデカデカと書いてある看板の店があったのだ!
「あの、姉上。これって…………」
脊髄反射で馬車から降りる姉上をエスコートし、手を差し伸べる僕に、
「はい! 私とアルはいずれ夫婦となる身でしょう? ですがいくら二人がラブラブでも不測の事態は起こるかも知れません。なので今後の不安を取り除くために作りましたの!」
得意げに微笑する姉上に、もはやどこからツッコめばいいのか分からず、僕は口をパクパクさせながら、姉上と建物を交互に見ることしか出来なかった…………。
呆然としていた僕がにこやかな姉上に連れられ、思わず店に入ってしまいそうになった瞬間。
「これはこれは、タリスマン侯爵令嬢のシルヴァーナ様ではないですか!」
大きくはないが、良く通る声が響いた。
それはまるで、劇場での歌う歌手のように、聖歌を歌う聖歌隊のように、空高く響き渡った。
「うわっ! 面倒臭そうな奴に合っちまった!」
思わず呟いた言葉が崩れたのは許して欲しい。
だって、宗教大国ロンギヌスのイケメン代表、ラインハルト教皇様に出会ってしまったのだから…………。
宗教大国ロンギヌス。
大陸に住む人間の、約四割が信仰してるとされるギリヌト教。
その総本山と言われ、現在、大陸で三本の指に入る、なんかとってもカッコイイと噂される、第二十五代教皇のラインハルトがトップとして君臨している宗教国家だ。
人口はおよそ百万人と普通の国の約半分以下だが、国民の三割が教会を守護する聖騎士だったりする。
しかも教皇様に、聖騎士団に任命されればギリヌトの女神の加護により、ロンギヌス大国半径五キロ圏内なら、殴っても蹴っても、切り刻まれても魔法で粉々になっても、復活できるという特典付き!
なので、防衛戦では下手な国の軍隊より強力とのこと。
さらにこの国には独自の封印魔法が存在し、一説では魔王や古竜を封印できるものまで存在すると言う。
聖騎士が国民の半数って、国として成り立つの?
とか、
そんな国に、なぜ魔王討伐の協力を打診しなかったの?
とか、
多くの疑問があるだろう。
僕もそう思う。
だが答えは簡単。
かの国は他の国ではありえない、独自のルールと運営方法があるのだ。
まず、ロンギヌスの国民になりたい信者や巡礼の民に資金を出させ、さらに国の世話をさせる。
しかも、
『勇者は豊穣の女神に選ばれた、清い乙女でなくてはならない』
なんて国の法律がある。
だから当然、男である僕は勇者とは認められず、今回の僕らの行動には沈黙を貫いていた。
まあ、彼らがいてもいなくても、いや、いなかったから面倒臭いしきたりとか完全に無視して、魔王城へ行くのもスムーズで、魔王も魔王の娘も無事なんだが…………。
そんなこんなで大陸の国々は、ロンギヌス宗教大国を目の上のたんこぶを思いながらも、目立った騒ぎも起こさないので沈黙していた。
だから僕は勇者と呼ばれ、魔王も倒した(ことになっている)のだが、ロンギヌスでは評価は低く、
『魔王はまだ他にいて、勇者も他にいる!』
なんて事になっていた。
それを唱えた、一人がコレ!
幼き頃から女神の声を聞き、
回復魔法と防御魔法は聖女にも引けを取らず、
しかも、十代の金髪碧眼の美男子、ラインハルト教皇様だ。
おっさん、もしくは、モテなそうも無い根暗な若者が主な教皇だった国からしてみれば、彼が瞬く間にロンギヌスの旗印なったのは、当然のことだろう。
当然。
ほぼ被害の無かった魔王を討伐する名誉よりも知名度の高い姉上のほうが、神を信仰する人たちにとっては、
勇者の第一候補はぶっちぎりで、
「勇者であるあなた様が、どうしてこのような場所に、このような輩……がふっ!」
「あらあら? この場所はともかく、このような輩とは……いったい誰を指しているのでしょうか? ああん?」
うん。物凄い笑顔で(でも目はまったく笑ってない)彼の腹に向け、なにか(多分、ドングリっぽいものだと思う)を指先ではじいた姉上。
颯爽と登場したのに、
「ぐはぁぁぁぁ!」
ヨダレやら涙を垂れ流し、地面を転がりまくるロンギヌス教皇。
ここで大概の奴は、怒ってる姉上に対し、
1:恐怖で立ち尽くす。
2:逃げようとして、竦んでいた足で転がる。
3:土下座をする。
の三パターンがほぼ全てなのだが、
「貴様! 教皇様に何をする!」
彼は側近が抜刀するのを片手で制し、
「ああ、聖書の女神! お怒りを鎮めてください」
姉上の絶対零度の視線を受けながらも、堂々と立ち上がり、しかも、大気中の水分が凍り出すこの状況であっても、礼を取りちゃんと声を発したのだ!
姉上に対し僕の悪口を吐いたにしても、一方的な暴力を振るわれたのに、真摯に膝を折り、笑みを浮かべて許しを請うラインハルト。
「さすがはロンギヌスの教皇」
思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
まあ、アレを喰らって微笑めるのは、ちょっとアレの気があるのでは?
なんて思わなくもなくもない。
確かに今の姉上の態度に逃げ出す者が大半だが、中には剛の者と言われる強者もいた。
歴戦の勇者とも言われるS級の冒険者や、ありあまる天賦の才のある貴族がいたりもした。
だが彼は、
天賦の才は確かにあるだろうが、かしずいた膝は生まれたての小鹿のようにプルプル震え、笑っていても恐怖を隠しきれてない瞳。
それでも、姉上に接していたのだ!
さらに、
「その底冷え…………慈愛に満ちた瞳! まさに……」
小刻みに震えながらも、まだ声が出せる勇気!
なんだけど……。
「げふっ!」
「あらあら? 私の質問に答えていないのですけど?」
容赦ない脳天への扇子一撃に、見事撃沈してしまった。
「お、おのれ! 教皇様が手出し無用と言うから、黙って見ていれば、このような狼藉! 例え大陸最強の勇者と呼ばれる者でも、我ら聖騎士団の槍術で串刺しにしてくれるわ!」
「やっぱ、そうなるよね~」
練度の高い動きで見る間に僕らを囲む、ロンギヌス聖騎士団。
これは僕も参戦して、姉上の攻撃から町の人々を守らなくちゃ!
そう思い、剣の柄に手を伸ばすと同時に、
「止めないか! これは私がシルヴァーナ様を試そうとした結果だ。非はこの私にある!」
「すげぇなこいつ! 姉上に二発も喰らって生きてるどころか、立ち上がったよ!」
思わずこぼれた僕の言葉に、なぜかラインハルトが近寄って来て、
「アルサス様。シルヴァーナ様の力を試そうと、あなた様を侮辱したこと万死に値すると思いますが、出来ればこの場は私だけの命だけでお納めしていただきたい!」
そう言って、僕の目の前で膝を折り、一振りのナイフを差し出してきた!
え? なにこのイケメン! 僕の中ではチョー潔いいんですけど!
そんな僕の葛藤を余所に、
「あらあら覚悟は決まっているようですわね。でも、私の愛しい愛しい愛しい愛弟を、あなたの血で汚すことは出来ませんわ。なので私が!」
「ダメです姉上! こんなことで他国の重鎮を殺しちゃダメですって!」
ラインハルトが差し出すナイフを奪おうとした姉上の手を、とっさに握りしめた。
「あらあらアル? そんなに力強く握られてしまったら、妊娠してしまいますわ!」
「はいはい、手を握ったぐらいじゃ妊娠しませんから!」
「それではこの熱い熱い、抱擁にも似た愛情表現は……出産ですか!?」
「いいから、そう言うのいいから、後で少しだけ言うこと聞きますから、少し口を閉じでいて下さい!」
「はい! アルの言うことを、ちゃんと聞きますわ!(私は夫の言うことを聞く、良妻ですわ!)」
なんか、姉上の心の声が聞こえたような気がするが、それはこの際スルーで!
僕はいまだ膝を付くラインハルトに視線をむけた。
「ラインハルト様こちらが先に無礼を働いたのです。謝罪を受け入れるどころか、僕たちから謝罪を」
『とりあえず、ここでの出来事は水に流そうぜ!』
そんな意味を込めた僕の言葉に、
「ありがとうございますアルサス様…………。このご恩はいつ必ず……でも、競技では手を抜きませんよ!」
顏を上げ少し悪戯っぽい笑みを浮かべるラインハルト。
『なにこのイケメン! 良い人過ぎるだろ!』
そんなことを想いながら、立ち尽くす僕を尻目に、
「お二人のデートをお邪魔してすみませんでした。それでは私たちはこれで」
僕と姉上に礼をした後、聖騎士団を引きつれ颯爽と立ち去るラインハルトを見守りながら、
『うむ。こ奴ならもしかして、姉上の婚約者候補の候補の候補の、予備枠の予備にしても良いかもしれぬ!』
なんて、なぜか父親目線で思う僕だった。
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