ゲームに対する十二話
「…………どうよ、悪い話じゃないでしょ?」
俺の困り顔に対して、ニヤリとしたカナリアちゃん。
「カナリア。
自分が言ってることわかっているのかい?」
ジカさんの、真剣な声色が聞こえる。
多分ジカさんが言いたいのは、カナリアちゃんの態度であろう。
カナリアちゃんからは、なんというか、してあげてる感を感じる。
それは決して悪いことではない。
弱きに手を貸す。
確かに、悪いことではない。
が、
「嫌です」
カナリアちゃんが、露骨に意味分からない、という顔をする。
「なんでよ」
「なんでもなにも、嫌なものは嫌です」
「私、強いのよ」
「それでも、です」
「私といればクエストクリアしまくれるよ」
「それでも、です」
カナリアちゃんは、俺の頑なな雰囲気に押されて、ぐぬぬぬぬ、と頬を膨らましている。
しばらく俺は表情を変えずにカナリアちゃんを見ていると、ジカさんは唐突に、
「はははははっ。
そんなに娘を虐めないでくれ、諏訪」
「んー、分かった。
ごめんよ、カナリアちゃん」
笑い始め、俺に許しを乞うた。
俺はジカさんの言葉に、あ、娘なんだ、という的はずれな感想を抱きながらも、答える。
対するカナリアちゃんは、呆気に取られた表情で俺の方を見ている。
「多分だけど、君のお父さんが言いたかったのは、ゲームに対する態度、じゃないかな?」
俺は、不思議そうな顔をし始めたカナリアちゃんに、考えを話す。
「俺はさ、なんで【クエスター】やってると思う?」
「なんで、ってそりゃ、強くなるため……」
「違うよ」
「……レアなものを手に入れるため?……」
「違うなぁ……」
「…………じゃあなんだって言うのよ」
カナリアちゃんは自分で考えるのを放棄したのか、俺に答えを求める。
俺はジカさんの方を見ると、ジカさんは頷いた。
「正解はね、楽しむため、だよ」
「は?」
話は理解出来たが、納得の言っていない顔。
そんな表情のカナリアちゃんに、俺はゆったりと話す。
「俺はね、このゲームで本気になりたい訳じゃない。
俺は、現実で得ることの出来ない刺激を求めてきてるんだよ」
「刺激……?」
「いやさ、現実って、つまらないじゃん?
でも、ここはさ、楽しいでしょ?」
「だから、強くなる……」
「そうじゃない」
俺がピシャリと言ったセリフに、カナリアちゃんはビクリと肩を跳ねさせる。
「強いは、楽しいじゃない。
"楽しい"は、"楽"とは違う。
強いは、"楽"だが、"楽しく"はない。
それは、あくまでも"楽"でしかないんだ」
分かるような、分からないような。
そりゃ、こんな小さな体で、そんなことを理解できるようになって欲しいなんて、微塵も思っていない。
だから、ただこの時は、そういう人もいるんだ、っていうのを知って欲しい。
「だから、僕は君に着いていけないし、君は僕についていけないと思う」
「だから……、断るの?」
気づけば、少しずつ、カナリアちゃんの目が潤んでいることに気づいた。
俺は急いでジカさんの方を向くと、ジカさんはカナリアちゃんの肩を抱き抱え、ログアウトするように言った。
そうして、二人がカフェを去り、少しすると、ジカさんからチャットが飛んできた。
【もうすぐ戻るから、会計はしないでくれ】
ジカさんから、まだ話があるようだ。
俺は会計をするために上げた手を下ろし、店員が来てしまったために、少ない財産でまたコーヒーを頼んでしまった。
『幼いというのは、原石である』
「すまんな、カナリアが」
ジカさんは、直ぐに戻ってきて、戻ってくるなり高めのパフェを頼んだ。
やっぱ金持ってんだな、と俺は羨ましそうにコーヒーをちびちび啜りながら、
「あれで良かったんですか?」
「あぁ、あれで良かった」
ジカさんとは、特に打ち合わせとかはなかったが、カフェに行く最中に、こっそりチャットで、
【カナリアにゲームに対する向き合い方を、お前なりのものを伝えてくれないか?】
なんて言われてた。
最初は少し意味がわからなかったけど、カナリアちゃんの話を聞いていたら、何となくジカさんのやりたいことが伝わった。
「とりあえず、そういうのはジカさんの仕事でしょ、お、と、う、さ、ん」
「ははは……。
痛いところを突くな」
俺はそこから、特に詮索はしなかった。
別に碌でもないリアルのこととか、ゲーム内トラブルとかがあるんだろうから、聞かぬが仏、ってやつだ。
あ、触らぬ神に祟りなし、か。
「で、ジカさん、聞きたいんですけど」
「ん?
なんだ?」
俺の意志とは関係なく、ジカさんはカナリアちゃんに着いてなにか聞かれるのではないかと身構えている。
「スキルとか、ギフトについて教えてくれませんか?」
「………………あぁ、分かった」
少し長めの間には、俺の意図をくみ取ってくれたという所があるのだろう、話に応じてくれた。
「スキル、ギフトとは、一定以上の行動をゲーム内で行ったものに与えられる、いわば超能力だ。
このゲームでは、プレイヤースキル重視の、装備強化系のゲームなのだが、それ以外でも一人一人のプレイヤーの違いを引き出すために採用されている」
ジカさんは、数枚の写真が表示されたウィンドウを俺に見せる。
それは、何を装備しているか、とか身体的な情報を見るための【ステータス】欄だ。
「これは、運営の公式画像だ。
これは本来、スキルとギフトを得る条件に達したプレイヤーしか見ることが出来ないが、特別だ」
俺がそのウィンドウを見ると、武器や防具などが基本的には違っていたが、
「【スキル】……【ギフト】…………」
「まずはスキルだ。
これは名前の通り、技術…………なんだが、結構考え方的に面倒だから、超能力的なものとして考えればいい」
公式の画像のプレイヤーは、
【膂力上昇】
【切れ味上昇】
【スイッチ】
というものがスキル欄に表示されていた。
「このウィンドウのやつは、腕っ節が強くなるのと、武器の切れ味が良くなるのと、右手と左手の武器、防具を入れ替えることが出来る、って言うスキルがついている」
つまり、そんなに強くはないけど、役に立つスキルがある、ってことか。
「次にギフト。
これは、必殺技でいいと思う」
もう一度ウィンドウを見ると、
【バニッシュ】
と表示されていた。
「使うと大きい効果がある技を使えるが、反動が大きくて、場面を選ぶものだったりする」
「へー、【かめはめ波】とかあったら面白いのにな」
俺はぽへーっと話を聞きながら、カナリアちゃんとの戦闘を思い出す。
カナリアちゃんは、恐らく移動速度強化、武器を瞬時に作る、メニューを操作しないでアイテムを出す、みたいなスキルが着いているのだろう。
つまりは、現実的にできないことも、組み合わせ次第では強い、ということか。
というか、
「カナリアちゃん、あれで必殺技切ってなかったの?」
「ま、あいつの必殺技は強すぎて反動がでかいから、仕方が無いんだがな」
俺がコーヒーが無くなったことを悔やんでいると、ジカさんは真剣な声色で、
「で、ここからが真面目な話だ」
「ここから?」
「あぁ、正直、ここまでの内容はチャートリアルで把握出来る。
だから、ここからは知られざる情報、だ」
俺はジカさんの言葉に、眉を顰める。
「ギフトは、その人唯一のものであり、同じものは無い」
「…………それは、どういうことです?」
「ギフトに関しては、各々の行動データから算出された、その人のためのものなんだ。
99パーセント同じ二人がいたとしても、1パーセント違えば、違うギフトが生まれる」
俺はその言葉に、苦笑いする。
つまり、本当の意味でのユニークなのだろう。
そして裏を返すと、人それぞれに、その人しか知らない必殺技を持っているというわけで、
「対人戦、死ぬほど嫌ですね」
「逆に言うと、一つだけしか持てない、とも言えるがな」
そんでもって、とジカさんは付け足し、
「スキルに関してだが、スキルはギフトと比べて、かなり悪質だ」
悪質、という言葉を聞いて、俺は理由がわからなかった。
力を与えられているのに悪質というのはどういうことだろうか。
「【膂力上昇】【走力強化】
この2つをスキルで持っていたとしよう。
この二つ、持っていれば確かに走る力は一つだけのやつより速いが、蹴る力はどうなると思う?」
俺はほんの少し考え、
「【膂力上昇】のみ?」
「その心は?」
「蹴る、は走るではないから」
ジカさんは、それを聞いて、
「半分正解」
「半分、ってことは?」
「踏み込む、と思えば、2つとも強化できる」
俺はその言葉に、頬が引き攣ったのを感じた。
「つまり本人の意思次第……」
「そうだ」
スキルとギフト。
俺はどんなふうになるのか期待に胸が膨らむ。
「じゃ、クエスト行ってこい」
「え?」
唐突に言われたセリフに、聞き返してしまう。
ジカさんは、少しドヤ顔をして、
「早く手に入れたいだろ?
大体、四つのクエストをクリアすると出てくるから、もうそろそろだろ?」
「なんかムカつく表情をしているけど、その通りだから何も言わないでおくよ」
「それは言ってるに入るんじゃないか?」
確かに、と俺とジカさんは互いに笑いあう。
俺は席を立ち上がり、ジカさんに別れを告げる。
ジカさんは、パフェを食いながら手を上げる。
俺はそのまま去ろうとするが、
「諏訪!」
呼び止められる。
「ありがとな」
お礼を言ったジカさんに、俺も手を挙げて答える。




