表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/22

4-3 魔術師と串焼きと姫巫女【番外編】

今回は血まみれ少女と魔術師の前日譚

ディルは浮遊島の一区画に勤める魔術師だった。寿命を縮めてまで浮遊石の管理をしたくない。同僚が引退を決めたと同時に次代を育てる必要に迫られ、弟子を取ることにした。


「家族は?」


 少女は目を見開く。

浮遊島には無尽蔵に人や物を載せられるわけない。不要なものは捨てる決まりになっている。

 下へ落とすのだ。 実際は町近くの砂漠に置いて行くのだ。

 ごみの中から彼はそれを見つけた。


「お前はみがけば輝く。食事と寝床を用意しよう」


 言い方がまずかったのだろうか。小汚い少女は喜ぶどころか青ざめて逃げようとした。

 ごみはまだたくさんある。わざわざ引き止めるつもりはないが、逃げ行く背にもう一度だけ声をかけた。


「いやな思いはさせない。名は?」

「シリン」



 シリンは掘り出し物だった。


 浮遊島は島ごと砂漠を移動して、交易で日々の生活を営んでいる。 もちろん浮遊島でも牧畜やら農耕は行っていて、水が不足すれば海上の雨雲の下に移動する。 外敵に攻撃される心配はないし、仮にどこかの町を攻撃しようと思えばかなり優位に立てる。


 ただ、その小さな島を一つ浮かすのに多くのマナを必要とする。


「長生きしてくださいよ」


「……」


 弟子のすがるような言葉に何も答えられなかった。

 通常のマナ管理に加え、弟子の指導でかなり疲れていた。弟子も心なしか表情が暗い。


「今日は屋台でいいぞ」

「年なんですから濃い味のものは食べたら駄目ですよ」


 歳と言ってもディルはまだ二十代だ。

 今日、目の前でディルより年下の同僚が死んだ。それは一緒に仕事をしていたシリンも見ていた。死因は不明となっているが、実際はマナ不足で死んだのだろう。 


「短い人生だ。好きなものを食べさせてくれ」

「だーめ。しっかり長生きしてください」


 あんなのを見てしまうとシリンの将来が気にかかる。養女の手続きを進めようか。


「僕がいなくなっても修行は続けるんだぞ。 そうすればそれなりの地位で三区に置いてもらえるからな。最近は良い数値を出している。だが、今日みたいに一気に噴出させるのはいただけない。今後は力の抜きかたを教えるから。で、あんなことになりたくなければ弟子は早めに見つけろよ」


 今日、彼女は混乱して多めにマナを放出してしまったが、無駄に垂れ流すとすぐ寿命がつきてしまう。

 その点、今日新たに配属になった同僚はうまく力を抜いていた。


「師匠、今日はしっかり食べて、しっかり寝てください」

「おまえもな」


 シリンが玉ねぎやトマトやらが刺さった串焼きを買ってきた。肉が少ないが、たれがたっぷり付いているからよしとしよう。

 湯気の立つそれを弟子と二人ほうばっていると、誰かが玄関の扉を叩いた。


「シリン。客だ」

「はい」


 いつもは誰も来ないのに何で今日なんだろうと愚痴を零しながらシリンは扉を開けた。


「一応、鈍く輝いているな」


 数人の魔術師が許可もなく家の中に入ってくる。彼らの一人が持っているのは浮遊石の結晶だ。


「魔術師ディル殿、よく育てあげてくださいました 」


 バッジからは中央区の魔術師だ。下っ端のディルは中央区の魔術師に「殿」と敬称を付けられるどころか会うこともほとんどない。


「あの、何のことでしょう」


 多少嫌な予感を覚えつつも、上位の魔術師に笑顔を向ける。


「そこの少女を姫巫女に」


 ディルは魔術師の言葉に、笑顔を引きつらせる。


「この弟子は孤児です。とても王族になるような……マナも満足には」


 マナは持って生まれた才に左右されるが訓練によって、少しは増大する。 シリンは最初に発見した当初より1.5倍ほどマナが増加したが、もう限界が見え始めている。これ以上は大きな成長を望めないだろう。


 今日の暴走でやっとぎりぎり姫巫女の条件を満たせたようだが、ディルが望んでいたのはそこそこにできる魔術師であって、浮遊島全体をその死まで支え続ける姫巫女ではなかった。

 これから、力の抜き方も少しずつ教えるつもりだったのに、後もう一歩で一人前になる弟子を召し上げられた。



 その後、一年伸び悩んでいるシリンに週一回の指導を行い、ほんの少し近況を話す以外はほとんど接点はなくなった。

 もうこれ以上伸びないことはディルにもわかっていた。王妃様が今日にも亡くなられて、シリンは一年もしないうちに命を落とすかもしれない。

 ため息をつくたびに、シリンは捨てられた子犬のように震える。


 シリンからは将来の夫である王太子の話はほとんど聞かなかった。


 そんな折、異界からの姫巫女の伝承にのっとり少女が召喚された。

 最初の姫巫女が空の竜に見初められたのが浮遊島のはじまりとか、浮遊島が力を失いかけたとき新たな姫巫女が現れて浮遊島を救ったとかそんな伝承だ。


 不満だったのは確かだったろう。王妃様の体調を考えて急いでマナが多い者を選定したが、シリンのマナはぎりぎり王妃を補佐ができるくらいにしか成長しなかった。


 年々、浮遊島は高度を下げていく。


 だけれど、せっかく召喚したルリコのマナはシリンやディルどころか一般人のマナよりも劣るものだった。


 ルリコは役に立たなければ突き落とされると聞かされたようで怯えていた。砂漠に下ろされるのだから即死というわけではないが、砂漠に置いていきぼりにされて、生き延びれるかは運次第。 運よく近くの町にたどり着けたとしても、職につけるとは限らない。

 早急にシリンを補佐できるほどの力は身に付けてもらわないと……


 それが、シリンの命を延ばすことにもつながる。


 ディルはルリコを連れて、王城の地下室に移動する。修行には少し肌寒く感じるくらいの温度が適している。

 ……一応牢獄ではあるが、囚人はほとんどいない。

 マナが多い者は労役で罪を減刑してもらえるが、ほとんどの者は有罪が確定すると、堕とされる。


 そのうすら寒い地下の一室で修行を始める。


「ルリコ。力を抜くんだ」


  そっと自分の右手で彼女の左手をとる。


「逃げ道は用意してある。安心なさい」 


 恐怖で身を固まらせたままでは、うまくいくものもうまくいかない。

 シリンを養子にしようと考えて揃えていた書類を使って養子にしようか。


 冷たかった彼女の手が徐々に彼女の緊張がほぐれてきた。 彼女は安心したように息をつく。


「これが、私と君の境界……境界面が触れ合い熱が移る。その熱は」


 互いの熱が伝わるのを待って、左手の人指し指で彼女の右手から肘まで線を引く。


「心臓にたどり着く。心臓の熱を全身の血管にめぐらせて、血管から肺に肺から口へ。口から外へ」


 今回はうまく行った。次は放出した魔力を整える。


「深呼吸して……そう飲み込みが早い」


 この感覚を得るのにシリンは一年もかかったのに。

 ルリコはうれしそうに笑った。 シリンを褒めたときの顔だ。



 ディルがルリコの教育を任されてから半年後、ルリコはシリンを追う勢いでマナの扱いを習得していった。

 周囲は唐突な開花に驚く。

 ある日、ディルはルリコと共に魔術師長に呼ばれた。


「これを候補に加えようと思う」


 地表の奥底に流れていた水が溢れるように、彼女は掘れば湧き出る泉だった。

 シリンを補佐する人間は多いに越したことはないが……


「ディル様。今日はお時間あります?」


 ルリコは十七歳。

 二十歳の王子と親しくしているという噂が聞こえる。

 王妃制度はシステムであって、好悪は関係していないから、王子に虫がついてもとがめるわけにはいかない。

 だが、ディルにまで愛想を振りまいている。最初は教えがいのある生徒だと思ったが、 だんだん、ディルの個人的な趣味やら悩みやらを聞きだそうとする。「話せば楽になることもあると思うよ」などと言って。かと思えば唐突に「私、不安なの」とか言う。


 円滑にこの娘からマナを吸い上げるためには不安はできる限り取り除いてやらなければならないが……。

 王子と仲良くやっているのに、主要な貴族の子供達にまで言い寄っているらしい。


「師匠まで取らないで!」


 廊下を走って現れたシリンが怒鳴る。


「まだ子供でして……ともに王子に仕えるものを邪険にしてはいけないよ」


 ディルはたしなめるが、納得できない言葉だったようで、シリンはディルを睨んで、駆け去ってしまった。

 駒としてしか育ててないからか、周りにはディルとディルの同僚しかいなかったせいか、他者と意思疎通力に欠けているというか、子供ぽさが抜けない。


 ルリコの立場からすれば、誰も味方のいなかった彼女が不測の事態に生き残るためには、王子や貴族を味方につけるが手っ取り早い。それだけの話だ。


 一時は養子にと考えていたが、味方ができたのならシリンの師匠に戻ろう。


 魔術師としては間違っているだろうが、最近少しあの娘(ルリコ)が怖い。

 まるで、シリンの立場を少しずつ引き剥がして、身につけているようだ。



 一ヵ月後。


「王子がルリコを望み、ルリコの力も姫巫女の力を明らかに上回っている」


「シリンに……姫巫女様に指輪をつけたあとです。今さら変更など」


 指輪は島の二つある主制御装置の一方だ。もう一つは王妃が持っている。

 一度つけたら死ぬまで、浮遊島に縛り付けられることになる。

 だが、方法がないわけではない。


「何より姫巫女様が指輪をはずしたいとおっしゃっています」


 拾って、五年。彼らは肝心のことをシリンに伝えていない。


「儀式は三時間後。くれぐれも余計なことを言わないように」


 ディルは姫巫女の部屋を訪れた。あと三時間しかない。


「私はお勤めを終えて、この婚約指輪をはずしたら、師匠の弟子に戻っていいですか」


 姫巫女の地位を捨てると無邪気に笑う。

 ディルは気取られないようにシリンの手を取る。

 

「その指輪ははずせないのだよ」


 指輪を身につけている限り、一生マナを吸われ続ける。

 姫巫女の死と同時に姫巫女のすべてのマナを一滴残らず吸い尽くしてから外れる。

  

「いやっ」


 隠し持っていたはさみで彼女の指を切り落とそうとするが、婚約指輪は防御壁を張り宿主を守る。

 シリンは呆然とディルを見た。 

 侍女は流血沙汰になりかねなかった事態でも、片眉を一度跳ね上げただけで、乱れた神衣を黙って調えた。


「おまえは堕ちなさい。でないと……」


 砂漠にシリンを捨てるしかない。彼女のマナならこの高度でも無事に降りれるだろう。


「姫巫女様、指輪の譲渡の儀式の時間です」


 部屋を出る直前、シリンは拾ったときと同じように震える瞳でディルを一度だけ見た。

 


◇ 


 王宮の広場には大勢の観衆が集まっていた。


 ディルはというと屈強な護衛に肩を捕まれて彼女の最期の舞を見せられていた。 


シリンはきれいに化粧をして純白の神衣をまとい、神を呼ぶため、神具を身につけている。


 二人の姫巫女がしゃらしゃらと音を立てて舞う。

 シリンともうひとりの姫巫女の背後では、剣を持った男が舞う。


 神に舞を捧げ終わると、少し遅れて、男もシリンの真後ろで剣舞を終えた。


 特殊な金属でできた剣だ。それがシリンの首に当たる。


 正妃は一人なのだ。 



 シリンは観衆の前で忽然と消えた。


「どういうことだ?」

「逃がすそぶりを見せたようだが」

「ゆ、指輪は?」


 中央区の魔術師が悲鳴を上げ、ディルに詰め寄る。 

ディルにもわからない。


 彼は、地面に残った赤い血をただじっと見つめていた。


次回は血まみれ少女と魔術師の後日譚+α。サブレギュラーが増える予定。


次回の『喫茶 桜川』は『ウーパールーパー』『アカムシ』『水槽』です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ