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4-1 警察官とピーチクリームソーダと少女

今回の『喫茶 桜川』は『アラビア風』『魔術師』『杖』と予告していましたが、ちょっと長くなってしまいまして、二編に分けます。お題のものがほぼ後半に集中していましたので、今回お題も変更しています。


※今回ちょっと流血シーンがあります。

 真夏の午後。


「あっつー」


 喫茶店に入ってきたのは警察官の五味さんだ。


「巡回お疲れ様」


 私は、彼の大好物のピーチソーダを水と同時に出した。


 巡回の時間はわかっているし、この夏場に頼むのはほぼこのピーチソーダなので、窓から確認できた時点で準備を始めて、入店とほとんど同時にいつもの席に置く。 この暑いさなか、一杯分の時間くらいは目を瞑ってもらえるが、あまり居座ると上司に怒られるそうな。


「おっ? 今日は、ピーチな気分か?」


 いつもはメロン一択のどら子が膝掛け(冷え性の方用)が入れてある籠から姿を現し、警察官のグラスにぺたっと張り付いたのだ。


「こら。お客様の物に手を出したらだめでしょ。すみません。すぐ取り替えます」


 五味さんは「いいよいいよ」と手を振る。

 元から夫とは知り合いだったらしいが、私の件でお世話になってからは特に親しくしている。

 一般客が来たら、すぐ隠れてしまうどら子も警察官には甘える。学者にはちょっと警戒していて近づかないようだが。


「鬼嫁が怖いから一口で我慢しろよ」


 細長い柄のスプーンの先にクリームを掬ってどら子の前に差し出した。 


 どうでもいいが、お客様が一人しかいない店内では小声でもしっかり聞こえてるよ~。


 どら子が食べたスプーンでお客様に食べさせるわけにはいかない。リーフはすぐに新たなスプーンを準備した。

 どら子が、ちょろりと舌を出して、ピーチソーダのたっぷり付いたアイスクリームを大事そうにぺろぺろなめ、リーフが新たなスプーンを持ってくると同時に残りをぱくりと食べた。



 ぽーん。ぽーん。


 警察官が時計を見上げた。時間は午後3時47分。


「ん? 壊れているの……はっ!? 」


 珍しく知り合いの警察官が油売っているところに次の悪役令嬢は来た。


「「えっ!?」」


 旦那と私は固まってしまった。

 警官の声に振り返ったら首から血を流している女性が倒れていたのだから。


 『君はもっと優しい人だと思っていたよ』


 ”あの人”の言葉とギロチンが一瞬記憶の底から浮かび上がって来て、足が一気に冷えた。


 いち早く立ち直ったのは、五味さんだ。テーブルに設置されているペーパーナプキンで傷口を圧迫する。


「救急箱と布!」

「お、おう!」

 私も立ち上がる。


―まず、指輪をはずせ―


「は?」


 見れば少女の左薬指には指輪がついている。報酬としていただくことはあるけれど、死に掛けの人間から引っ剥がすのは元公爵令嬢の誇りが邪魔をする。何より救命処置のほうが先だろう。


―やるんだ。指輪には直接触るな―


  どら子が怒ったように吠える。見れば少女の首を押さえている五味さんの手は血が付いている。


「ビニール手袋もお願い」


 いくら、ドラゴンのスーパーパワーで雑菌の感染を最低限に抑えているとはいえ、確かに血に直接触るのは良くない。 どら子がせかすので夫がカウンターから乾いたふきんとビニール袋と使い捨て手袋を数枚持って少女の元に駆け寄っている間に、テーブルナプキンを使い急いで指輪をはずした。

 その後、私と夫はありったけのタオルと救急箱をかき集めに行った。

 戻ると、五味さんは真っ赤な手にビニール手袋を被せていて、ふきんはすでにぼとぼとだ。少女の首に当てたタオルはすぐ赤く染まっていく。


 少女の息は細く、小刻みに震えていて、顔は真っ青だ。

 私はクーラーの設定温度を少し上げて、少女の膝に膝掛けと本棚に置いていた今日の新聞紙をかけた。

 それにしても、なぜ? いつもは客がいない時しか”異界からの客”は来ないのに。

 それにこんな状態にならないように早めに連れてきてって言っているのに。

 私がここに来たときよりもひどい状態だ。


「これ……あいつらだよな? つーことは下手に病院に連れて行くとまた騒動になるな」 


 私を見ないで欲しい。本来なら真っ先に救急車を呼ばなければならない事態だが、少女は明らかにこの世界の人間と違う姿をしている。

 この世界では染めないと無理であろうラベンダー色の髪だ。

 金のサッシュ(おび)が巻かれた純白のワンピースがじょじょに鮮血に染まる。


「辰に連絡」


 辰とは私の髪やら血液やら排……を回収して喜ぶ変態学者だ。

 今は好悪の問題じゃない。携帯のワンプッシュボタンの「3」を押して辰さんに電話する。


「おい薬局で一番大きな絆創膏(ばんそうこう)を買って来てくれ」


次いで五味さんは夫にも指示を飛ばす。家の絆創膏はMとLくらいしか置いていない。

 私は電話が繋がるのを待ちながらビニール袋に使い物にならなくなったふきんとタオルを突っ込んでいく。

 なかなか止まってくれない血にあせりながらも、無駄に冷静な部分は「もうこの血まみれタオルどうゴミに出そう」などと思っていた。


「薬局で売っているようなのでカバーできるか?」


 多少、騒ぎになっても病院か『研究所』に運んだほうがいい。今はパッドとタオルでなんとか傷を抑えている。それでもタオルはじわじわ染まっている。

 

『もしもし?』


 やっと繋がった。


「辰さん首から血が、急いで応急措置しないと」


『大丈夫か!?研究所から車を出す。十分で着くから』


 たぶん、貴重な研究対象である私が怪我をしたのだと思ったのだろう。



――10分後。


「傷は首の皮と肉が削れているだけだ……と思う。命に別状はない」


 その言葉に三人ともほっと緊張を解いた。

 数人の白衣を着た人がてきぱき処置をしてくれる。 


 おー。初めて学者を格好いいと思ったぞ。

 目的は『人命救助』ではなく『サンプルの生きたままの回収』だろうが。


 で、血みどろになったタオルをきらきらした目で眺めている。


「これもらっていいか?」

「持って行ってくれるなら助かる」


「この微妙に血の染み込んだ床ももらっていいか」


「ぎゃー! 」

「床張り替えるのにいくらかかるんだよ」


 私は悲鳴を上げ、夫は肩を落とした。


 少量とはいえ床板に血が染み込んでいる。

 木目調のマスキングテープで何とかごまかして、後はラグか何かを敷くしかないか。


「DIYが趣味のやつ紹介するよ。だからその板くれ」


 どんだけ友達いるんだよ。


 部下らしい人たちがラベンダー色の髪の少女を処置している間、辰さんはいつも通りソファーにガムテープを充てて、許可なく令嬢たちの抜け毛を回収していく。


「住環境を詳しく聞きたい。人類の進化の可能性を知る重要な手がかりなんだ」


 一日、研究所で様子を見たいからって強く薦められた。

 笑顔が胡散臭いが、実際、ここにベッドは二つしかないし、けが人をソファーで休ませるわけにはいかない。


「変な検査しないだろうな」

「研究よりも治療を優先してね」

「もちろんだとも。貴重なサンプルを死なすわけないだろう」


 だから、その笑顔が胡散臭いんだって。

 ”彼女”が気を失っていて、私たちに医療知識がない上、保険もおそらく効かないこの状況じゃ、彼らに委ねるしかないが……。



 唐突に雑音の混じった怒鳴り声が聞こえた。


『おまえ無線切るな!どあほう!!』


「切ってないっすよ?」


 たぶん五味さんの上司さんだ。空間隔離の影響で繋がりにくくなったのだろう。


『m山通りをs田方面にワゴンが爆走した』


「ナンバーは?」


『ナンバーはわからんが、白のワゴンだったそうだ』


 窓の外の狭い道にはた迷惑に止められている白いワゴン。


「おい。辰、ちょっと話を聞かせてもらおうか?」


 五味さんは辰さんの肩にぽんと手を置いたのだった。



 上司さんも私の件には少なからず関わっていたので、彼女を乗せたワゴンをパトカーで研究所まで先導してくれた。

 辰さんは反則切符を切られたようだけれど。


 結局、どたばたしている間にどら子が五味さんが残していったピーチソーダを全部飲んでしまった。


 その日はお店を閉めて、掃除や敷物を買いに行った。昔、絨毯を置いていった”客”はいたけれど辰さんの友達が「アルキメデス調!ひゃほー」と興奮気味に回収していった。 無駄に大きくて置く場所にも困っていたから別に持っていかれても構わないのだけれど、置いていたら裁断して使えていたのに。


 マスキングテープと敷物で血痕をごまかせたところに電話がかかってきた。


「彼女。意識を取り戻したらしい。日本語も通じるようだが、名前と出身国以外はあんまり話さないらしい。 後、指輪のことを気にしているようだ」


 そりゃ、見知らぬところに突然閉じ込められたら警戒するわ。

 私だって似たようなものだったし。


―あの娘早めに帰したほうがいい。


 ちょっと代わってと言って夫から受話器を奪う。


「ごめんなさい。その子、明日には帰したいんだけれど」


『そんなぁ。まだ調べたいこと……じゃなかった。もう少し”怪我の”経過観察をしたほうがいい』


 私ももう少し傷が良くなってからのほうがいいとは思うけれど……


 ――だめだ


 どら子はいつでも私をあの世界に帰すことができるのだ。これだけ強く言うのなら逆らわないほうがいいだろうし、きっと理由があるのだ。


「意識を取り戻したのなら、もうこれ以上の手助けは良くないと思うの」


『……わかった。明日の朝と昼に消毒して、今日と同じ時間……三時から四時でいいか?』


「お願いします」


 私は頭をさげて、電話を切った。日本に住んでいるうちに自然に癖づいてしまった。


「あ、勝手に決めちゃって良かった?」


「お前の客だろう? かまわないよ」


 夫はいまだ私が”令嬢達”を呼んでいると思っている。

 おまけにどら子の鳴き声に頷いたり、首を振ったりしているのを何度も目撃されて、動物を話せる能力があると勘違いしているようだし。


 

 食後の片付けの後、いつも通りどら子とひと時戯れる。喉を撫で繰り回すと猫みたいに目を閉じてごろごろ喉を鳴らすのだ。


「それにしても罪人にしては豪華な服装していたわね」


 首周りが赤く染まってしまったが、ワンピースは純白だったし、裾には金の刺繍がされていた。金の帯は艶やかな光沢を放っていた。  

 肩には羽衣のような紫の薄絹。宝石のビーズでできた金の胸飾りや同じく宝石ビーズの髪飾り、腕輪も本物の金だ。その上、腰周りには金貨が連なっていた。



 自分が、処刑台に引きずられていったときは、庶民に私が”金持ち”であり"悪”であることを見せるため派手な赤い首飾りを付けさせられたものだ。残念ながらガラスとめっきを使ったイミテーションだったけれど。

 せめてそこをケチってくれなければ、以降の生活の足しになったのに。


 それにしても……


「もうちょっと早く連れて来てよ」


 どら子の背中を撫でながら愚痴った。

 またぎりぎり。できればもう少し早めに傾向と対策を知って欲しかったのだが。

 

――さきほどの指輪。鉛の箱か何かに入れろ。手袋をしてな


「いつもの宝石箱じゃいけないの?」


――別の……できる限り密閉できる箱がいい。


 箱って言っても……仕方がないので茶葉缶に入れた。




本日のご令嬢……やたらにきらきらしい装飾品をつけた出血令嬢

次回の『喫茶 桜川』は『魔術師』『コーヒー』『杖』です。



絨毯のくだり、リーフさんは聞き間違っていますが、アルキメデス調じゃなくてアケメネス朝(紀元前)です。現存物はたぶん数点、裁断したらだめな絨毯です。

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