決別
『あ~面白かった。もう、さいこー』
「なに?」
――どこぞの神だろう。人間をそそのかして楽しんでいた
『そそのかしてって、私は嘘を言っていないわ。これで彼女は自分の世界に帰れたのよ』
――ネタ晴らしご苦労。十分楽しめたならさっさと帰ってくれ
ドラ子の額に宝石が浮き上がる。まるで第三の目のようだ。
『つまらないわね。……でも』
まだ楽しめそう――それだけ言うとふふっと笑い声がゆっくりと遠のいていった。
女の気配が去った後、どら子は第三の目を引っ込めた。
―つまりは、彼女は将来自分が生まれるべき宇宙を自分で創った、と言う事だろう。
「創った? 私がラピスと最初に会ったのは、5年前よ。 今から世界が作られても全然計算合わないわよ」
―宇宙……世界によって時の流れは違う。五倍の速度で時が進む世界もあれば、こちらからは時間が逆行しているように見える世界もある。
「ラピスはどうしたのだ。どこに隠した!?」
「女神様になって新たな世界を創ったそうよ」
「そんな。」
「これからどうすればいいのだ。」
「知るか!」
他にやらなけばいけないことは山ほどあるだろうに。
「こんなんばっかで本当に国は大丈夫なの? てか、私陰謀に巻き込まれて死に掛けたんじゃないの? 陰謀はどこに行ったの?」
「陰謀は確かにありました。ですが、王様がたは愛の力で乗り越えられてしまったのです」
ワーグが答える。
なぜ、若いときに挫折を味わってくれなかった。てかやっぱりこいつが王様なのか。
―さあな。他がしっかりしているなら大丈夫だろう。
「何?レッドデータネイション?」
辰巳が面白そうに笑う。
「変な言い回ししないで」
辰巳をたしなめて、王たちに向き直った。
「そんなんじゃ、国盗られちゃうわよ」
変な魅了の魔法にやられっぱなしじゃないだろう。国内は一旦それでいいかもしれないが、ティルナ国以外にも国はあるのだ。こんなお花畑では全部ぶんどられてしまうだろう。
「結婚式、ラピス様は世界に向けて『国家の垣根を越えて、愛し合いましょう』と宣言されました。世界は平和になりました」
「なにそれ」
「怖いよ」
「やばい宗教か?」
そこで、ふとあることに思い至った。
「『ラピスがいなければどうすればいいのだ』」
ラピスは『攻略中』は真剣に魅了の魔法なりなんなりをかけていたあろう。だが、四十代となった彼らに同じように魅了の魔法をー『攻略』を続けているのだろうか。ラピスの彼らに対する扱いは雑すぎたし、弟は私にちょっかいかけていたわけだし。魅了の効果は完全に解けていないにしても弱まっているのではないか。
それでもなおラピスを欲する価値は。
「あなたたち、ラピスに外交や国防を丸投げしたのね」
王と隣国の王子、宰相子息がわずかばかり目を逸らした。他はぽかんとしている。
・・・・・・疲れた。もう故郷のことを聞く気も失せた。
「もういいわ。帰して」
「待ってください!」
ワーグが叫び、膝をついて祈るように手を組んだ。
「神隠しに遭われたリーフスラシル様ですよね。昼なお明かりを絶やさないここは神の国なのでしょう。私のようなものでも、あなた様はいやなかおひとつせず、聖女のような心で、私を見てくださいました。
あの「聖女」様、私たちワーグを…救ってくださいませ。あのような不思議、いえ奇跡が使えるのでしたら」
嫌な顔ひとつしませんでしたって、めちゃくちゃ嫌な顔したと思うんですが……
ワーグの目にじんわり涙がにじむのを見て、盛大に顔をしかめた。
「異世界で女王をめざすのか」
「絶対いやーー。第一あれはわたしの力じゃないし」
「救ってくださらないのですか?」
絶望にうちひしがれたようにうなだれた。猫耳も力なく下に垂れている。
「可哀想だろう」
桜川と、五味さんが非難の眼差しを向ける。だから嫌なのよ。ワーグなんて。
「仕事どうするのよ」
「どうせ、おまえがいてもいなくても大してーー」
「はあ!?」
「いや。五倍の速さえ時が流れているなら、一日に一時間くらいいくとか。ほら『パートタイム救世主』とか。そういう感じの小説好きだろ」
好きじゃなくて自らの過ち(爪の甘さ)を反省し、もし国に帰ったときに、ラピスたちをどう嵌めてやろうかって研究していただけよ。大体小説と現実は違うのよ。
ーむりだな。さきほどのビッグバーン騒ぎの影響で、ここら辺一帯の亜空間に歪みが生じた。彼らを返すのがせいぜいだ。それにかんかんに怒っている神々がこの空間を取り囲んでいる。
「わかっているなら話が早い」
振り返ると喫茶店の扉のすぐ側に銀髪の青年と葛羅夜姫様がいた。
「誰?」
わたしの疑問に葛羅夜様が瞬時に私の側に移動して答えた。
「神社の敷地内に稲荷があるあろう。あそこを管理する二千年狐だ。」
そういえば主祭神とは別に大きな稲荷があった。たしかご利益は商売繁盛に恋愛成就、夫婦円満、子孫繁栄だったか。
我が家も葛羅夜様へのお参りは忘れても、稲荷のお参りは毎年欠かしていない。
「幻術や隠れ里、神隠し、道を繋げるといった小技に長けている。人にはわりと友好的だが、人と長く関わっているぶん、人の醜い部分もよく知っている。あまり怒らせないことだな」
「龍ですか。瑞獣と言われているわりにはとんだ害獣ですね。おかげで隠れ里は半壊、小道どころか 怪我したものもそれなりの数。この空間をまるごと潰してやろうかと思いましたよ。」
もうすでに怒っている場合はどうすればいいのでしょうか?
どら子は「ぐるる」と唸るだけで反論することも噛みつくこともなかった。
「・・・雑な仕事。道どころか穴じゃないですか。しかもこんなにたくさん。この空間の修復をし、あなたたちを元の喫茶店に戻した後はこの空間を封印します。いいですね?」
「ちょっと待って。彼らを帰すまで待って。」
ー今のこの不安定な状態では契約によってのみ返すことが可能だ。
「あなたたち、何でもいいからいらない物を渡して」
「嫌だ。ラピスを帰してもらうまでは、ボタンの一つたりとも渡さん」
王の言葉に攻略対象たちは、皆無言で頷く。 そこで無駄な結束力を見せるな!
「路頭に迷いたいと言うなら好きにすればいい」
狐神様は冷めた眼差しを彼らに向ける。
私だって路頭に迷った王たちの面倒なんてみたくない。
「何でもいいから気の変わらないうちに早く渡して」
あくまでどら子と彼らの『契約』なので、無理矢理なにかをもぎ取っても契約は不成立になってしまう。
「わ、わたしが要らない物です」
そう言ったのは、ワーグだ。
「勝手なことをするな」
王たちからしたら、ラピスを取り戻せるせっかくの切り札をワーグに勝手に切られるのは面白くないだろう。 まあ、ラピスがどこぞの異空間で宇宙の塵になった時点で切り札なんてものはないのだが。
「ここは神の国じゃないし、あなたの居場所なんて何処にもない」
見た目はワーグなんかよりも日本人に近い私がどれだけ苦労したことか。
警察に引き渡された後は、言葉はわかってもまったく話が通じず(二十回以上「パスポートか外国人登録証明書は?」って聞かれた)、研究所に回された後は二日に一度は採血でこの世界にない病原菌を持ち込んでないか徹底的に調べられて、逆にこの世界の病気の病気にかからないようにワクチンを射たれたり。戸籍もなかなか作ってもらえなかったし。
「構いません。彼らから少しでも離れられるなら・・・・・・」
ー契約完了だな
柱時計の音がポーンとゆっくり響きはじめる。
私は ビッグバーン騒動で無傷だった飾り棚に駆け寄り、あるものを取り出して、姿のかすみ始めた元婚約者に投げた。
「私ーーー」
大声で、元婚約者に告げると、皆一様に驚きの表情を浮かべて、姿を消した。
攻略対象たちが立っていたあたりの床に、私の投げた指輪は残っていなかった。
狐・・・「青絹の女」に登場。人間に婿入りしたこともあって人間には友好的。だが、仲を繋いでくれた友が人に殺された過去も持つ。




