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世界の危機

「さっき、僕を馬鹿にしたろう?」


 壁に手を当て、退路をふさぐ。ちょっと流行が過ぎた「壁○ン」だろうか。

 ああ、いい気味とは思ったが、顔に出てしまったのだろうか。


「よく聞けば、顔ばかりか声まで良く似ているな。姉に。あの男にどれくらい金を積めば僕のものになるか」

「私は誰のものでもないです」


 私は夫の所有物ではない。夫も私の所有物ではない。


「ラピス様が恋人ではないのですか」


「一人の女性の愛を五人で分け合うのだ。当然、ずっと僕だけを見てくれるわけではない。 ラピス様は寛大な方だ」


 弟のあきれた行動を鼻先で笑ったのがまずかった。弟がぐっと顔を近づけて耳元でささやく。


「多少のことは許してくれるよ」


 本当にやばい。


「君、その女性(ひと)いやがっているよ」


 五味さんだ。


 狭い家だ。当然声が出なくても、店と家を区切る薄いカーテン越しに姿は見える。

 でもカーテンを通って家側に入ったのなら、五味さんより先に間違いなく夫が見咎めるはずなんだが。

 

「あら、いいじゃない。カールにあげちゃっても。ねえ」


 ヒロインだ。背後には夫が立ち、熱に浮かされた瞳でヒロインにこくりと頷く。この反応をする雑魚(モブ)たちを私はティルナで嫌というほど見た。さらに後ろには、ワーグが静かに控えている。

 夫、適当に頷くモブになるなよ適当に頷くモブになるなよ。せめて、もうちょっとランクが上な何かでいて!


「はあ?君、ここは日本国だ。あなたの国ではどうか知らないが、あまり勝手なことを言うと――」


「ねえ。いいわよね?」


「――そうだな。ラピス様。彼女の声が嫌いなら喉を潰して」


 彼女が五味さんの瞳を見つめて、にっこり微笑むだけで、五味さんが警棒を私に突きつける。


「ひっ」


「私はこの子が『ごめんなさい』って土下座しながら泣いて許しを請う姿が見たいの」


 謝罪するつもりなんてない。


「あなたが私を殺そうと罰を与えようと、それは私に運がなかっただけ」


 そんなのお互い様だ。こっちだって死に掛けたのだ。

 確かに彼女を『邪魔だ』と思ったし、態度にも出ていただろう。口に出していたかもしれない。親か、親切な誰かが、気をきかせてもなんの不思議もない。 身の危険を感じたなら、王子をあきらめればよかったのだ。それで死んだとしてもそれは私に関係のない、彼女の運が尽きただけの『事故』だ。


「でも五味さんや桜川を巻き込むのは違うでしょ?」


「巻き込む? 違うわね。店にいた殿方は全部自分の意思で、私を愛してくれるの」


「おとなしく席に着こうね。珍獣さん」


 狭い通路に胡散臭い声が響いた。ぷっと吹き出したのもつかの間。


「でないと、解剖しちゃうよ?」


 彼は物騒な言葉を口にした。


「どんな催眠術かけてくれちゃったのかな? 興味あるなぁ」


 お、おう。いつも以上に胡散臭い笑みだ。

彼がポケットに片手を入れる。


「その毛。くじゃくやキジがきらきらした羽を持っているだろう? あれと大して変わらないようだ。

でもオスが求愛のために派手になるのであって、メスがこういう毛になるのは珍しいな」


「はっ。メス? あなた、私にひざまずいたんじゃないの? 愛したんじゃないの?」


「興味は惹かれたよ。毛を全部はがして研究してみたいくらいには魅力的だね。もっと面白いものを見つけたから君に時間をかけてあげられないけれど」


 ひょろい感じで、白衣のポケットに片手を突っ込んだままニコニコ微笑んで、一歩ヒロインとの距離を縮める。まるで、そのポケットからメスでも出しそうな雰囲気を漂わせている。ヒロインは理解し得ない状況に呆然としていた。


「い、いや」


 弟はヒロインを後ろに庇い、桜川と五味さんが学者を拘束しようと動く。


――目を覚ませ。サクラガワ。早く目を覚まさぬと……我はあれをどうしようもできぬのだ。

 

 ぶん。と心持ち少し大きくなった尻尾に足を絡め取られて、弟と五味さんがすっころんだ。


――ええい。加減が難しい。


「これは面白い」


 学者の視線がどら子に注がれる。


「ケイタイ。五味のお嫁さんあたりがいいかな。君には怒りを共にする仲間がいるだろう?」


 一瞬、何のことかわからなかったが、すぐ学者の意図は察せられた。

 ピンクの携帯を握りしめ、嫁友の『エリカ』さんに電話をかける。


「ゴミさんが、女のひとにめろめろになっています」


『詳しい説明プリーズ』


 冷淡な声が返ってきたので、姿勢を正して現状報告。


「おい。正気に戻れ。嫁にばれたら恥ずかしいコスプレ姿が全世界に拡散されるぞ」


『つまりは魅了の魔法ね』


 エリカさんは私に自分で作ったいろいろな服を私に着せようとする。 たまに、懐かしいドレスとか作ってくれるから、ついついうなずいちゃうのよね。


『キケ○なみずぎ。あれをインナーなしで装備したら勝つる』


「色気を見せるんじゃなくて、夢を見せるんだって言ってたじゃないですか」


『大義のためには些細なことは気にしてはいけないわ』


 夫を正気に戻すためとはいえ、あれをインナーなしで着るのは。それも多数の男がいる前で。


「正気に戻らないか」


 学者がふっと笑って、ワーグのフードを取りはずすと、髪の隙間からもふもふの耳がぴょこっとあらわになる。


「本物のけもみみだぞ。かわいいぞ」 


 ぼんやりしていた警官と夫の焦点がけもみみに集中する。


「触ってもいいか?」「ちょっとだけだから」


 おい。

 にぎにぎしながら少女に近づく怪しい男二人。

 何がそんなに珍しいのか。ただのワーグじゃないか。 ぷるぷる震える指でぽちっとな。 


「ヨッシーくん? お父さんがちょっと変わったメスをお持ち帰りしようとしているの」


 電話をかけた先は学者の息子だ。あれの嫁は同種だ。役に立たない。

 

『あのバカ。ワシントン条約と鳥獣保護法と動物愛護法は守れっつってんのに。それと義一だからな』 


 父親の思考に汚染されていない息子さんはお怒りモードだ。ごめんよヨッシーくん。いつも名前間違えて。

 魅了の魔法があっさり解けてしまったヒロインはすっごい悔しそうな顔で拳を握りしめ叫んだ。


「みんな!私を守って!」


 ……。


 そちらを向くが、彼女の仲間は誰も助けに来ない。

 猫耳を囮にして逃げればいいのに。五味さんは一応警察官なのである。


「とりあえずのところ公務執行妨害ってところで。後で正式にそれっぽい罪をつけてあげるから」


 五味さんが彼女の腕をねじり上げる。五味さん、すごく怒ってますよね?


「みんなどうしたの!?」


 店内に戻ると彼らは伸びていた。


――気絶してもらったに決まっているだろう。


――早く帰したほうがいい。すぐ目覚めるぞ。


おかしい。トカゲ二匹がちょっと焦った『声』をしている。 


――あの時から随分溜め込んだな。契約で帰すしかなかろう。 あの連中から何かもぎ取れ。あの指輪以外の――


「何か、私たちに渡して」


「何で、あんたなんかの言うとおりにしなきゃならないのよ! みんな起きて!」


 ヒロインの命令で彼らが目を覚ます。と同時に指輪から青白い光が広がる。


――魅了の魔法で、魔素を消費していたようだが、すでに飽和状態の上に、ドラゴン二体の魔素をガンガン吸っている。もうすぐで、今まで穴をあけたすべての世界が繋がるか、それよりもこの世界の破滅が――


「世界の破滅って!?」


いつの間にそんなことになってんの!?


――教養番組の特集でやっていただろう。『ビッグバン』がここから始まる――


 指輪から光がいくつも飛び出して、はじけ出し、お互いひきつけ合うように固まっていく。その塊同士がぶつかりあい、真っ白な光が収縮して潰れて黒くなる。建物全体ががたがたゆれ始める。その『黒』がいくつも重なり……揺れがひどくなり、紙などの軽いものから、『黒』の中に吸い込まれていく。


「な、なにこれ? トール、ペテル、フィン、ラグナル、カール」


 ヒロインが彼らを呼ぶが、完全に予想外で彼らは動けないでいる。起きた途端、何かに捕まってなければ『黒』に引き寄せられる意味不明の状態だ。目の前で椅子が『黒』に吸い込まれていく。


「始まるな!」

「もう何とかしてぇ」

「宇宙の破壊と創造だ」


 狂喜している人が一人いるが、床に這い蹲りながら悲鳴を上げている間に、ヒロインを中心に、上下に白の柱が噴出す。 轟音が耳を打ち、目もまともに開けられないのに、その白光は目に焼きつく。


「ワーグ、助けなさいよ!」


 ヒロインがすがるような、怒りと焦りの混じったような声で、ワーグに助けを求めたが、ワーグは微笑み一言だけ告げた。


「嫌です」


「女神様が言ったのに、みんな攻略すれば、元の世界に帰してくれるって」


「もう本当にやめて。普通の喫茶店でいたい」


 青くて透明な大きな箱?がヒロインと私たちを隔てた。轟音と風は止み、箱の中のものが根こそぎ消えた。

 損害はテーブルとソファー。テーブルに載っていたもろもろ。テーブルなんか断面がすっぱり切れてるし。 謎の局地的暴風で店内はぐちゃぐちゃだ。飾り棚以外は。

 

――急速に収縮を始めた空間を切り離して、別の場所に飛ばした――


「異世界に飛ばしたのか?」


「いや、それ絶対まずいでしょ?」


 ブラックホールだかなんだかをなんの関係もない異世界に捨てるなんて。


――そこまで細かく設定できなかった。あれはこの宇宙のさらに外側で、おそらくだが新たな宇宙を誕生させた――


「はあ?」


「はあ? この世界って大丈夫なの? ラピスは?」


――――知らぬ。少なくとも1000億光年以内にはいない――


「1000億……」


――あの指輪も宇宙創造の核に使われ、消滅した。転生・転移のシカケはよくわからぬが、理論も何もかも消し飛び、魂は光となって宇宙に散った――

 

 どら子がちょっときれいっぽいこと言ってるけれど、魂が光となって宇宙に散ったなら、身体のほうは……?


 わざわざ知らないって言ってるんだから、それ以上追求するのは、やめておこう。


――あの指輪のことなら少しはわかる。


 ウパ男が威厳に満ちた声で説明を始める。


――私の世界のニンゲンの中は砂漠の大地を捨て、信仰により新たな大地を作ろうとした。おしゃれな言い方をすれば、寺フォーミングというやつだ。 彼らの世界は絶対の魔素量が足りない。無駄なことに使っていたから枯渇していた。 あの世界のどんな巫女でも、小さな島を浮かす程度がせいぜいなので、魔素の絶対量が多い世界から、魔素を使ったことのないニンゲンを呼んだ。――


 ん? 寺フォーミング? とりあえず話の腰を折るのをやめて、頷き話の先を促す。


「それが、ラピスなのね」


 ――それでも星を作るには足らなかったのか、あのニンゲンが自分の役目を放棄したのか。彼女は死ぬなり転移するなりで役目を果たさぬまま、指輪と共に他の世界へ旅立ったのだろう。 そのたびに指輪は魔素を吸い続け、進化を続けた。


―その宇宙で仮に生命が育つことがあれば、「女神」とあがめられる存在になるだろう―


「ラピス様は?」

 

「ああ、魅了の魔法が解けたようだね」


 学者はペンライトでカールの目を確認して、告げた。カールは突然瞳に当てられた光から逃げる。

 他の男どももぎらぎらとした瞳や熱にうなされたようなどこか狂気を含んだ瞳は正常に戻っている。


「ら……ラピスをどうしたのだ」


「今までの行いが認められて、天にあがって女神になったのですわ。」


 どら子たちの声は、彼らが伝えたいと思う人間にしか伝わらない。

 なるべくわかりやすく噛み砕いて、それっぽく言ってみた。彼らには彼女のことをさっさと忘れてもらって、ぐちゃぐちゃになっているだろう国を立て直してもらわないとならない。 


「ら、ラピス。」


 きゃらきゃらと女の笑い声が店内に響く。


『あ~面白かった。もう、さいこー』



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