8-1悪役令嬢と断頭台と指輪
『兄弟の絆編』は前回で終わりました。別のお話で彼らのその後が語られるかもしれませんが、今のところ再登場の予定はございません。今回より新章です。
一応、DNA関係と人類の進化的な資料は読みましたが、私には無理でした。なので学者の妄言はさらっと流していただけるとありがたいです。
喫茶店の若奥様(私)自慢の飾り棚には、温度計やら何やらを完備した水槽がどーんと置かれていて、水槽の底には白い生物がいた。
「なに? 今度はメキシコサンショウウオもどきを飼うことにしたの?」
学者が水槽をつついて店主に尋ねる。
「ウーパールーパーでウパ男って言うんだ」
「相変わらず雑い名前だな。ざっと見たところ必要なものはそろっているみたいだ。病気や怪我をしているわけでもない。健康体だ。飼育方法でわからないことがあったら僕に相談してくれればいい。 どら子も診察してあげよう」
どら子はそそくさとおニューの毛布に隠れた(前の毛布は血が付いてしまったので処分した)。
「二つとも、地球上には存在しない合金なんだそうだ。複数の”友達”が譲って欲しいって」
お茶飲みに来た女性研究者にかんざしと弾丸を渡したのが二日前。最低限危ないものじゃないか、チェックしてもらわなければならなかったからだ。
付着していた血についても、調べてもらって、かんざしの方はミドリムシがいなかったそうだ。
「ミトコンドリアイブね。今回に限って言えば、Y染色体アダムだけれど。
つまりこの血液の持ち主は――」
学者が訂正する。何度説明を受けてもわからない。聞き流すのが正解だ。
「へえ、これが未知の合金ねぇ。弾丸のほうはどうぞ。こっちは結構きれいだから気に入っているのよ。悪いわね」
かんざしの血はきれいにふき取られている。
「お客になればいくらでも見れるって言っとくよ」
証拠(弾丸)隠滅にも成功した。
今では、喫茶店の売り上げの大半が、『対価』と学者の友達の飲食代で賄われている。
私が気に入らなかったものは研究所を通して学者の友達に売るが、私のコレクションになったものは喫茶店に出向いて見てもらう。
お友達が借りたいって場合は、同じく研究所を通して貸し出すことはある。
たまに、コレクションが盗難に遭いかけたり、『私』を盗難しようとする人もいるけれど。
「……それにしても”転生”? 私たちはどうやって次の器を選ぶのか。私の興味の分野とは少々違うが、興味を持つ”友達”はいる。どうだろう? ”彼”の遺髪やこの際親族の皮膚片でもいい。 DNAの比較を――」
「コンタクト取れてもやりません」
「殴られますよ」
どれだけ『科学』が立派か知らないが、この学者の人を”実験動物””観察対象”としか見ないところは苦手だ。
悲しみに暮れているご遺族に配慮がなさ過ぎる。
「それより、リーフちゃん。隈できているよ。ちゃんと寝てる? 一度研究所来る?」
最近、夢見が悪いのは確かだが、わざわざ学者に言う必要もない。
「こいつ夜中によく唸っているんだ」
妻を『こいつ』とか言うな。
いつもは気にならない些細なことで心がささくれ立つ。
「いつから?」
「いつからって言ってもな」
「飼い始めたペットのことが気になって眠れないのかい?」
「それはない」
私はそこだけは即座に否定し、夫が説明を付け加えた。
「どっちかってとコレクションが追いやられてご機嫌ななめだな」
その上、ウパ男はどら子と違って、たまに別の世界に散歩に行くのだ。
常連客が空の水槽を見て飼育失敗したの? なんて聞くものだからウーパーよりも少し大きめの金魚を同じ水槽に入れてみたが、朝になったら一匹足りなかったり、餌を奪われるか、ストレスでお亡くなりになってしまった。金魚さんごめんなさい。
◇
みんな笑う笑う。私を取り囲んで笑う。
「いや!」
「大丈夫か?」
「ちょっと変な夢」
血まみれの少女やお腹に血だまりができているレディやら、ちょっと衝撃が強すぎて、自分が処刑されそうになったときのことを夢に見るのだ。
残暑の夜。 扇風機は基本夫に当たるようにしているが――
「お前、足冷たいぞ」
「ぎゃ、勝手に触らないでよ」
なんの許可もなく足先を触るからびっくりするじゃないか。そりゃすぐ足が冷えてしまうけれど。
「こっちこい」
ありがたく夫の隣に納まる。夫の足に自分の冷たい足をくっつけるとじわじわと身体が温まって、その日の夜はぐっすり眠れた。
◇◇
―五年前
私の前に『悪役令嬢のライバル』が現れたのは最終学年の頃だった。
私の婚約者にちょろちょろ付きまとう少女に私のお友達が嫌がらせを始めた。
それを知った私は彼女達にお義理で一応「品位に欠ける」と注意した。……けれどそんな軽い注意で止まるわけもなく。
言い方は悪いが「ざまぁ」と思っていた。
状況が変わったのは、王太子が学園の庭、それも私の目の前で……私以外にも数人に目撃された。
普通に考えて、あの少女の縁談が無くなってしまう。 王太子の恋人になるのだ、と理解した。
王子もわかってて人前で口付けをしたのだ。
卒業式。
「私は、恋人くらい許します! なぜ私が捕らわれねばならないのです!?」
私はヒロインの殺人未遂事件の首謀者として捕らえられ、何が起こっているかわからないまま、貴人の牢に捕らえられた。
我が家は十二ある公爵家のうちのひとつでしかない。ただ私以外に王子と同じ年の公爵令嬢がアバロー派にいなかっただけだ。
「アバロー様の不正が発覚した。均衡を保たなければならない。表沙汰にしない代わりにお前を婚約者からはずせと」
「お父様は……お父様は不正に関わってらしたの?」
父は目を逸らす。
私の代わりには妹がいる。王太子は無理でも時期を見て、(ラピュセル派が落ち目のときに)良い嫁ぎ先を選び、父とアバロー派はいつかあの娘を王妃の座から引きずり落とすだろう。
私たちは波の上の小舟だ。油断していたらすぐに沈む。それはあの娘も王太子も同じだ。
私は運がなかっただけだ。
「わかりました」
私の知らない裏で、私は落とし前をつけるための生贄にされたのだ。
処刑の前夜。王太子が地下牢を訪れた。
王太子は私の好きだった声で優しく囁いた。
「君はもっと優しい人だと思っていたよ」
この人は、私に聖女になれというのか。
目じりが熱くなるが、決してこの男の前では泣かない。
彼は、しばらく私を観察していた。彼を見つめたままじりじりと彼が去るのを待っていた。大きく見開いた目はきっと真っ赤になっていたことだろう。
王太子はつまらなそうにアイスブルーの瞳を逸らして、去っていった。
翌日。
みすぼらしい囚人服に不似合いな赤の首飾りを付けさせられた私は騎士団長の息子に先導されて処刑台の階段を上った。
「王太子に取り入り不正を……脅かすラピス嬢を殺そうと……ついには王太子の命まで」
「庶民からの税を搾り取って」「自分だけ贅沢を」「見て、死ぬ直前でもあんな大きな宝石」
私の知らない罪状が次々挙げられていく。私の知らない私が。
アバロー様が行っていた不正は父の不正になり、私はそれをもみ消すために王太子を殺そうとまでしたのか。笑うしかない。
「まだ、それを持つ資格があると思っているのか」
断頭台の前に歩みを進める直前、 騎士団長の息子が私の指に嵌っている見咎め取り上げた。
「……返して」
からからに乾いた喉で、声を絞り出し、指輪をもぎ盗った。もう自分のものではないのに。
あの瞬間まで何を未練たらしく王太子の婚約者にしがみついていたのだろう。
◇
「やめて」
「君どうしたの。つーかどこから降ってきたの?」
ぽかんとした顔が目の前にあった。香ばしい香りがする。
私は、直後気を失ってしまった。
ティルナ国の人々
王太子……アイスブルーの瞳。
ラピス・ラピュセル……ヒロイン。
アバロー派……リーフスラシル父が所属している派閥。
ラピュセル派……ヒロインをプッシュ。
メル派……どっちつかず派
次回、リーフの旧敵&ラスボス登場。




