表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/22

7-7 悪い貴族と食堂と革命【番外編】

ドラ子が悪役令嬢に認定した理由。失敗した異世界チート。

「お目覚めですか。ハイドランジア様」


 執事の言葉で目覚めた俺は起き上がろうとして違和感を感じた。枕の下に手を入れてみると見知ったタイトルの漫画を見つけた。その表紙を見た瞬間、夢の内容を思い出した。


 俺はどうやらこの世界でどう生きていく覚悟を持たないといけないようだ。


 一人、じっと漫画の表紙を見つめていると執事がため息と共に言った。


「これからどうするんですか。王子様に婚約破棄されましたよ」

「あ゛あ゛ぁ~?」


 どういうことだ。

 いや別に結婚したいわけじゃないが、もうちょっと状況と心を整理する時間が欲しかった。


 痛みが、倒れる直前の出来事を無理やり思い出させる。 あの銃口は確かに俺と王子のほうを向いていた。


「俺は撃たれたんだよな? 王子は無事だったのか?」

「ええ、傷一つなく」


「じゃあ、なんで婚約破棄なんだ? 俺は王子を守ったんだよな?」


「ハイドランジア様が死にかけたのは二度目です。

 あなたが婚約者のまま亡くなってしまったら、王家は喪に服さなければならなくなります。王子の結婚は二年は遅れる事になるでしょう。すで婚約破棄の話は国中に広まってますよ」


「はやっ。王子からお見舞いとか侘びの言葉とか、頭下げるとかあったんだよな?」


「“噂”が広まったその日に、婚約破棄を伝える使者が訪れたきりです」


 さて、どうしようか。意味もなくぱらぱらと漫画本をめくりながら考え込む。懐かしいアニメのおまけシールが落ちた。


「一つよろしいでしょうか」


 執事はためらいがちにあることを告げた。



 数日後。俺は王城に出向いていた。


「ご婚約おめでとうございます」


 俺はわき腹の激痛に耐えながら、にっこり微笑み最上級のお辞儀をして、王子の婚約を寿(ことほ)いだ。


 隣国から第二王女を迎えられるそうだ。本当にめでたい。


 当然といえば当然だ。いっちゃ悪いが、婚約者が消えてなくなる=好きな人との結婚となるわけがない。 候補はつっかえている。


「ありがとう」


 対して王子は引きつった笑顔を返した。


『ハイドランジア様が撃たれた時、王子は嘲笑わらっていました』


 執事の言葉を思い出す。


―私が撃たれたとき、殿下が笑われていたというのはどういうことでしょうか?―


 と、問いただしたが、薮蛇になってはいけない。

 下手に脅したら、サスペンスドラマの半ばで殺される脅迫者になってしまう。


「今回の件すまなく――」

「慰謝料をもらいに来ました」


 慎重にお金を引き出すことだけを考えろ。


「すでに多額の違約金を払っている。」


 家同士の契約だから、違約金か……。一かけらの情もない。


「それは家への不名誉に対してです。私の不名誉と心と身体の傷には1ロゼも払われていません」


 ロゼというのはこの国の通貨単位だ。


「噂が広まったのは、私のせいじゃない。そ、それにお前は相手をだまして結婚するつもりか?」


 微妙に声が上ずってきたな。こんなんで将来大丈夫なんだろうか。

 腹を撃たれたことにより出産時に人よりも大きなリスクを負うことになった。 問答無用で婚約破棄になった理由だ。

 親切な誰かによって噂が広められた(・・・・・)以上、今後まともな縁談は望めないだろう。


「まず、○万用意してくださらない?」


 自分からすらすら出る女声に気持ち悪さを感じつつも上品の微笑むことを忘れない。


「へ?」


 よっし。王子のアホ面見れた。これで、今日の飯三杯は食べられる(米出たことないけど)。

 庶民の一年分の給料だ。大貴族へ払う慰謝料としてはまあまあ割安なのではないだろうか。


「私の次の結婚が決まるまで、月々――」


 一応期限を決めているし、それも、本当に庶民一人がほんのちょっとだけ贅沢できる金額だ。父から屋敷一つもらえたので家賃の心配もないし。


「そんなものでいいのか?」


「私が結婚するまで、払っていただければ私はあなたに関わりません。良い取引ではなくて?」


 逃げ道を作ることも忘れない。本当に面倒になれば、俺に縁談持ってくればいいだけの話だ。 俺が相手を気に入るかは別問題だけれど。


 ◇


 婚約破棄から二ヶ月後。


「で、金を食いつぶしていくわけですか。半月、ただ街中をぐるぐる回っているだけじゃないですか」


 俺は執事と王都の食べ歩きの日々を送っていた。


「屋敷に閉じこもってませんってことはきっちり報告しているんだろう? で、なんのストップもかかってないんなら好きにしていいってことだろう」


「慰謝料なんて、王子の気分しだいでどうにでもなるんですよ。どうやって生活していくつもりですか」


「うーん。子供向けの給食出す学校とかを作ろうかと思って」

「はい?」


 執事は思いっきり眉をひそめた。


「子供を学校に行かせるぐらいなら、仕事の手伝いをさせろっていうのがこの国の基本だろ? 学習塾をはじめたとしても、子供達に勉強教えたら、こっちが親に金をぶんどられる」


 この国には義務教育という考えはない。

 俺だって別に勉強嫌いだったよ。

 ただ、漫画さえ読めないのは、間違いなく人生の半分を損している!


「まったくです。すぐに、金が尽きますよ。まだ、家でなんの生産性もなく丸まっているほうがましです。そもそも料理できるんですか?」


 俺はさっと目を逸らした。親の帰りが遅いときに弟にてきとーに作った程度だ。


「安くて……うまいかはおいといて、激安で飯が提供できれば子供達寄ってくるんじゃないかって。

 日本で使ってて、こっちで使ってない食材って結構あるよな? 米はなかなか入荷しないが、一応発見した」


「米は南部で作られています。日本と米の種類が違いますから同じようには炊き上がりませんが。あとイカが不人気で、タコは人間の食べ物じゃない扱いですね。わかめの類はほとんど出回っていません」


 執事がすらすらと俺の問いに答えた。

 同郷のセンパイがいるとこういうとき心強い。

 今までも海藻を港で見つけてスープの具にしたり、海苔を作ってみたりした。


「そうだよな~。米なんてほんと南部でしか使用しないから、輸入品かって思うくらい高いし」


 ロセウムの国土は広い。南部の特産品はいくつもの山を越えるよりも海路で運ばれることが多いのだ。

 隣国の海峡で通行税払う分、割高だし。


『ドリア、明太子スパ、オムライス』


 この三品は、一応夕飯まで我慢できなかった弟に作った記憶がある。


「いきなり米うまいってプッシュしても、誰も手をつけないと思うんだよ。

 なのでなんちゃって洋食で、子供たちの心をとりこにする。

 米は高いが明太子はタダだし、ケチャップは謎ケチャップがあるし、チーズ・バターは比較的安い。しばらくはこの三品と簡単なスープでなんとかなるかなと 」


「あの、目的は学校を作ることですよね?」


「子供達を通じて親に米を布教して、米をがっぽがっぽ輸入して市場価格を最終的に下げるのが目的に決まっているじゃないか」


 読み書きはついでだ。

 教育改革とか、そんな高尚なもん俺に求められても俺は知らん。


「またえらく遠回りですね」

「書類とか俺わからんからよろしくな」


 ぽんと執事の肩に手を置いた。


「は?」


「俺をぼーっと眺めているだけで、給料もらえると思うなよ。給料分は働け」



 いきなり食堂も学校もは、無理なのはわかっていたので、お菓子で子供達を釣って勉強を教え、婚約破棄から半年後には、書類が揃ったので本格的に「こども食堂」を稼動させた。


 婚約破棄から一年半後。


「おお、向こう(にほん)で作ったときよりかパラパラ。俺って天才?」


 父は噂が耳に入らないよう領地に俺を連れ戻したかったようだが、サンダーソニア家が王都に所有している借り手の付かない物件で俺が始めた給食つきの学校――こども食堂『オトコメシ』は父の予想に反して、軌道に乗り始めた。


「米の種類が違うんですよ。何度自画自賛しているんですか」


 執事が眉間に皺を寄せながら薄焼き卵をひっくり返す。あ、きれいに半月型に重なってしまった。


  飯屋を始めるに当たって一番ネックだったのは、人件費をどうするかだったが、監視役の執事とアナベルを使うことにした。

 父から高い給料が払われているんだ。ただぼーっとさせるのはもったいない。

  おかげで人件費を気にせず飯屋を始められた。


 問題は料理の腕は俺とどっこいどっこいってだけで。

 執事もまた、完璧な箸さばきで、無理やり半月をのばして、裂け目をごまかしている。


『ドリア、明太子スパ、オムライス』に『和風きのこスパ』を追加した。


 日本みたいに市販のソースや、○○の素なんてないから、和風だしは小魚を天日干しして粉々につぶすところからはじめたのだが、結構いける。


 きのこっていっても、人工栽培されている安価で安全なマッシュルームを使っているから和風な感じはしない上、味付けにマッシュルームのケチャップも使っているので、和風スパとナポリタンの間とどっち付かずという感じだ。


「口を動かしてないで手を動かせ。給料分は働け」


 子供のころから米の良さをわからせて、洗脳……食べる人が増えれば自動的に米の価格も下がるという完璧な計画は着実に進んでいる。

 

「にんじんなまやけ」「けちゃっぷ味うすい」「もっと細かくみじん切りに」


 子供達がぶーぶー文句を言う。洗脳には時間がかかりそうだ。 

 オムライスは味よりも、きのこケチャップで落書きできるのが気に入っているようだ。


「ええい。細かいな」

「ちゃんとおいしくできるはずなのに手を抜くからそうなるのよ。三日前に作ったもののほうがおいしいわ」


 年長の女子が一般客用のオムライスを作りながら、厳しい指摘をする。

 作り方を教えたら、あっさり俺を抜きやがった。


「元気ですわね」


 そう言ったのは俺の元同級生であり、南部を治める侯爵の令嬢のアニスだ。

 南部の特産品を王都で売り出す方法を考えていたときに、たまたま読んだ『つぶれる前に食べておきたい迷店』でこの店を知ったそうで、まさか北の侯爵令嬢が王都の片隅で飯作っているとは思ってなかったようだが。


  ピンクでかわいいとか理由で「たらこスパゲッティ」がお気に入りだ。 


 向かいのシューさんと皿の中身を分け合いながら、商売の相談と愚痴を聞いてもらっている。


 シューさんは月一で訪れる常連さん(?)で、唯一この店をグルメガイド本で紹介してくれた著者で、ありがたくも『つぶれる前に食べておきたい迷店』☆-1をくれやがった男だ。

 評価はぼろくそだったが一般客向けの営業に二の足を踏んでいた俺達に『一般人への設定金額高め』とか『数量限定にしておけば特別感がある上に、在庫切れを気にしなくてすむ』とアドバイスをくれた。おかげで慈善事業から、まともな商売に変わった。


  初来店以来、アニスはちょくちょくここを訪れては、りんご酒片手に海苔チーズを食べながら愚痴をこぼしている。一応、子供達にはここで聞いた愚痴は外に漏らさないようにとは言っているけれど、親とかに言っているだろうな。

 

 王子様は国内の有力貴族のアニス様を第二王妃に迎えたいとか、言い出しているそうだ。


「隣国の後ろ盾は欲しいけれど、隣国の血を引いている者を王位継承者にするつもりはないのでしょう」


「えーっとマツリさんだったけ? 彼女は?」


「ベリー伯爵と結婚して、王子の恋人になることが決まりました。

 でないと、生まれた子が王位継承権を持つことになってしまいます。子が男子であればどちらの子だろうとベリー伯爵領を継ぐことになります」


 もはやどこをどう突っ込んでいいのかわからん。


 なんて思っていたら、王子様から王様へジョブチェンジしてしばらくした頃に新入りの恋人に「侯爵夫人」の称号を与えちゃったよ。


 酔っ払ったアニスは結局護衛に抱えられて帰っていった。 湯割りしたりんご酒で酔うなよ。



 数ヶ月後。


「宮廷料理に出てたのですよ? どう思います?」

「まあ、そういうこともあるだろう。」


 王子様とのご縁を蹴ったアニスとシューさんがオムライスとたらこスパゲッティと半々に分け合いながら、おしゃべりをしている。そして、俺はたまにアニスに話を振られる。

 あ、調子良かったのに、刺繍糸がこんがらがった。


「でも、アイディアはハイドランジア様なのに、名前を『オブライス』とかこっそり変えて、さも自分が作ったように……そして……何よりもくやっしいのは、ここで食べるよりも鮮やかでうーんとおいしかったのよ。なによあのソース、卑怯よ」


「ほーどのようなソースなのだ」


「赤いトマトのソースだったわ。酸っぱくて、ほのかに甘くて」

 

 ああ、なんかしつこく聞いてきた人いたな。 トマトのケチャップならもっとおいしいのにって教えたような……。 

 この店はオムライスや和風スパには安全安心でお安いきのこケチャップ(マッシュルーム)を使っている。黒いのでケチャップ感がないけれど。


「料理人の腕も、素材も最高ならそうなるのが当然だって。それに俺はオムライスをたまたま知っていただけで、俺が考えたわけじゃないし」


「まあ、料理人も毎日同じメニューを出したり、下手なものを出したりしたら首だからな」


 シューさんはそう言って、指で首を掻っ切るまねをした。


 で、タイミングが悪かったのは、ようやくその一週間後にアンテナショップ(物産店)のイートインコーナー(食事処)で提供を始めたのに、その料理長が『粗悪品』とか『アイディアを盗んだ』とか圧力をかけはじめたそうである。

 

「悔しくないですか? 悔しいですよね? もうこの店に元祖って看板に書いてくださいよ~」


「それ、むこうさんが『本家』って言い出して、泥沼になるパターン。

 気にせず、庶民の手の届くもんで作ればいいじゃん」


 料理なんて、早いも遅いもない。米が東でピラフに西でパエリアになろうが焼き飯だし、小麦が西でパスタに東でうどんになろうが結局は麺だ。細かい差はあれど、大体似たりよったりになる。


「でも、悔しいじゃないですか。おまけに向こうは裁判しようかってくらいの勢いで」


「最悪裁判になったら勝てるんだろう?」


「まあな。ガイドブックに『オムライス』が紹介されたのはもう一年近くも前だ。

 ただ最新の人気料理の多くが料理長の名で発表されている」


 シューさんの言葉に俺は眉をひそめた。


「たまたまかぶっちゃったなら仕方がないだろ? もうお互いがんばりましょうでいいじゃん」


 まあ、わざわざ『オブライス』って名をつけるんだから、『たまたま』ではないだろう。でも面倒くさい。


「普通ならな。料理長は料理界の歴史にどうも名を残すことにこだわっている。

『元祖』のレストランの人気商品の三ヶ月間差し止めをさせるって話だ」


 人気料理を三ヶ月も差し止められたら、お店が傾くよな。


「なので、万が一にも裁判で負けそうになったら、契約書を出していいですか?」


 オムライス・ドリア・たらこスパ・和風きのこスパのレシピをそれぞれ一ロゼで譲るという契約書だ。

 

「日付も半年前。控えは『本家』で大事に保管しています」


 執事が、付け加える。そういえば、書類は執事に渡したままだったけれど、まさか本家で保管されているとは。


「あの王も自分の料理長は常に新しい料理を次々と発表している彼を買っているようで『我が料理長は最高の料理人』だと裁判長に圧力をかけるそうだ」


「宮廷料理長がレシピ盗んでいたなんてことになったら、王様の権威まで落ちるからな」


 地位にしがみつきたいのか、なんなのか。

 

「おっさん、これ続きないの」


 男子が端がくたくたになり始めた漫画を突き上げた。俺が書いてやったロセウム語の訳本もすでにぼろぼろだ。


「誰がおっさんだ。ちゃんとピンクのドレスを着たレディだろ。あるのはそれ一冊だけだよ」


 やけくそ気味に答える。始終『俺』って言っている上、うっかり足開いて椅子に座っているのを見られてからは口の悪いガ……子供達の間で俺のあだ名は『おっさん』になってしまったのだ。


「じゃあ続き描いて!」

「描けるか! 俺は絵が描けんし、俺が続きを勝手に作るなんて作品と作者に対する冒涜だ」


「えー、でもこの黒く描かれているの血なんでしょ?気持ち悪い」


 少年漫画は女子には不評なようだ。ミサンガを作りながら、文句を言う。

 

「何を言う。努力と、仲間との絆、大切な人を守ろうとする心……人生に必要なものが全部詰まったバイブルだぞ!」


 本当に、革命軍のバイブルになるなんて、その時の馬鹿な俺には想像もできなかった。

 

 子供達―特に女子は俺にミサンガ(弟がサッカーの試合に出るときに覚えたやつ)の作り方を教わりながらも、貴族社会という別世界の話を興味深げに聞いている。


 王様が辺境の視察に恋人何人もぞろぞろ連れて行ったとか、そんな話だ。

 できれば、子供に聞かせられるもう少しまともな話題を提供して欲しいが、王族周りがそんな話題ばっかじゃ仕方ない。


「ほら、男子さっさと手を動かしなさいよ」

「えー、これ読んでから」


「アニスねえちゃん。これきれい?」

「うん。きれいだね。裁判になっても勝てるように一つ買おうかな」


 切れたら願いが叶うと話をしたら女子たちはやる気を出して俺が教えた模様以外にも模様を数種類作って、『願いの叶うミサンガ』と銘打って食堂のカウンターで売りに出した。

 

 アニスが、髪飾りや腕輪に使って宣伝してくれたおかげで、一時期はブームになった。

 その時は革命軍のシンボルになるとか思ってなかったが……。



 ちなみにアニスに難癖つけた料理長は喧嘩相手が北と南の守りを任されている侯爵の娘だということをわかった途端「まあ、アイディアがかぶることもあるだろう」と訴状を取り下げた。


 数年後……料理長は王に毒を盛った疑いで処刑されるのだが、俺はなんの感慨も浮かばなかった。


 俺は、会ったことのない彼の死を笑う余裕も、悲しむ心もなかったのだから。



 数年後


「まさか、ベリー伯爵夫人に呼ばれるとはな」


 学校普及活動を支持してくれるパトロンが増えたことは良いが、町の気配が怪しい。


「新しい恋人に『侯爵夫人』の位を与えてから、すっかり離れてしまいましたわ。もう、置いていても邪魔ですので、いくつか引き取っていただけないでしょうか」


 王に取り入ろうとした人々からの贈り物で飾られた統一感のない部屋。


 そこで紅茶を飲んでいたら、男の子が、客間に入ってきた。


「アンリ」

「息子さんですか」

「ええ」


 アンリ・ベリー。次期ベリー伯爵か。


「ご結婚は?」


 人の婚約者横取りしといて聞くか? と思いながら、にっこり微笑んで、


「まあ、ぼちぼち」


 届け出は出しているが、俺の知らない血気盛んな活動家が『オトコメシ』に出入りすることが増えたので、身の安全のためにさっさと結婚したというのが実情だ。


 いくら、市民派の初期メンバーと言っても、分派を始めている今では知らない活動家から見れば、貴族の女であることは変わらない。


 基本、男装で通しているが、王都での女性のズボン着用が禁止されている中、こんな格好していれば、「庶民には規制しておいて、また貴族だけが法律を破り放題なんだな」という反発が生まれる。


 俺自身は立派な政治思想や主義などはなく、指導者って、そんなつもりはまったくなかった。


 ただ、漫画も読めないのは面白くないだろうってことで勉強を教えただけだし、雑談で日本、アメリカ、中国などの政治体制を教えただけだ。


 後は『努力・友情・絆・大切な人を守ろうとする強い心』とか、俺が持ち込んだ漫画を翻訳しながら、子供達に熱く語ったら、なぜかこうなってしまっただけだ。


 俺自身は強いて言えば市民穏健派だ。でも食糧がなければ、加速し始めた事態はもはやどうしようもないのもわかっている。


「王都に不穏な動きがあります。ルートをいくつか記していますので、もしもの時にはご活用ください」


 王都の不穏な動きの元凶が俺なのだが。


 鑑定士が次々査定し、次々部屋から 半分は俺達への寄付で、半分はマリアンヌに渡した。




 今日もギロチンが落とされる。


「俺達、なんでこんなところに来てしまったのだろうな」


 広場にはいやな臭いが充満しているだろうが、毎日のことなので大して気にはならない。


 最初はこども食堂みたいなのを作ったつもりだった。


 この国は海に面しているのにいくらやらたらこやらがほとんどタダだったから、俺でもそれなりの味になるたらこスパ・オムライス・ドリアなどを振舞って、他の時間は勉強を教えるだけだった。


 日本の選挙についてぽろっと言った時からだったろうか。請われるまま各国の政治について覚えている限りのことを教えた。


 社会科全般あまり成績が良くなかったから、勘違いと主観と想像の入り混じった説明になっていただろうし、途中面倒になって「衆院と参院の差なんて知るか。自分で考えろ」って丸投げしたら、いつの間にかこうなってしまった。


 俺が語っていた「努力・友情・絆・大切なものを守る強い心」はなぜか革命の原動力となってしまった。


「直接は剣をとっていなくても、手は汚れている」


「レペンスへの難民に工作員を紛れ込ませて、亡命貴族をかくまっているレペンス貴族または王族を傷つけ、怒りをあおって、戦争を吹っかけさせるって案まで出てますよ。」


 ヘルの報告に苛立ちが募る。

 いち早く逃げた貴族は向こうでも変わらぬ優雅な生活を送っている……実際は制限はあるだろうが、今ここにいる国民よりも良い生活を送っているのはほぼ確実だろう。だからって……


「確かに何百年も戦争をやったことがない国に俺達が負けるわけがないだろうが、難民を引き受けてくれている国に攻撃してどうするんだよ!」


 レペンス王国は山脈の狭間にある小国だったが、ゆるやかな同盟のおかげで他国に侵略することも侵略されることもほぼなく、数百年平和を保ってきた。

 問題はあちらが八百万の神を信じていて、こちらは一神教ってことだ。


「主戦派は国民……ひいては労働力を奪っていくという主張でして、他にもいろいろ理屈をこねています。改宗が条件の邪教国家だと言って、教会も主戦派に裏から資金を流しています」


「宗教が首突っ込むなよ! ただでさえややこしいのに余計ややこしくしてどうするんだ」


 もう何回目になるかわからない突っ込みを入れる。 


 宗教は世界平和を祈るのがお仕事だろう。なんで戦争を煽っているんだ。


「一度レペンス国へ逃げた者が新しい宗教や考え方を持って帰ってこられると、信者がごっそり削られる可能性があると恐れているようです」


「あの国は自国民にも属国民にも宗教の自由は保障されている。が、あそこでは我々の神は絶対的な神ではなく、たくさんいる神の一人だ。その考えが輸入されたら、教会の威厳は損なわれるってか?」


 もともと日本で育った俺は、そんなつまんないことで戦争をする意味がわからない。


「過激派は悪い貴族を根絶やしにするまで終わらないと息巻いていますし」


 面倒な政治を担ってくれる人をすっからかんにしてどうするのだろうか。

 ただの一人ひとりがこの国の未来を本当に決められるのだろうか。


「で、俺を頭に据えるってか? 俺はそんな責任背負い込めない」

 

 俺は、この国を内乱に追い込んだ一番悪い貴族だ。

 

 「悪役令嬢とはよく言ったものだ」


 当時は意味なんてわからなかった。


 父は王族と共に捕らえられ、アニスは領地に引っ込んでいたのに王都に取り残された友人を助けようと王都に舞い戻り捕まってしまった。


 「貴族の動向を探る協力者といえば助けられる」と彼女を助けたくて、『取引』を持ちかけた。 実際、彼女がこぼした愚痴は貴重な情報であったし、革命の原動力になっていた。

 結局、アニスは「私は父母を裏切らない」と言って頷かず、静かに断頭台に立った。友人と共に。


 対照的だったのは昨日死んだマツリカ……マリアンヌ・ベリーだ。


 みっともなく命乞いしてくれたおかげで、国民は目が覚めた。

 あれほど熱狂的に革命軍を支持していた人たちの熱を根こそぎ奪っていった。


「これはいい風向きとみていいのか」


 俺の中にもあの女の悲痛な叫びは今も響いている。


「レペンスはここの喧騒などまったく関係ないというふうに静観を決め込んでいます。

 食糧支援をやっても、自分の国を襲うための武器にせっせと変えられちゃ、冷たい態度にもなるでしょう」


 自分達よりもうんと豊かなのに助けてくれない。裏事情を知らない国民は腹が立つのだろう。


「期限まで、あと五年か」


 再会した弟は五年後に起こる疫病を予言した。 それまでに国を立て直さなければならない。

 一応、薬になる植物は教えてもらっているが、世界的流行だそうで、その後二、三年はどこの国も自国の建て直しに必死になる。他国を助けている暇などない。


「あと、五年。 あの子は一番安全なところにいる。すべてが終わったら迎えに行けばいい」

「ああ」


 俺が死ぬ思いで生んだ子は、薬を最初に作るウエストレペンスに逃がした。

 白い髪を栗色に染め、名をカーヤ・ソーテと変えたアナベルと共に。

 亡命貴族が多く逃げている地ではあるが、彼女達は難民街に紛れ込むことになるから、会うこともないだろう。



 まさか、カーヤ・ソーテがウエストレペンス伯一家に毒を盛り、殺されるとは夢にも思わなかったが。




きのこケチャップ……マッシュルームで作ったケチャップです。色は黒っぽい。


一応、その後がざっくり決まっている人たちは……


カーヤ・ソーテ(アナベル)……ハイドランジアの娘と共にウエストレペンスで暮らすが、レペンス王太子に『サンダーソニアの娘の居場所を亡命貴族に漏らされたくなければ』と脅され、伯爵家にハーブを盛った。(『楽勝で攻略できると信じていました』の「疑いのハーブ」より)


サンダーソニア……子供の秘密基地ごっこだと放っておいたら、大変なことに。革命の勢いを内部から抑えることに奔走するが、この半年後に病死(実際は暗殺)。以降、急進派はばらばらになり、力を失っていったところで、流行病が発生。


ヘル……サンダーソニアの死後、予定されたパンデミックに向けて国内の安定を図るが間に合わず。パンデミック後、アンリとハイドランジアの娘を国に連れ戻す。


アンリ・ベリー……亡命後、ウエストレペンスで教師として働く。流行病にはかからなかった。(『楽勝で攻略できると信じていました』の「首飾りをめぐる物語」より)


ハイドランジア娘……アンリの生徒。流行病から無事生き残る。



『平和』を知っていても、平和を作り出し、維持するどころか、意図せず異世界知識で内乱誘発してしまってます。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ