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7-2 王子 にゅうめん ヒロイン

 やっと昼休みになった。執事が付いているとはいえ、だだっ広い学校で迷子になるのは避けたい。昼休みになって、心の余裕ができたので、玄関にある見取り図をざっと確認する。音楽教室、家庭教室、美術室。大体同じなんだな。変わったところではマナー室なんてものもある。そんな中で自然に目が留まったのが更衣室。


 行っていいんだよな? 夢が醒める前にぜひ行ってみたいものだ。


「どこ見ているんですか? さっさと食堂に行きましょう」


 俺は執事に引きずられて、食堂に連れて行かれていた。



「カツどん。味噌汁。寿司。卵 飯、メシ!めし!」

「何唸っているんですか」


 隣で、執事が食事を摂りながら、たずねる。


「だってよぉ。米ないとかありえないだろ? ついでに味噌もないし。俺日本に帰ったらにゅうめん食べるんだ」


 たまの旅行の後にはにゅうめんを食べるのが我が家の定番だった。どんなに疲れていてもそうめんはするすると腹に収まり、温かな吸い物の塩味が疲れを取ってくれる。 といっても旅行なんてそんなに行ったことはないのだが。


「どこに帰ると言うのですか?昨日から説明しても真剣に聞いてくださらないですし」


「この際パエリヤでもチャーハンでも、ドリアでもいいから、米……」


 ミルク粥。ただ米にしては微妙に赤いし味もまず……まったく口に合わなかった。


 なんで粥に牛乳入れるんだよ! そこは梅干と塩だろう!


 牛乳もご飯も単品では大好きだが、そもそも学校給食で米飯に牛乳が出ることさえ嫌だったのに、米っぽいものを牛乳で煮るなんて最悪だ!


「おまけに食べにくい。箸がないなんて」


 サラダをちみちみフォークでぶっ刺す。


 フォークとナイフの使い方なんて知らないが、身体は覚えているようで、勝手に手が動く。

 が、ふとしたときに使い方に迷い手が止まっていらっとなる。


「そういうものはこの国にありません。 棒で食べるなんてお行儀が悪いですよ」


 こいつ日本の伝統を全面否定しやがった。


 おまけに食べた気がしないのに少量で腹が膨れる。これだけ華奢な身体だと胃も小さいのだろう。


 もっとがっつり食べたいのに!


「三日も寝ていたのです。無理しないでください」


 全部は無理のようだから、食べやすそうなものを食べる。 


 いつもなら、デザートは食事とは分けて食べるのだが……


「ゼリーは食べられるな」


 花が入ったゼリーはとても美しいが、もっとごろっと果物が入っているほうがいい。


「追加でもらってきます」


「いい。まだ他、食べ切れてないし」


 いつもの感覚で一番ボリュームありそうな定食を頼んだのがまずかった。


 とりあえず、この目の前のセットを食べきったら頼もう。時間内には無理そうだが。


「仕方がないですね。食べきれないものはこちらに」


 執事が自分の皿を差し出してきたのでこっそり新しいスプーンに持ち替えて、粥の口をつけていない部分を掬って移していたら、物が倒れる音と大きな声が響いた。にぎやかなおしゃべりでざわめいていた食堂が一瞬で静まり返った。


「あなたのせいでハイドランジア様は大怪我を負われたのよ」


 気の強そうな美少女軍団が少女一人を取り囲んでいる。


 黒髪ストレートロングという俺好みどんぴしゃの女の子だ。


 少女は突き飛ばされたのか、床に手を付いている。


「ハイドランジアって俺のことだよな」


「何度もそう言っているでしょう」


 非常にむかつく。


「ハイドランジア様?」

「あいつらは?」


 一人は確か、休み時間に声をかけてきたやつだ。


「ハイドランジア様のご友人の方々です」


 俺は立ち上がると大またでそいつらのところに割って入った。


「俺の名を使って、勝手に因縁つけるなよ。それも集団で。不快だ。二度とやるな!」


 少女たちは、怒鳴られたのがよっぽど怖かったのか、身を寄せ合って瞳をうるませた。


「ひどい」「私たちはただハイドランジア様を心配して」


 やばい。女を泣かせちまった。


「君達を心配させてしまったのは悪かった。でも女子一人を集団で攻撃するようなことはやめろ。必要なら自分で話をつける」


 胸のむかむかが収まらないが、これ以上言ったらぼろが出かねない。

 弟を叱るような口調はまずかったかもしれない。彼女達はおびえたままだ。もうちょっとソフトに言わないといけないのか?

 

 突き飛ばされた女の子に手を差し出す。


「すまない。そのときのこと良く覚えていないけれど、俺が勝手に足を滑らしたんだ。君を巻き込まなくて良かった」 


 言い訳がましく聞こえるが、下手なことを言ってぼろを出すわけにも行かない。


 青ざめた女の子は、呆然としていたが、黒髪の下から一瞬反抗的な目を向けた後、俺の手をとることなく立ち上がった。


「い、いえ。」


 ぱちぱちと拍手が聞こえた。そちらにを向けると、金髪・碧眼の整いすぎた男が立っていた。


「おもしろいね。手のひらを返して助けるとは。どんな作戦? それとも本当に婚約破棄されそうになって焦っているのか?」


「知るか。ただ集団でああいうことをしているやつらを見るのは不快だ」


「それを君がいうのか?」


「お前は?」

「程よく失点を重ねてくれるのはありがたいけれど、僕の宝物を傷つけるのは許さないよ」


 名前を聞いたつもりだったが、別の答えが返ってきた。


 つまりは王太子は『僕の宝物』とやらが因縁つけられる現場を目撃しても、見て見ぬふりをしたのか。


「あんたが王太子様か」


「何を言っているのかな?」


 優しい笑顔がなんとなく胡散臭い。が、重要なことを思い出した。だらだら食べていたせいで、あと15分ぐらいしか昼休みがない。


「やべ、スープが冷めちまう」


 不思議がる王子を尻目に俺は席に戻って食事の続きを始めた。


 食堂のみなの視線が俺に集中していて、ただでさえ食べにくいのに王子が俺の隣に座った。



 王子に食べるのを隣でじっと見つめられた。おかげであのあとスープしか喉を通らなかった。

 その後は「ちょっと話がある」とか王子に言われた。

 仕方なく、俺はちょっと残してしまった飯を名残惜しく思いながら、返却口に返した。


「俺は授業はまじめに出る派なんだ。さっさと離せよ、不良王子。話なら放課後でいいだろう」


「随分、言葉遣いが荒いね。僕への反発かな。どんなに君が愛していても、僕は君の愛なんて受け取らないし、返さない」


「はあ? 愛? お前みたいな残念男こっちから願い下げだ。ほんとにあの女が好きなら、ちゃんと守れ」


 俺の彼女があんな目に逢っていたら、いじめているやつが女でも、一発殴ってやる(極力手加減はするだろうが。ついでに彼女がいたことなんてないが)。


「君が言うのか?」


 王子様のおきれいな顔がわずかに険しくなる。


「さあな。少なくとも今の俺はあんたに冷めた」


 執事は俺の暴言を面白がって見守っていた。


 が、俺が王子の背後に現れた短剣を持った男に気づくと、執事もそちらを見て顔をこわばらせた。


 って、王子を狙ってる!?


「王子!!」 


 王子を押しのけるように王子と男の間に割り込み、男の弱点を狙って蹴りを放ったが、届かない。

 当たったとしても、この華奢な骨のほうがぽっきり折れそうだ。


 圧倒的に不利と判断した俺は王子の腕を掴んで走った。

 執事も青ざめた表情で付いてくる。


「執事って、フォークやナイフをぐっさぐっさ飛ばして敵を撃退するんじゃなかったのかよ!?」


「どこの世界の執事ですか!?」


 一応、殿(しんがり)を勤めてくれているのか、ただ足が遅いだけなのか、執事は俺らからだんだん引き離されてしまう。もう少しだ。


 俺は目的地にたどり着くと立ち止まって振り返った。


「お、おい!」


「きゃー。更衣室付近に不審者が!」


 俺は甲高い声で叫んだ。

 嘘は言っていない。嘘は。実際は更衣室付近におびき寄せただけだ。


「あ゛あ゛?」


 上の階の女子生徒が低い声を上げて窓から顔を出した。


「さっき更衣室から出てきたみたいですわ」


 甲高い声で叫び、襲撃者を指差す。ちょっとした誇張を含めたかもしれない。


 目の据わったご令嬢たちが「女の敵」に椅子を投下し始めた。


「王子伏せて」


 俺は、王子が茂みに蹴飛ばした。


 決して、王子の態度が気に入らなかったわけではない。

 王子が女子に見つかって、「痴漢」のレッテルが貼られるのを防ぐためだ。たぶん。


 下の階の子は悲鳴あげて、不審者が校内に入ってこないよう窓を閉めたり先生を呼んだり。 


 結局王子様を狙った不審者は椅子の直撃を受けた上、王城からの応援と学校常駐の騎士によってお縄となった。


 ほっと気が抜けた瞬間。



 発砲音が響く。


「ハイドランジア様!」


 当たったと認識する間もなく、俺は地面に倒れた。


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