7-1 転生令嬢とこんにゃくと白ふわ
今回の悪役令嬢は転生している上に、男です。苦手な方は回避願います。
「お目覚めですか? ハイドランジア様」
「は?はいど」
寝ぼけまなこで、声のほうを向けば白ふわのメイドがいた。
「お加減は? 痛いところは?」
「な……い」
寝かされていたのは薄いカーテンがついたお姫様ベッドだった。
思わず鳥肌が立ってしまった。
身体をこぼれた髪は長くて紫、そして 立派な二つの膨らみが―
「ぎぁー」
◇
「つまり俺はハイドなんとかっていう女なんだな?」
「ハイドランジア様が『俺』?」
白ふわ美少女が目をまん丸にし、
「ハイドランジア・デルフォニューム・サンダーソニア様ですよ」
俺の目覚めを聞きつけて部屋に入ってきた黒服の男がナメクジをみるような目で告げた。
「ながっ!」
一発では覚えられなさそうだ。ウノ・ナオキのほうが、すっきりしていていいぞ~。
だいたい俺の夢なら、デルなんとかやら、サンダーなんとかってどっから出てきてるんだよ。
ゲームの呪文かなんかか?
「マツリカが色目を使ったのが悪いんです。あなた様は正当な権利を主張しただけです。なのに王太子様は一度も見舞いには訪れず……どれだけ」
「おーたいし?」
白ふわの言葉をぶった切って聞いた。
「このままでは本当に婚約破棄されてしまいますよ」
「こんにゃくはいき? 食べ物を無駄にしたらだめだろう。おでん作ろうか?」
いくら嫌いでも、使いきらないと食材がかわいそうである。
料理は得意ではないが、具材を切って入れるだけなら一応作れる。
状況説明の途中でおばさんが入ってきた。
◇
「あの階段が滑りやすかったのが悪いのです」
おい、おばさん勝手に抱きつくなよ。
まだ、頭がぼんやりしているのに香水のにおいが……うぷっ。
なんでも、ハイドなんとかは『マツリカ』という女子生徒を蹴り落とそうとして失敗し、自分が階段から転げ落ちる羽目になったそうだ。自業自得だ。
いいとこのお嬢様みたいだから権力の力でもみ消せると思ったのだろうか。
なんで、足がつくことするのかわからん。下手したら殺人だ。
「大丈夫? 痛いところない?」
おばさんが甘ったるい声で確認する。香水のにおいにすっかりやられた俺は口をしっかり閉じながら、何度も頷いた。
◇
一通り、俺の無事を確認した『母』と思われる女性は部屋を出て行ってしまった。
この時点で一言でも言葉を交わしていたら『母』は異常に気づいていたかもしれない。
それにしても暑い。
「おでんはさすがにないな」
季節は夏のようだ。冷房器具はなく、風はさほど入ってこない。
ベッドの近くのテーブルには白のレースの扇があった。
「うっとうしい」
うなじの後ろから髪を掬い上げ、扇で扇ぐ。
白ふわが目をまん丸にしてこちらを見ていた。
「はさみ」
「ま、まさか今までの行いを悔い自ら命を絶つおつもりですか?」
執事はハンカチで目頭を押さえる。
って、言いながらめっちゃ切れ味のよさげなはさみを出してるやん。
「私用事を思い出しましたので、席をはずさせていただきます」
おい、自殺を心配しているのに部屋を出て行くのかよ。
「ま、いいか。君も休憩をとったら? ずっと看病してくれていたんだろう?」
白ふわメイドに声をかけると、白ふわメイドは眉をひそめた。
「死にませんよね?」
「心配しなくても、君に迷惑かけることはしないし、じっと見られていたんじゃ眠れない」
白ふわメイドが出て行った直後に俺が死にでもしたら、白ふわは責任を取らされるだろう。
出て行く背を見送って、角を曲がるのを扉の隙間から確認して、きっちり10秒数えたところで扉を閉めた。
次いで、部屋にある姿見の前に立つ。どう見ても髪は紫色だ。
うなじの後ろに両手をいれて髪をすくいあげ、ばさりと落とす。
「夢か?」
昨夜は普通に寝たはずである。この際、そんなことよりも暑さをどうにかすることが先決だ。
汗をかいていたせいか蒸れてじとじとしてひたすら気持ち悪い。
俺は、自分の長ったらしい髪をざくざく切った。
髪を掴んで切ったとはいえ、いくつかはぱらぱらと柔らかな絨毯の上に落ちてしまった。
「新聞紙敷けばよかった」
そもそもこの夢の中にあるとは限らないが。ここはめちゃくちゃ広い洋館の一室で、蛍光灯やスイッチの類はない。窓の外は、だだっ広い庭で、バラがたくさん生えた乙女チックな空間になっている。
他にもいろいろ植わっているが、あまり花に興味はないので名前まではわからない。
頭がまだぼんやりしているのは事実だったので、切った髪を化粧台にまとめたら、(寝るには抵抗があるが)お姫様ベッドで寝る。寝たら戻っているかもしれない。
結局、俺は日本に戻ることなく、夕方頃、しろふわの女の子が悲鳴で起こされた。
◇
悲鳴を上げた白ふわ髪の女の子アナベルによってぎざぎざのおかっぱではなく軽く涼しげなゆるふわ髪に変身した俺は自分かと疑うくらいに可愛らしかった。
見ている分には長い髪の女性が好みだったが、自分がするならだんぜんショートだ。
「悲しかったのはわかりますが、次に髪を切るときには切る前に必ずお声がけくださいませ。必ずですよ?」
髪を整えながらアナベルが言った。鏡に映ったすごい怖い笑顔に俺はこくこく頷くのであった。
◇
月曜の朝。俺は執事に『ロセウム王立学園』に連れてこられた。
適度な重厚感が漂う門構え。学費が高そうな学校だ。
この国も一週間は七日だそうで、事件は火曜日に起き、水・木・金は目覚めず、土曜日にやっとこさ目覚めて、日曜日はゆっくり身体を休めつつ、執事やアナベルを質問攻めにしていた。
ほぼ一週間休んだことになる。授業についていけるか不安だが、ずっと休んでいるわけにはいかない。
教室の外に声が漏れるほどざわざわしていたのに、俺が教室に入った途端、シーンと静まり返った。
「お、おはようございます」
女子生徒が声を上げた。
「お、おう」
高校生になってからは女子にほとんど声をかけられたことはない。まったく知らない女子にどう返していいかわからないが無言はまずい。
どもりながらも一応返事をしたがその女子はびしりと固まった。
「『ごきげんよう』です。ハイドランジア様」
執事が冷たい声で訂正をした。
◇
幸い、授業は問題なくできた。一限目の歴史のテストには一瞬あせったが、知識はないのに問題だけは気持ち悪いくらい解けた。手が勝手に解答欄を埋めていった感じだ。
現実のテストもこんな風に何も考えずともさらさら書けたらいいのに。
そんなこんなで休み時間。
失恋のショックで髪を切ったとか思われているらしく、女子たちが俺を遠巻きにちらちら見ながらひそひそ声で話している。
王太子が一度も見舞いに来なかったとか、そんなような内容だ。
なんとはなしにそちらに目を向ければ、さっと目をそらされる。
なんで俺がこんな針のむしろみたいな扱いを受けなければならないんだ?
(もう、これは昼休みまで寝たフリしとこう)
腕を枕に顔を伏せ、腕の隙間からクラス内を様子を伺う。
女子生徒は美女ぞろい(で、なぜかほとんどが縦ロール)なのに、男子は数人飛びぬけた美形がいるだけで、他はザ・モブといった感じだ。
と、思ったら女の子が近づいて来た。
「本当にひどいですわね」
次はなんじゃいな。腕は机につけたまま顔だけ上げた。
「何が?」
「マツリカなんて地味で地位の低い娘をなぜ気にかけてらっしゃるのかしら」
「人間性?」
いや、どんな人かわからないけれど、少なくとも階段の上から人を蹴飛ばそうとする女よりマシじゃなかろうか。
女子生徒は眉をぴくりと動かして、険しい顔でこちらを見た。
「のんびり構えてたら本当に盗られてしまいますわよ」
でも、事情もわからないしな。
王子が勝手に勘違いしているのか、そのマツリカって女子生徒が言い寄っているのか、はたまた本当に好き同士なのか。それとも、学園卒業までの”遊び”と割り切っているのか。
「まだ、本調子じゃないからごめん」
俺がそう言うと彼女はちょっと心配そうな顔をした後、身体を翻して、別の女子の輪に行った。
(そのまま、婚約破棄とやらができれば、俺的にはばんばんざいなんだが)
そのうち目覚めるだろうとのんびり構えていたが、三日も夢の中はさすがにおかしい。
夢にしては妙なところにこだわりがあるし。昨夜なんぞは指の毛をレディのたしなみとかで引っこ抜かれた。二、三本短いのが生えているだけなのに。最悪だ。
「なあ、今の子は?」
後ろに控えている執事に尋ねた。
流行なのだろうか、縦ロール&山盛り髪だらけで見分けがつかない。 彼女達は何時に起きてあの髪をセットしているのだろうか?
「アニス様です」
「王子とマツリカってどれ? 」
一応、最低限の人物関係は把握しておきたい。
「二人ともAクラスにいますね。ちなみにこちらはBクラスです。サンダーソニア陣営がほとんどです」
サンダーソニアって確か俺の姓か。
「Aクラスには他陣営のきれいどころが集められています」
「ふ~~ん?」
「実際のところはサンダーソニア派に気兼ねせず”恋人”を選ぶ場所ですね」
王子、お国がハーレムを用意してくれるのか。うらやましいやつめ。
ここ以上の美女が集められているAクラスがかなり気になる。
よし、落ち着いたら覗きに行こう。
今回の令嬢。
ハイドランジア・デルフォニューム・サンダーソニア……中の人は男子高校生。現在まだ夢だと思っている模様。
主人公の名前は花から。
ハイドランジア……紫陽花。 デルフォニューム……蘭の一種。 サンダーソニア……ゆりの親戚?
アナベル……白のアジサイの一品種。
執事の名前……ヘル(仮)
ロセウム……えー。別作品でちょろっと登場済みです。




