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1-1 ゴスロリ少女とメロンクリームソーダと真珠のボタン

※一応、飲食店を舞台にしていますが、飯テロはほぼございません。

 クリームソーダ大好きなトビトカゲと、ウエイトレスと悪役令嬢たち(と店主)のお話。



 ある日の午後の『喫茶 桜川』。



 ゴスロリ少女の膝でトビトカゲがすやすやと寝ている。


 ゴスロリ少女がそれをなでながら、今流行の少女小説をもくもくと読み、時折、紅茶を口に含む。


 喫茶店の本棚には少年漫画に混じって、ピンクの可愛らしい表紙の少女小説が並ぶ。


 店主は皿を拭いていて、金髪碧眼のウエイトレスは空いたテーブルを拭いた後は遅めの昼ごはん(ラーメン)を隅の席で手早く済ませていた。


 ゴスロリ少女の他には客がなく、コーヒーサイフォンのこぽこぽという音と柱時計の音が静かに時を刻んでいたが……


「そうか! 手に職を持てばいいのか!」


 客のゴスロリ少女が、急に立ち上がって叫んだ。


 さっきまで少女の膝にのっていたトビトカゲが少女の叫び声でぱちりと目を開けて、迷惑そうにソファーの背にすばやく逃げた。


「まずはヒロインへの嫌がらせをやめたらいいと思うんだけれど」


 そう言ったウエイトレスはグラススタンドにセットされたメロンクリームソーダをテーブルに置いて客の正面に座る。


 トビトカゲがソファーの背もたれから滑空して、ウエイトレスの手の中に納まった。

 少女はメロンクリームソーダに不思議そうに目を向けた。


「きれいだな」


 透明なグラスに入れられた鮮やかな緑の液体は宝石のようにきらきら光っていたのだ。


「甘くておいしいですよ。しゅわしゅわして」


「しゅわしゅわ? 私にもそれを」


「はい。かしこまりました」


 試験管立てのようなグラススタンドにはメロンクリームソーダのグラスが置かれている。

 トビトカゲがそろりとクリームソーダに近づいて、スタンドの板の端に前足をかけた。


「勝手に飲んだら駄目よ。どら子ちゃん。前ひっくり返しちゃって怒られたでしょ」


「注文聞こえたから。どら子に食べさせてやってくれ」


 狭く三人と一匹しかいない店内、ウエイトレスがいなくても注文は店主の耳に届く。


 ウエイトレスが両手でしっかりグラススタンドを押さえた。

 『どら子』は固定された足場を使って何とかよじ登ってクリームに突っ込むようにかじりつく。次はストローに口をつけ器用にちゅるちゅると緑の液体を飲み始めた。


 トビトカゲがぷるりと尻尾を震わし顔を上げたのを確認して、ウエイトレスは緑のソーダ水にアイスクリームを一度沈め、たっぷりのソーダに浸されたクリームをスプーンでトカゲが食べやすいサイズにすくった。

 トカゲはアイスクリームにかじりつき、満足そうにぷるぷる尻尾を振るわせた。


「どらちゃん。さくらんぼ食べる?」


 クリームソーダについているさくらんぼをどら子様の目の前で振るがトビトカゲはウエイトレスの予想通りぷいっとそっぽを向いてしまった。

 それを確認したウエイトレスは小さな赤い果実を客の前ではしたなく食べた。

 ウエイトレス自身は故郷の味を思い出すので好きなのだ。


「でも、簡単に手に職を付けられるわけないし、これを丸パ……拝借して、本に」


「それは駄目だと思うんだが」


 メロンクリームソーダを運んできた店主が苦笑いを浮かべ、ついでに、金髪美人のウエイトレスが言葉を継いだ。


「この世界で面白い本でも、あなたの世界の人の感性に合うかは別よ。下手したら政権批判になってしまう可能性もあるわ」


 女に騙されるおばかな王子なんて……彼女(・・)がいた世界ではこんな小説出回った時点で、間違いなく発禁で、書いた人は縛り首になったことだろう。


「あなたが今まで身に着けてきたもので勝負しないと長続きしないんじゃないかしら。識字率によっては、読み書きや計算ができるだけで代筆屋になったり経理の仕事に就けたり」


「あなたは?」

「え?」

「あなたは何ができるの?」

「この世界じゃ、私の身に着けているモノはあまり役に立たなくて、ゼロから身に着けなおしているところ」


 少女の純粋な問いかけにウエイトレスは照れくさそうに笑った。


「仕事中は髪をいじらない。ついでにいうとペットの食べたモンを食べるなよ。……客の目の前で大口あけて」

「どら子ちゃんが口をつけたところは食べてませんー。この上もなく上品に食べてましたー」


 どうやら、肩口で跳ねた髪の毛先を気づかないうちに触っていたようで、ウエイトレスは店主の言葉に決まり悪そうな顔をしたあと、すぐにすねたように反論した。


 ウエイトレスが髪をいじってようが別に気にはならないが、やり取りが面白くて少女はつい、ぷっと笑ってしまった。


 令嬢にあるまじき行為をしてしまった彼女に店主とウエイトレスは微笑み返すと、トビトカゲを連れてカウンターのほうに下がってくれた。


 (もう少しだ。一気に読み終えてしまおう。)


 少女は少女小説を詠み終わる頃にメロンクリームソーダを飲み終わり、その後三十分ほどで少年漫画を一冊ぱらぱらと流し読みしてから立ち上がった。


 ―待て、対価を払っていけ―


 頭の中に声が聞こえた。


―ただ飯を食うつもりか。我でさえ対価を払ったというのに―


「えーっと」


 ゴスロリ令嬢はそのとき初めて目の前のトカゲが強い気配を発していることを感じた。

 ただ身一つで来てしまったのだ。

 それに金を払うどころか今まで金を触ったことさえないのだ。


―何でも良い。


 トカゲは愛らしいくりくりした瞳でドレスについている飾りボタンを見た。


 愛らしさにだまされてはいけない。あれは、本物(・・)だ。逆らえば命はない。


 ゴスロリ少女はきれいな真珠のボタンを一つ置いていった。




 ドラ子……トビトカゲに擬態したドラゴン。好きなものはメロンクリームソーダ&呪物。


 桜川リーフ…ウエイトレス。金髪碧眼の美女。ショートヘア。二十代前半。趣味はドラ子が集めたコレクションを店内に飾ること。


 店主……日本人。空気。 好きなものは少年漫画。


 本日のご令嬢……近世ヨーロッパ風世界(ドラゴン無し・魔法あり)のご令嬢。十代前半~半ば。

次回の『喫茶 桜川』は、『平安風』『ウーロン茶』『壺』でお届けします。

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