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日陰の戦士 ―さらば魔法王国―  作者: おこばち妙見
第五部 第六章 エンパイア・ナイト・フィーバー
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オルスの兄妹

 ネモト艦長とウィンドミルが、そんな二人を笑顔で遠巻きに見守っている。


「ご心配おかけしました」


「艦から報告を受けた時は驚いたぞ。よく生きていたな」


「サラ様のお喜びようと言ったら、なかったですよ」


 彼らはソファに掛けていたが、重厚な大理石のソファテーブルの上には酒とツマミ、タバコと灰皿、漫画雑誌とカストリ雑誌、およびトランプやチェスが散乱していた。


 サラが使っていたであろう別のテーブルには、大量のお菓子とジュース、少女雑誌。

 革張りの椅子にはクッションに使っていたのか、大きな猫のヌイグルミ。


 部屋の片隅には、場違いな木箱が置かれている。

 暖炉の前に目をやると、広がっているのはスゴロクの盤。傍らには皿が置かれ、鉄の串に突き刺さった大きなマシュマロが甘い匂いを放っていた。

 棚に置かれたラジオから流れるのは、軽快なジャズ。



「…………」


 ずいぶんとお楽しみだったらしい。

 色々言いたいことは無いではないが、それよりも、大事な事がある。


「サザーランドの居所がわかりました」


 その一言で緩んだ雰囲気はピタリと消え、張り詰めた空気に一瞬で変わった。


「――帝都のバー『バルサベ』に、今夜零時に現れます。暴走族のボスがマキオンから聞いた、との事です」


 帝都のエリア・マンゴの一角に、そのバーはあるという。

 サラは時計に目をやる。午後九時を少し回った所だった。


「……あんまり、時間がないなー」


 情けない事だが、歩いていくには少し遠い。

 バスや路面電車の乗り方はわからず、タクシーを拾おうにも所持金はゼロだ。


 問題は他にもある。まず、拳銃が没収されている。

 丸腰の平民が一人で魔法使いと戦うのは、無謀と言えた。


 艦長は腕組みすると、眉間に皺を寄せる。


「サザーランドは、火、水、風の属性魔法の使い手だそうだぞ。武器無しで、どうする?」


 魔法使いが先天的に使える属性は、一人一つらしい。

 後天的に他の属性を身に付けるためには、想像を絶する苦労があるという。

 しかし、組み合わせによって魔法のバリエーションが飛躍的に増えるため、高等教育を受ける魔法使いは他の属性を一つ以上身に着けるのが嗜みだという。


 たとえば以前聞いた話だが、水属性のマーガレットでもロウソクに着火する程度の火属性を使えるそうだ。

 なお、イザベラは火属性のみをゴリ押しして主席を取ったらしい。


「…………」


 サザーランドは三つの属性を使うという。

 しかし、エリックは全ての属性を使える。

 サザーランドに勝てないようであれば、エリックを倒すなど夢のまた夢だ。


「どうしたもんかなー。ウィンドミルの魔法はタバコに火をつけるしかできないしー、キャロラインはいないしー」


 サラは眉間にしわを寄せてうなっている。

 さしものサラとて、いきなり言われては妙案が浮かばないと見える。

 ちなみにビンセントは、この時初めてウィンドミルの魔法を知ったが、驚きのしょぼさに驚愕した。

 軍人ではなく文官なので、問題無いと言えば無いが……。


「オルス帝国の協力は得られませんか? 警察とか、軍隊とか」


 ウィンドミルは力なくかぶりを振る。


「サザーランドは、オルス帝国においてはなんら罪を犯してはいないのです。困難かと。それに何より……これは、エイプルの国内問題です。帝国の力を借りてしまえば、見返りに何を要求されるか分かりません。最悪の場合、帝国への併合を要求してくるかも……」


 さすがに、それは受け入れられない。


「…………」


 ビンセントは唇を噛んだ。

 この手だけは使いたくなかったが、やむを得ない。


「サラさん、この人物はご存知ですか?」


 ポケットに入れていた封書を見せる。

 ボスから手紙を預かっていたのだ。


 残った手下に、ビンセントへの協力を命じる内容だという。

 しかし、彼らはまず間違いなく制御不能な危険人物の集まりだ。


「んー、ジュリアス・ブラッドリーかー。わたし、あんまり好きじゃないなー」


「ブラッドリーですって!?」


 ウィンドミルの手からコップが落ちる。

 幸い中身は空であり、毛足の長い絨毯がクッションになって割れることは無かった。


「ウィンドミルさん、知っているのですか?」


「知っているも何も! ブラッドリー侯爵のご子息ですよ! オルス帝国有数の大貴族です! 一体、どこでこれを!?」


「牢屋……留置所です」


 ウィンドミルは頭を抱え、苦悶の声を上げた。


「ああああ……! お父上はあんなにご立派だというのに! なんという……!」


 ビンセントとサラは顔を見合わせる。

 続くウィンドミルの言葉は、おおよそビンセントの予想通りだった。


「――あまりの素行の悪さに帝国魔法学院を放校になり、逃げるようにしてエイプル王立学院に留学し、そこでもまた放校になり、大人しくしていればよいものを、家を追い出されて現在、住所不定無職です」


「でしょうねぇ。お金とか、無くても平気らしいです」


 ビンセントは、当然だがオルス帝国の王侯貴族に興味など無かった。

 エイプルの事しか知らず、侯爵といえばカーターとエリックだ。実際には偉いのだが、とても偉そうには思えない。

 なお、エイプルには伝統的に公爵は居ない。王家がオルス帝国に配慮して設置していないのだ。


「――じゃあ、行ってきます」


 ビンセントは踵を返すが、サラが裾を引っ張った。

 その顔は、まるで捨て猫を拾ってきて、飼いたい、という小学生のそれである。

 だいたい母親が反対するのだ。


「待てよー。おまえまた無茶する気だろー。わたしが付いていってやるー」


「ダメですよ、危険すぎます」


 相手はあの類人猿どもの残党である。


「わたしの国の問題だぞー。それに、ケガを治せるのはわたしだけだもんねー。あの時だって、わたしを連れて行っていればだなー……」


 カークマンは助かった。それを言われると、確かに弱い。

 相手が相手だ。戦いに行くのではないが、荒事は避けられないだろう。


 しかし、お子様を、それも自国の王女を危険に晒すのは憚られた。

 何よりも、平民のいち兵士と王女では命の価値が違い過ぎる。

 それを言えばサラは機嫌を悪くするだろうが、それが現実である。


「殿下のしたいようにさせてやれ。私が命を掛けて守り抜いて見せる。……これで、よろしいですかな? 殿下」


 艦長のがっしりとした手が肩を優しく掴んできた。


 サラは満面の笑みで頷いた。

 

 ◇ ◇ ◇


 移動手段は一つしかない。

 ウィンドミルを連絡役に残し、三人は近くのレストランへ向かう。

 どうやら厳しいドレスコードがあるらしいが、サラの付き添いという事で特別に通された。


「なー? わたしが居ないと、まずここで足止めだろー? なー? なー?」


「……さすがサラさんです」


 サラは、これまでに無い得意顔であった。


「にしし! おまえもよーうやくわたしの偉大さが、わかってきたようだなー」


 テーブルでは、トムソン一家が今まさに食事を終えたところである。

 上機嫌のトムソンとは対照的に、ジョセフはいかにも不機嫌そうな顔をしている。

 直前までは笑顔だったのだ。

 ビンセントの姿を認めた瞬間から、この有り様だ。シャーロットに視線を移す。


「どうしたの? ブルースさん」


 シャーロットの口元には、クリームが少し付いていた。

 ペーパーナプキンを渡すと、彼女は顔を赤らめて口の周りを拭く。


「じつは……」


 事情を説明し、自動車を出せないかと交渉する。

 トムソンは難しい顔で腕組みをした。


「うーん、困ったな。報奨金の上積みは魅力だけど……なぁ」


「お父さん、もうお酒飲んじゃったし……オルス帝国ではね、飲酒運転は終身刑なの。無免許運転は無期懲役よ」


「ええっ!?」


 思わず声を上げてしまう。

 飲酒運転で終身刑とは、あまりにも厳罰が過ぎる。

 なんでも、過去に悲惨な交通事故が多発したことから段階的に厳罰化が進み、ついには行きつく所まで行ってしまったのだという。


 なお、エイプルでは飲酒運転は日常茶飯事と言ってもよい。

 タクシーやトラックの運転手も、酒を飲みながら運転するのが半ば常識である。

 度胸を付けるためだという。

 罰金も軽く、銀貨一枚程度だ。取り締まるべき衛兵も酒を飲みながら取り締まっている。

 

 なお、ネモト艦長にははエイプル王国の免許があるが、オルス帝国で運転するには国際運転免許証への書き換えが必要であり、手続きに一週間掛かるらしい。

 当然、その間は無免許扱いだ。


 艦長が小声で話しかける。


「賄賂の相場って、どのくらいだね?」


「ダメよ!」


 シャーロットはとんでもない、といった様子だ。

 エイプルでは、殺人などを除いて殆どの違法行為が金で揉み消せる。衛兵たちの貴重な収入源であり、司令部も黙認しているのが現状だ。

 もちろん、金の無い者は容赦なく逮捕される。

 労働者階級の平民には、事実上不可能と言っても良い。


「――警察官への贈賄は、禁固五年なの!!」


「そんなにか!?」


 驚く艦長を見て、シャーロットは呆れたように溜息をつく。

 やがて顔はどんどん青ざめ、小刻みに震えだし、俯いて自分の両肩を抱きしめた。

 まるで産まれたての小鹿のような震えっぷりである。


「わわわ私がその……う、運転するしか……!」


「ちょい待てや!」


 ジョセフはツルツルの頭に、何本もの青筋を立ててテーブルを叩いた。

 人間の頭にはこのように血管が走っているのか、と勉強になる。


「――お前らなぁ、なに妹を危険に巻き込もうとしてやがるんだ! お前らエイプル人が情けねぇから、こんな事になってるんだろうがッ!!」


「そりゃ、そうなんだが……」


 ジョセフはものすごい剣幕である。

 しかし、彼の言っていることは全て正しい。反論のしようがなかった。

 確かに、シャーロットに頼むのは気が引ける。

 あれだけ怖い思いをさせてしまったのだ。


 何か他の手を考えるしかないだろう。そう思った時だ。

 ジョセフは片足をドン、と勢いよく椅子に立てると、ビンセントに立てた中指を突き出した。


「……俺が行ってやらあ! シャーロット、ちょっと優しくされたからってポッ、とかキュンッ、とかあり得ねーぞ! もっと男を見る目を磨け! 特に! このビンセントは最悪だぞ!! コイツだけは、この俺が絶対に許さん!」


「そ、そういうのじゃないから! その、私はただ……」


 シャーロットは手を振りながらも少し顔を赤らめた。


 しかし、ジョセフの言う事もわかる。

 なんだかんだ言って、シャーロットのお兄ちゃんで居たいのだ。

 ビンセントは妹のレベッカを思い出した。元気にしているだろうか。 


「ただ、なんだ! チビった時にハンカチ借りたくらいで何言ってやがる!」


「んもおーーーーっ!! お兄ちゃんのバカーッ!!」


 真っ赤な顔で頭を抱えるシャーロットを残し、一行は店を出た。


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