激闘してみました。
「ふっ…ふぇぇっ……、お、遅れてすみません…」
教室の後ろの扉が開いたと思うと、時間がないにも関わらず三つ編みを結っているあかりが入ってきた。
担任の田村は「最近は遅刻しないと思っていたが、珍しいな」と一言。
かさこそと教室の隅を歩いているあかりは、噂され始めている所為か、一斉に注目を集めている。
まぁ、言うまでもないと思うが一応言おう、俺も間違いなく注目を浴びている。
今までの比じゃない。あかりが来てから一段と見てくる人数も増えた。
…今更どうしようもないことだが。
俺の席とは少し離れた位置にある自席に着くと、あかりは一息つき、俺にアイコンタクトをしてきた。
“お、おはようございます、市原君”
少しはにかんだ笑顔を見せながら、そんなことを言ってるんだろうなぁと予想する。
いや、多分的中だろう。
俺は、なんだかプライドも要らないような気がして、少し照れながらも
「おはよ」
持ち前のよく通る声で挨拶した。
我ながらよくやった、俺。
一瞬かなりの驚きを見せたあかりだったが、もう気にすることもないと悟ったのだろう、
「お、おはようございます」
普通に笑顔を添えて、声で返してきたのだった。
この日は(これから何日続くのかは知れないが)、本当に大変だった。
まず一番に、いつも通り連んでいる俺とあかりを盗み見する輩が増えた。
それは時に、怒りと憎しみの色を見せ、時には柔らかな微笑を浮かべて見せた。
あとは、なにやら俺たちの会話を聞こうと、盗聴器やら隠しカメラやらを持ち込む奴も出てきた。
なんとまぁ、悪趣味な。
家で見ようにも聴こうにも、大した面白味も無いだろうに。
そして、文音たちだ。
文音たちは、最近になって益々ねちっこい嫌がらせをしているらしく、
あかりは何の抵抗もしないが、それなりに気分は害しているだろう。
それとなく落ち込み気味なのはその所為だろうか。
「文音たちに何かされてんのか、お前」
「ふぇ?」
放課後、清掃中のこと。
あたかも何事もないかのように振る舞おうとするあかりだが、気持ちが垂れ流し。
バレバレなのである。
「はは、嘘くせえー」
「な、何がですかっ」
苦笑いしながらそっぽを向いて、柔らかそうなそいつの髪をクシャクシャにしてみる。
なんだ、見たまんま柔らかい髪だった。
「ちょっと、折角まとめて来てるんですけど」
「はは」
くしゃくしゃくしゃくしゃくしゃ
そんな効果音が聞こえてきそうである、俺はふざけまくってやった。
あかりの三つ編みが完璧なまでに崩れた頃、階段の下の方にいた俺たちのもとへ、文音たち一行が現れた。
なんだか、バトルBGMが流れそうな感じの雰囲気である。
まさに、ポケモンの。
“ミニスカートの文音が勝負を仕掛けてきた!”
“ミニスカートの文音の特性の『香水』で、相手のソラたちの攻撃力がぐ〜んと下がった!
防御力がぐ〜んと下がった!
素早さはぐ〜んと上がった!”
その場から逃げ出したいからだというのは言うまでもないことだろう。
“文音は、特性の『フェロモン』を醸し出した!”
“しかし、相手のソラたちには効かなかった!”
うん、当たり前だけど。
色香なんて俺に効かないし、あかりは女な訳だし。
なんだか面倒臭いので、この際このままポケモン的な実況をすることにしよう。
“文音は、『暴言』を繰り出した!「ちょっと、そこのハチ公!ツラ貸しな!」”
“アカリの『変な反抗』!「そんな変な名前、イヤです!」”
“文音の『挑発』!「ふんっ、ソラがいなきゃ駄目だって?」”
“アカリは、『負けん気』を繰り出した!「市原君は関係なく、行く気はありませんから!」”
“文音の『暴言』!「調子乗ってるね。単刀直入に言うけど、ソラはあんたのモノじゃないから!」”
“アカリは、『挑発』した!「いきなり何を言い出すかと思ったら。女性はもっと温厚にしたらどうですか?”
“文音の『憤慨』!文音は手がつけられない状態になった!”
“文音は、『闘魂パンチ』を繰り出した!「このっ…!」”
文音の技が4つを越えてしまったので、ナレーションは元の、俺の心の語りへと戻そう。
文音から発せられたそのパンチだが、あかりに当たることはなく、俺の掌で難なく受け止められてしまった。
文音は頭に血が昇ったまま叫ぶ。
「ソラ!あんたどうしちゃったの!?
何でこんな、変な女なんかと連んじゃってるの!?
あたしだと何が不満だって言うのよ、こんな意味深女、捨てちゃいなさいよ!」
ぱんっ
リアルにそんな音を立てて、そのまま文音は崩れ落ちた。
近くでその様子を見ていた柚木や早紀乃は、ひっ、と息を呑んだ。
「いっ………。
な………、何すんだよ、ソラ!痛いじゃん!」
俺が、この手で俺が文音を引っ叩いたのだ。
それでも俺は大した罪悪感は芽生えない。
むしろ、叩いてやった相手・文音の罪だと感じていた。
「何とか言いなよ、そ」「黙れ文音」
その台詞がいつもの俺と違ったのは自分でも分かった。
文音は俺以上に驚き、怯えたらしい。
少し後退していっている。
「逃げようなんて構わないけどな。謝れなんてキザなことも言わねえけど。
ただ……俺、今さ、お前のことがっすっげーむかつくんだよね。
っていうか、虫唾が走るってこういうことなのか、みたいな。
だからさ要するに。
文音には、こいつにそんなこと言える権限ないと思ったんだよね。
捨てちゃいなって……しかも俺までモノ扱いか。
散々だなオイ」
自分でも何が言いたいのか未だに分からない。
自分がダサく思えてきて悲しくなる。
ただ、目の前にいる文音は様子が変わってきていて。
悔しさだか悲しさだか、はたまた寂しさだか分からない涙を流している。
震えているのが手にとるように分かる。
いや、あくまでも“ように”であって。
実際に手にとって分かったらすごいけど。
いや、説明する必要ないか。
いや、ただの文章稼ぎですすみません。
なんか「いや」多いな俺。
……てな感じで、涙を流す女に弱い俺は、表情に出すのをこらえながらも心の底では動揺しまくっていた。
なんか、なんだかな。この空気。
コメント・アドバイス欲しいです(笑)