ツンレデラへの道3
その日の俺は、具合が悪くなったので医務室で寝ていた。
具合が悪かったというより、気分が悪かった。
もっと言えば、だるかった、面倒くさかった。
……つまりサボりだった。
そんなサボりの俺に職員が言う。
「今授業ついていけるからって調子のるなよ。
そのうち困ったことになっても知らないからな?
本気出し始めるなら今のうちだぞ」
「うるせーよ、ほっとけ」
不機嫌そうに返事をしてそのまま寝返りをうつ。
そいつは俺のことをまぁまぁ理解している担任・田村だったので、大人しく引き下がってくれた。
田村が出て行ったのを確認して安心すると、俺はほっと一息ついた。
医務室には俺一人。養護担当は今日、出張の日だ。
俺は『今日は一日中サボれるな』なんて考えながら深く眠りに落ちてゆく。
夢の中では、何かと幸せなことばかり起きていた。
親父はいつものように口にする教訓を全く言わないし、母親はやたらと構うこともない。
学校に行くと何故か職員がいない。
生徒は好き勝手やっているけれど、俺が不快に思うことは何もしない。
いつもは排気ガス臭い教室も、今日は少しフローラルな香りがする。
そんな中俺は医務室に向かう。
医務室には、やはり養護担任はいない。俺は病人用のベッドに横たわる。
心地よい眠りにつく。
しばらくして、ノック音が聞こえる。
俺が反応する間もなく、人影が現れる。
その人影は微笑みながら、俺に徐々に近づく。
俺はその人物を知っているのか、スキだらけのままだ。
そんな無防備な俺に、そいつはだんだんと近づき、ベッドに座って俺を眺める。
俺は寝ぼけたままなのか知らないが、体が動かない。
そいつは俺の額を撫で、頬を触り、だんだん距離が近づく……………
そこで夢はぷっつりと途絶えた。
その代わりに俺に残ったのは、やたらリアルな夢の面影。
「…………」
しばらく声も出ない。
「…………?」
相手も微笑んだまま首を傾げる。
「…………
…………っお前、近いっ!」
俺はやっとのことで体を起こして飛び退く。
いや、飛び退くと言ってもベッドの上なので少し後退しただけだ。
だが後退したにも関わらず顔が近い。
「どうしました?熱あるんですか?」
……………いい加減にして欲しいくらい、今日はあかりが妙に詰め寄ってくる。
「……お前、授業は?」
怪訝そうな顔をしながら、突如現れたあかりに俺は尋ねる。
「もう授業、終わりましたよ。今は放課後だから迎えに来ました」
あぁ、そうか。俺はそのまま降りようとする。
足を床にのばす。
足が届かない。
降りたい。
降りたいんだが。
……降りれなかった。
あかりが邪魔をしているのである。
「…俺、帰るんだけど」
「熱あるんじゃないんですか?」
サボっているのを熱の所為だと思っているらしい、帰るのを許さないあかり。
いや、熱ないんだけど。てゆうか、具合悪くないんだけど。サボりですけど。
そう言いたいが、あかりが突然俺を押し倒して来た。
妙な誤解だけはしないでいただきたいので敢えて説明するが、変な意味ではなく、単に寝てろという意味らしい。
見下す形になり、やたらと大きいあかりの眼鏡は落下した。
顔に直撃したが俺は払いのけず、あかりと真っ正面に向き合う。
「いいですから、市原君は寝てなさいっ!」
あかりはベッドから降りると、ベッドのすぐ傍にイスを置いてそこに座った。
「……お前、帰んないの?」
「何言ってるんですか?市原君と一緒に帰るんですから、私は具合が良くなるまでここにいますよ」
そうにっこりしながら言って、あかりは懐からりんごを一つ取り出した。
『何故りんごが懐に!?』
その疑問は胸に秘めておこう。
俺は、りんごに続いて懐から出てくる折りたたみ式ペティナイフを眺めながら、本当に不思議な奴だなとしみじみ思う。
「ほら、りんご剥けましたよ」
別に病人なわけではないのにウサギリンゴが剥かれている。
なんだか複雑な心境だが、ありがたく頂く。
あかりが剥いたウサギリンゴは形がきれいだった。
切り慣れていたようだったし、きっとこういう事は器用なんだろう。
俺はその可愛らしいウサギを一口で食べる。
「お前さ、俺なんかと連んでて、誰にも何も言われないわけ?」
「何かって言えば…例えば?」
「例えば、ほら…馬鹿が移るとか」
冗談で言ったつもりだったが、大真面目に受け取ってしまったあかりは真剣に考え始めた。
「市原君は馬鹿じゃないですよ。良いところだって沢山ありますよ。例えば…」
そんなあかりを見ながら苦笑いする俺。
悩ましいその表情を見ていると、心なしか胸が痛い。
なんだか、惨めな俺。
「変に騒がないでクールにしてるのは魅力だと思いますし」
やっとのことで捻りだしたらしいその一言は、実に間が長かった。
「へぇ……」
「それに、頭も良いらしいですし」
「…………」
「それに、なんだかんだ言って、一緒に帰ってくれますし」
「…………」
「それに………市原君は、全体的にかっこいいと思います」
「………は?」
一瞬頭の中がフリーズしたがすぐに回復し、間の抜けた返事をする。
俺は眉間に皺を寄せたままあかりを凝視、あかりは大真面目な顔で俺を見つめ返していた。
「かっこいい、って。そういう話してねえ…」「私は」言い終わらないうちにあかりが声を張り上げる。
「私は、市原君の顔も、市原君の体格も、中身も全っ部ひっくるめて、市原君が好きです」
“全部ひっくるめて、市原君が好きです”
「勝手なこと言ってんじゃねえよ」
俺の意識とは無関係に、俺の口が動き始めた。
俺は内心焦りながら、その無意識の俺に従う。
「熱もねえのに長い間医務室残らされて、いきなり長所の無さを思い知らされた挙げ句、今度は勝手に告白かよ」
ベッドの上で壁に寄りかかっていた俺は背を浮かし、あかりの細い腕を掴んで引っ張り上げた。
「ふぇ!?」
あかりは驚いて手を引っ込めようとするも、俺の力には勝てずにベッドに乗り上がる。
俺はそのままあかりに跨り、悪どい微笑を浮かべながら言う。
「はっ。こんな力ねえくせして、俺なんかと二人で布団ある部屋に残るなんて、いい度胸してんじゃねえか」
「あ……う…」
何か言いたげなあかりだが、何も喋らせない。
上気しているようなそいつの赤い頬を、男っぽいゴツゴツした手で撫でる。
あかりの首筋から心地よい香りがしてきて、さっきの匂いはこいつのせいだったのか、と今頃理解する。
思わず目を細める。
「は、放してください…」
さすがにあかりも普通(ではないかも知れないが)の女子高生なので怖かったのか、少し震える声で俺に言ってくる。
眼鏡をしていないあかりは、やっぱり可愛かった。
三つ編みに結った艶やかな髪は俺の手荒さのせいで乱れていて、それとなく色っぽい気がしないでもない。
着崩れたセーラー服が何だか危なっかしくて、健全な男ならたまらないことだろう。
俺は例の唇に見とれ、吸い込まれるように自分のそれも重ね、そしてあかりの口内に自分の舌を潜り込ませる。
「ふっ!?」
口が塞がっていて上手く声が出せずにいるが、あかりはパニック状態の中で声を上げた。
「んん〜っ………〜んんむぅ」
気持ち悪がっているのか、それともただ単に混乱しているのか、なんとなく目の焦点が上手く合っていないらしい。
あかりは尚のこと焦っていた。
「ん〜〜〜っ!」
一度離れ、暴れるあかりを窘めるように呟く。
「っ、お前、うるさい」
勝手に行動する自分を抑えようとする俺がどこかにいるが、敵わない。
そんな風に引きずられたまま一番圧倒されているのは、他でもない俺なのだ。
一度唇が離れたが、何もないと虚無感がして、また勝手に動き始める。
そして。
あかりとの距離がなくなり、再び深く潜り込ませようとした瞬間。
「っ痛でっ!!」
あかりの歯に不意に攻撃を仕掛けられたのであった。
「いっ……っ!馬鹿か、キスしてる時に本気で舌噛む奴いるか!?少女マンガじゃあるまいし!」
「すっ、すみません、喋ってたものですから!!」
その上その気は無かったらしい、不慮の事故。
俺はあかりを跨いだ状態のまま立ち上がり、ベッドから飛び降りて扉に近づき手を掛ける。
ある言葉を吐き捨て。
「いいか、聞けよ、ありきたり女。
俺以外の男とつるむんじゃねえ。お前は俺に目ぇ付けたんだ、今更戻れるとかいう考え持つんじゃねえぞ!」
勢いよく扉を開け、誰も残っていないだろうこの階全体に聞こえるほどの大声で。
「俺もお前好きになるからな、それなりの覚悟しとけ!」
振り返ることもなく、逃げ出すくらいのスピードでその場を去った。
一緒に帰る予定だったらしいあかりは、やはり俺を追いかけることもなくその場に固まっていた。
………俺は、何をしているんだろうか。
人物像がだんだん変わってきています。
ご了承ください(^-^;
コメント・アドバイスおねがいします。