ツンデレラへの道1
そして俺は我に返ったのは良いものの、あかり曰くシトラス味のファーストキッスとやらの所為で、暫くは身動きをとるのもままならないのだった。
「市原君?市原君〜?」
あかりが呼んでいる気がするが、なんだかどうでも良いような感じだ。
俺は呆然としながら歩き出し、先ほどのあかりの顔を思い浮かべながら一人で帰って行った。
あかりは必死で俺を追いかけてきていたようだが、途中で小さな悲鳴が聞こえ、それと共に他の女子の声が聞こえてきた。
“きゃっ!”
“あかりっ、大丈夫!?”
“い…いたたぁ……
お尻打ちましたぁ…”
“あんた大丈夫?今日はなんでコケたの?”
“え〜っとですね……”
しばらく間が空く。
後ろの空間で苦笑いが聞こえた。
“これでコケましたワケです……”
まぁ俺は見ずとも分かっていたのだが。
言わずもがな、あかりはバナナの皮で見事な滑りを繰り広げていたのであった。
俺がさり気なくその瞬間を見てみたかったというのは、とりあえず口に出さないでおく。
ついでに言うと、“なんでここにバナナの皮が落ちてるんだよ!”というツッコミも。
_____翌日。
この日からのあかりの行動で、俺は喜怒哀楽な表情を最大限に活かさざるを得なくなっていった。
まず、登校中の俺の耳に‘ある噂’が届いた。
「ソラ!はよ!」
歩いている俺を少し追い越して挨拶してきたのは、さばさばしていて俺が好んでる仲間・沖田京祐だ。
「っはよ、京ちゃん」
‘京ちゃん’というのは、京祐の腹違いの妹が“京ちゃん〜大しゅき〜♪”と呼びながらしょっちゅう抱きついているからそれをマネているのだ。
京祐の家庭の事情は結構なドロドロさだが、義理の妹の態度にはまんざらでもないらしい本人。ロリコンか。
まぁ、京祐が妹(本名:沖田由依夏)を“ゆっちゃん”と語尾にハートマークを付けて呼び、その上おデコやらホッペにチューしまくっているという事実には敢えて触れないでおこう。
とまあ、その京ちゃんだが、なんだかにやにやしながら俺を物色してくるので、
「なんだよ京ちゃん。俺がそんなに可笑しい?」
「いっやぁ、別にぃ?」あからさますぎて返って笑える。
「なんだよ、言えよ」俺が焦れったそうに言うと、京は尚のことニヤついた。
「ソラ、お前、日向と一緒に毎日帰ってるんだよな?」
やっぱり噂されるのか、と半ば呆れながら溜息混じりに「そうだけど」と言う。
「それが。何かあんのかよ」
京はすかさず答える。
「ソラ知らない?日向の噂ってか、二つ名」
俺は思わず吹き出しそうになった。「二つ名ァ?なんだそのファンタジック的なヤツ」
思いの外京は真面目に言っていたらしく、ふてくされたような顔で続ける。
「なんだよ、だってみんな言ってるぜ?
“日向あかりは、まさにそんな感じだな”って」
「だから、何なんだよ」
いい加減もったいぶりすぎだ。
「あいつな、日向。すっごい【お約束】ぶりだろ?
だからみんなから【お約束ガール・日向あかり】って呼ばれてやがんの」
あぁ、なるほど。
まあ、そんな印象だった。
地面に突如バナナの皮が出現したことで確信していた。
たぶんあれは天然少女なんかじゃあない。ありきたり、ありきたり。
ありきたりを通り越してもはや‘お約束’なわけだ。
マンガのヒロインにしばしば使われる、あのキャラだ。
………古い!というツッコミは考えないものとする。
「まぁちなみに言うとだな、お前はそのお約束ガールのボーイフレンドっちゅうわけだ」
「なんでそうなる!」
俺が勢いよく振り返ったので、京は驚いて後退した。
そして、その瞬間に足を踏み外した。
まるでマトリックスの撮影現場であるかのようなその舞いっぷりに見とれてしまったが、
…まあ、それどころではなかろう。
「うわぁっ!」
急いで腕を引っ張ろうと思ったが、あまりにも距離が遠すぎて間に合わなかった。
やばいと思ったのもつかの間、京の下には人影が現れた。
「ふぎゃっ」
………………………あかりだった。
「いったたたぁ……。あ、危ない危ない!階段じゃふざけてちゃいけません、沖田君!」
頬を可愛らしく膨らませながらあかりは注意した。
そのあどけない顔つきは、まさか今の救世主があかり本人だとは到底思えない程のものだ。
気迫の無さにむしろ圧倒される。
たぶん、この光景をマンガやアニメにすると、彼女の鼻先には蒸気のマークが浮かんでいることだろう。
心なしか、怒っていて鼻息が荒い。
「まぁ、まぁ。ありがとうアカリちゃん。助かったよ」
「…えへへぇ、どういたしまして」
恥ずかしそうに京に向かってはにかむあかり。
……いや、はにかむ前に。
俺は、この高さから落ちた京ちゃんを受け止めたのにダメージを感じないお前が怖いんだが?
優に10段はある階段だ。
京ちゃんは女子高生の注目を集めそうな感じの肉体美。
この女……あかり、一体どれだけの力があるんだか。
ふと、そんなあかりと視線が交わされる。
『おをぉっ?!』
っと、逃げ出すまもなくお約束ガールとの一日が始まるのであった。
…………いや、ここから俺の性根がイカれるなんて、思いもよらなかったんだが。