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俺的ハプニング

「市原君、何も言わずに出て行っちゃうなんて、無愛想だって噂は本当だったんですね」


そんな台詞を言いながら、あかりは俺に向かって明るい笑顔を見ている。


やんわりしたその表情は、きっと誰もの心を緩められる力があるんだろう。


俺は思わず肩の力を抜いた。


「無愛想って…余計な世話だけどな」


居たたまれなくなったので顔を背けて言い捨て、そのまま歩き出す。


あかりは「あ、待ってください!」と追いかけて来る。



背後にほんわかとした気配を感じる。


足取りが余程軽いのか、あかりの足音はあまり聞こえない。


しかし確実に俺に追いつこうと早足で歩いている。


そんなあかりの姿を想像していると、何故か笑みがこぼれた。


「市原君?笑ってるんですか?」


俺が笑ったのが意外だったらしく、いつもよりやや高めの声音であかりは尋ねてくる。


「なんでもねえよ」


「なんでもなくないです。笑ってるところ!は、初めて見ました!」


「うるさいお前。別に笑ってないよ」


「笑ってます笑ってますっ!」


「笑ってないって言ってるじゃん」


「嘘ばっかり〜。しっかり笑ってますって」


会話とまではいかないやりとりを繰り返し、繰り返し。


俺は多分この2、3日で、この雰囲気に慣れてきたんだろう、


あかりがついてくるのが当たり前に感じる。


いつでも笑顔を絶やさないあかりは、何故か暖かく思えた。



「市原君は、笑ってる顔が可愛らしいんですね」


俺はピタリと止まる。隣を歩いていたあかりも立ち止まった。


『可愛らしいって……。俺に向ける言葉かよ、それ』


俺はもはや、笑みを隠そうとはしなかった。


「え…っ。やっぱり、男の子は可愛いって言われるのは傷つくものですかっ!?

け、軽率ですみません!」


笑むどころか最終的に吹き出す始末だった。


『久々だな、笑ったの』


別に大して面白い訳ではなかったが、あかりの戸惑い具合に笑った。



特に何もなかった日々。変に付きまとう奴が現れたこの頃。


日向あかり。こいつが、俺の生活を変えた…のかも知れない。




「市原君、あの!」


さっきの表情のまま「んぁ?」と情けない返事をする。


あかりは俺の前に歩み寄って来て、手をヒラヒラさせて俺を近づけさせた。


なんだか必死な顔色だ。


なんなんだ、と思いながら呼ばれるがままに近づく。




と、その瞬間。











ちゅっ、という極ありきたりな効果音を出し、俺の唇に何かが触れた。


気のせいなのだろうか、それとも事実そんなことが起こったのか定かではないが、


俺は確かに今、間近にこの目で見た。


現在ただ呆けている俺の目には、あかりの(ほの)めかしいピンクの唇が映り、


そしてその他にも、子供がよく持つマシュマロのような頬、(つや)やかで日本人女性を思わせる黒髪、


そしてなにより眼鏡越しの長い睫毛(まつげ)


化粧なんて全く必要としないその美貌は、知った日には大勢の男共が押しかけてくることだろう。



……そんなこんなで俺の頭の中はイカれてしまい、何が起こっているのかは察しの通りだが、もう俺は周りの住民や生徒のことなんて考えられなくなってしまった。


誰かが居たのか居なかったのかも分からない。



口元が熱いような気がする。


『…こいつ…三つ編み結ってたんだ……』


場違いな考え事だが、さすが本場の眼鏡っ子だと感心してしまうほどだ。


言うまでもなくセーラー服着用のあかりは、80年代スターを思わせる。




そんな感じで俺の思考はだんだん変な方向へ逸れていき……


たまたま落ちていった視線はと言うと、あかりの足下を捉えたのだった。



ローファーを履いたあかりは、俺の身長に少しでも近づこうと一生懸命つま先立ちをしていた。


よくよく考えれば分かることだったのだが、俺とあかりの身長差は、少なく見積もっても30センチはある。


身長が大きいことで有名の俺と、チビで華奢だと有名なあかり。


俺が下に引っ張られていることを含めていても、相当な無理をしているに違いない。


『つま先立ちでキスって……お子様って言われるのは無理ないかもな…』




そこまで考えが及び、やっとのことで俺は我に返った。



『きっ………キス………?』


え。なんで。なんで俺下に引っ張られてんの?


なんでこいつこんなに至近距離に居るわけ?




「………。ちょっと待て」


さすがに内心驚きを隠せない俺は焦った。


あかりは未だ恍惚(こうこつ)とした顔で顔を赤く染めている。


「………ふわぁ〜、馬鹿にはしないで欲しいんですけど、私今のファーストキスだったんですよ」



状況把握も困難になりつつある俺は「はぁ…」と、上司の愚痴でも聞いている部下のような態度になる。


…そう言えば俺も彼女なんて作らなかったから、これはファーストキスになる。


愛しすぎてたまらない女なら彼女にしようとするし、彼女でもない女とキスするほど俺は薄っぺらじゃない。


これでも一応紳士のつもりでいるのが俺・市原空という人間だ。



俺はあかりに尋ねてみた。


「今のキスって……なんで、唐突に」


少し間を置いた後に、あかりは少し照れたようにはにかんでみせた。







「ファーストキスは苺味とか言いますけど、私はシトラスみたいなスッキリした感じでしたよ!」










………誰も「ファーストキスのお味は?♪」なんて質問してねえよ!!

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