昇降口での衝突事故(出会い)
まず、時は3日前の放課後に遡る。
俺はいつものように早足で教室を後にした。
一見チャラチャラした雰囲気を醸し出しているように見えるが、決してそんなキャラではない。
秀才でもなければ、バカでもない。ただ自由気ままに過ごしてきた。
だから、周りに迷惑と不快感だけ掛けてる下らない連中とは滅多なことじゃあ連まない。
早く家に帰って昼寝して、晩飯喰って寝よう……
そんな単調な生活を繰り返すだけの日々を送っていた。
単調な繰り返し、それこそが俺には安心感があって、居心地が良かった。
だから、それを変えようとなんて考えたことはないし、変えたくないが為に部活はせず、彼女も作らない。バイトも興味がない。
俺は今まで、そしてこれからもずっとこの調子で過ごしていこう。
そんな矢先に起きた出来事は………まさに、その調子を狂わす、俺にとっての悲劇的大事件となったのだった。
「きゃっ!」
俺が靴を履いて昇降口を出た………丁度、なんて絶妙なタイミングなんだろうと感嘆してしまいそうなくらいタイミング良く、俺よりかなり背の低い女子が俺の胸板にぶつかって来た。
「ってぇ……、てめえ突っ走ってくんじゃ」「いたたぁ…。ふ、ふぇ!?め、眼鏡が…っ」
俺の文句も言い終わらないうちに、その女子生徒は俯いたままたじろぎ始めた。
そいつは掛けていたらしい眼鏡を探していた。その眼鏡はというと、物の見事に2メートルほど遠くに吹っ飛んでいた。
『なんなんだこいつ、昔のマンガのヒロインかよ』
そんな光景に吹き出しそうになるのを堪えながら、仕方なく眼鏡を拾って渡してやる。「ほら」
そいつは、俺の正体が見えないからだろうが、慌てふためきながら「あ、ありがとうございます」と言って受け取った。
顔をあげたそいつを見て、目を丸くしてしまった。
『…なんだこいつ』
咄嗟に思ったのはその一言だった。
あまりに衝撃的すぎて、身に付いている筈の語力が皆無になってしまった。
そいつは俺の思考を一時シャットアウトさせた。
……要するに、滅多に惚れない体質の俺から見てもとても可愛い顔をしていたのだった。
なんとなく見覚えのあるような、そうでもないような感じのそいつは、「ふぁ〜、見える見えるっ」
…多少なり危ない顔をしながらそう言って、俺の方を向き直った。
「ありがとうございました。えっと…、同じクラスの市原君、ですよね?」
なんだ、こいつ俺のクラスか。…そんな程度の記憶すらない。
ちなみに言うと、俺は人の名前やら顔を覚えるのは大の苦手だ。
だから別段興味なさ気に「おお。俺はお前を知らないけどな。じゃあ」と片手を上げ、別れの意を示した。
俺はこの出来事を穏便に終わらせるべく、長話はしないで早く帰ろうと思った。
だがそうはいかないのが今回の事件だった。
「あの!一緒に帰りませんか?ていうか、帰りましょう!私、急いで忘れ物取って来ますから!」
なんとそいつは、そう言うなり校舎内に向かって駆けだしていったのだった。
唖然とした俺はその場から動けず、そいつを待つ形になってしまった。
「すみませんでした!じゃあ、行きましょう!」そして30秒足らずで戻って来、走りながらそう叫んだ。
周りからの視線が俺たちに集まる。
俺は多少たじろいだが、そいつは半ば強引に俺の手を引っ張って校門に突き進んでいった。
ちょっと待て。なんで俺は見ず知らず(?)の女と手を繋いで歩いてるんだ。
門を出た辺りで、俺はやっとのことで口を開いた。
「あのさ……俺、一緒に帰るの良いって言ってないんだけど」
「あ、名前まだ言ってませんでしたね。あたし、日向あかりっていいます」
誰も聞いてねえよ。ていうか質問に答えやがれ。
「一緒のクラスだけど…たぶん市原君、人の顔覚えてないですしね。はじめまして」
なんで、そんな個人的な事までよく知ってるんだよ。
心底そんな悪態をつきながら、渋々俺も名乗りをあげた。
「市原空。よろしく」よろしくしたくないのが本音だが。
「んで。俺OKしてないんだけど、帰るの」
「市原君はなんでそんなに毎日急いで帰るんですか?」
いやいや、人の話聞けよ。
「別に。特にすることないし、寝てえし」
なんだかどうでも良くなってきたので、適当に話を受け流しながら一緒に帰ることにした。
あかりは、無愛想な俺の返答にも嬉しそうに笑ったりした。
自分の話をちゃんと聞いているのか聞いていないのかも分からない俺に、ちょっとした、本当にちょっとした愚痴を零しては同意を求めたりもした。
俺は意識を向けないで答えていたものだから、内容はよく覚えていない。
そんな感じで、あかりの一日目の奇襲は終わっていった。
……もう気づいただろうが、俺が何かと誘われるのは一回なんかじゃなかったのだ。
「市原君っ!」まずは翌日の朝のHR中。
なんと俺の後ろの席だったあかりは、俺の方を静かに叩いて「今日も一緒に帰りましょう!」と言ってきたのだった。
無論俺はイヤだと答えた。
これも予想がつくだろうが、勿論あかりは、そんな事聞こえていませんとでも主張するかのように見事にスルーし始めた。
そして、帰りを誘うだけなら良いとして。百歩譲って良いとして。
「市原君!一緒に教室移動行きましょう!」
なにが魂胆なのか、下校時以外にも頻繁に俺につきまとわり始めたのだった。
「……あのな、お前さ。一応お前女子なんだから。おトモダチと一緒にいた方が良いんじゃねえの?」
たまりかねた俺はそう言ってやった。
けど、あかりは微笑みながら言うのだ。
「何言ってるんですか〜、市原君だってお友達じゃないですか」
…………。
…………イヤ、そういう意味じゃなくてだな。
「お前、もしかしてオトコ好き?」
からかいを含んだ言い方をしたのだったが、自分で言っていて何か違う事を言ったと思った。
あかりはまたしても微笑みながら「男の子も女の子もみんな好きですよ」と言った。
………ちがうぞ俺。こいつはオトコ好きとか、そういう問題じゃない。
「お前さ……」
俺は、頭にクエスチョンマークを浮かべっぱなしのあかりに溜息をついた。
……こいつ、完膚無きまでの天然女だ………
呆れた溜息が出たと同じ瞬間、あかりは俺に言った。
「じゃあ、行きましょうか!」
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