距離
俺はしばらく唖然としたまま硬直し、あかりを見つめていた。
あかりは何とかそれに耐えていたが、やはり気恥ずかしくなってきたのか
「……し、……失礼します!」
逃げ出した。
「いや、待てよ」
語尾に汗マークがつきそうな声色で呼び止める俺。
自分でもよく分かっていないが、相当焦っているらしい。
「とりあえず、落ち着け。落ち着け落ち着け落ち着け」
「いっいいいいいい、いい市原君が落ち着いてくださいっ」
「おっ…お前こそ声震えまくってるから」
「いいい市原君だって焦ってますけどっ」
随分アホな事をしていると思った。
俺とあかりは深呼吸して、その場で座り込み、改めて互いをまじまじと見合う。
あかりは少し火照ったような顔をしている。
目は泳いでいて、たまに俺と視線が交わされるがすぐに逸れる。
「…あの」
口火を切ったあかりの瞳を見つめる。
「あの、それで、市原君はどう思ってるんですか」
「あ、えと」
なんで今更口ごもる。
自分で自分にツッコミを入れたくなる。
やっとこさここまでこぎ着けたんだ、引き下がれない。
「……ていうかさ、最初に俺にキスしてきたのお前の方だろ?
その後に告るって…順序おかしくねえ?」
………だから何でそうなるんだよっ!
答えろ俺、質問に!
「た、確かにそうですけど…」
「その上で告ったから、俺」
ほとんどの生徒が帰宅し、静まりかえった教室。
空いている窓から、柔らかい風が吹き付けてきた。
くすぐったいような、そんな気持ち良さ。
俺は何もかもを考える気がせず、本心のままにあかりに言った。
「俺もお前のこと好きだよ」
そしてそのまま、あかりの細い黒髪に触れる。
流れるように撫で付け、その手は肩に落ち、巻き付く。
あかりの肩が微かに震えた気もしたが、少し経つとおさまり、穏やかな鼓動が伝わって来た。
片腕で抱え込んでいる形になる。
それでも、小さなあかりは十分に収まっていた。
『小っせーの』
あかりの頭に顎を乗せ、今までにないくらい彼女を愛おしく思った。
『…あ、いい匂い』
女の首筋からくる独自の匂いは結構好きだ。
香水みたいな、人工っぽい甘ったるいやつとは違って。
「……市原君……」
あかりに声を掛けられて、ふと我に返った。
バッと腕を解いて彼女を放し、怪訝そうな顔つきで見やる。
「な、何か?」
「お前、それイライラする」
「ふ、ふぇっ!?」
突然ガン飛ばされたからか、あかりは戸惑っている。
「お前のその俺への敬語口調と、俺の呼び方」
この女に妙に気にくわないところがあるのはその所為だ。
「俺にはタメ口でいいし、“ソラ”って呼んでくれればいいから」
「じ、じゃあ……
これでいいかな、ソラ」
名前を呼ばれたのと同時に、弾かれるように動き出す。
それは先ほどまでの理性を持ったのとは違い、もはや本能に従っただけの行動だった。
「きゃっ」
乱暴にあかりの腕を掴んで壁に押しつけ、押し返そうとしていても構わない。
「そ、ソラ……?」
キスしているわけでもなく、襲おうとしているわけでもなく。
俺はあかりの耳元で囁くように言う。
「俺に構っちゃったからには、それなりに自覚持たないとね…?
体力使い果たしちゃっても知らないから」
そう悪戯っぽく笑ってやると、あかりはみるみるうちに赤面して、俯いた。
俺は右手でそっと後頭部をつかみ、あかりの顔を上げさせる。
あかりは察して、まだ顔は赤いけれど目を閉じた。
なんで、こんなにも愛おしく思えるのだろうか?
そんなの、俺にだって分からない。
ただ、“なんとなく”運命ってやつもあるのかと。
ほんの少し、そう、ほんの少しでもいいから、そいつを信じてみたり。
信じて信じて信じ通したら、きっと何かが見えるかも知れないから。
だから、好きになったこの女と一緒に“何か”を掴みたい…
理由なんて、そんな簡単なモノで良いと思った。
「ソラ…」
至近距離にある二人が、徐々に距離を無くしていく。
………と、その時。
扉は、勢いよく開いた。
「お前たち長崎のことで話………って…、
……何やってんだ?二人して」
ガラっと扉が開いたと思うと、キョトンとした田村が立っていた。
俺たちは互いに飛び退いて、冷や汗を垂らしていた。
『どんだけ絶妙なタイミングで入ってくんだよ!』
これも、この『お約束ガール』の力(?)であろうか。
俺は、キスすることが出来なかった所為なのか、
それともこれから先のことが思いやられるからなのか、
どちらだか知れないが、深い深い溜息をついていたのだった。
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