召喚を失敗されました
なんだか良く分からないうちに異世界召喚的な事が起きた。
が。
ファンタジーな人種がちらっと見えたなと思ったら、次の瞬間には自宅に戻っていて、召喚した側の魔術師っぽいのが此方側に来ていた。
これは、召喚を失敗されたと見ていいと思う。
なにぶん初めての事態なので、どうするのが正解かとか分からない。
とりあえず漫画やアニメではこういう流れの時、居候させつつ親交を深めたり解決策を探したり何らかの騒動がまきおこったり解決したりナンヤカンヤあってくっついたりするものだ。うむ。
漫画やアニメみたいな事態が起きたのだから、漫画やアニメを指針にするしかないだろう。
もちろん、二次元みたいに都合良く事が運ぶとは限らない事は分かっている。
甘いハプニングとか期待するのはちょっとだけにしておこう。大丈夫、女の子と同じ空間で生活できるという奇跡だけでオレは満ち足りた気分になれる。
前向きに行こう。
そう。こうして俯いていても何も進まない。
まずは、あれだ、言葉通じないパターンみたいだから、日本語覚えてもらわないと。
そう決意して顔をあげたオレを後押しするかのように、スマホがピロンと鳴いた。
オレにとっては聞きなれた音でも、異世界人にとってはそうではないようで(あたりまえか)、女の子の体がビクリと大きく跳ねた。
驚きに恐怖と不安が混じった表情でスマホを凝視する様に、ちょっとほっこりする。
「これはスマホ」
「これわす……?」
「スマホ」
「すまほ」
オレの言葉を繰り返す様子が真剣すぎてちょっと面白い。
真面目なタイプなんだろう。
強気だったり暴力的だったりじゃなくて良かった。本当に良かった。
「ん。で、俺は勇太ね。ユウタ」
「ゆーしゃ」
「ユ・ウ・タ」
「ゆ・う・しゃ」
「た行の発音が苦手なんだな……」
「(えと、上手く言えてない、ですかね……すみません同じように繰り返してるつもりなんですが)」
発音とかは練習してもらうしかないので今は諦めよう。
オレの微妙な顔に察するものがあったらしく、申し訳なさそうな顔をさせてしまってるし。
気にしなくていいという意味で笑い掛ければ、ちょっと困ったように笑い返してくれた。
何だこの子超良い子なんですけど。天使か。
「(あ、私はラジェです)。ラジェ」
「ラゼ?」
「ラ・ジェ」
「ラジェ」
「(はい)」
天使の名前はラジェと言うらしい。
上手く発音できたらしく、「よくできました」とでもいうようにニコっと笑ってもらえた。
非モテに笑いかけるとか自殺行為だと早く教えてあげたい。惚れられたいのか。
思わず真顔になったところ、不安げに小首を傾げつつ此方の顔色を伺うという追い打ちをかけてきた。
同じタイミングでスマホが着信音を響かせなければ何かが爆発していたと思う。危なかった。
スマホが鳴ることにまだ慣れていないらしいラジェがビクッとなってから、ビクッとなったことを恥ずかしそうにしている様子を目に焼き付けつつ、通話ボタンを押した。
「ちょっと電話するから……そのへん適当に見てて」
「(?)」
そのへんと言ってテレビとDVDの山を指差したが、すぐに、そういえば適当にといっても使い方も何も分からないかと気付いた。
ラジェは不思議そうにしつつも、素直にオレが指差したそれらを眺めている。
……異世界人はテレビとDVDを前に、どんな行動をするんだろう。
電話越しの友人の声を聞き流しつつ、オレはワクワクとラジェの行動を見守った。
・・・・・・
私は今、未知の物体と向き合っている。
ユウタ(どうも私には上手く発音ができていないみたいだが……)と名乗った青年が指で示したのは、黒い板のような形の何かと、その手前に無造作に積み重ねられている円盤状の何かだ。
魔道具のようなもの、だと思うが、どう扱っていいのか私には分からない。
そういえば、ユウタが今も手に持っている、スマホという名の急に音を発する何かも黒い板みたいな形だったか。
ちらりと伺えば、ユウタはそれを耳に当て、口を動かしている。言葉の間の感じから、誰かと会話しているようなので、通信具の類いなのだろう。
とすれば、大きさは違うが、これもスマホと似た存在なのだろうか。
だが、そっと耳をあててみるが、何の音もしない。
そういえば、ユウタはスマホの表面を人さし指でなでていたな……そう思い出して真似てみるが、やはり何の反応もなかった。
此方の魔道具は私には使えないという事だろうか?
何度か撫でる方向を変えたり、耳を強めにあててみたりしたが、沈黙を守ったままである黒い板については諦め、円盤状の何かに目を向けてみる事にした。
大きさに関しては此方のほうがスマホに近い。だが、形状は全く違っている。
銀色の面は光があたると複雑な光を反射し、反対側の白い面には何かの紋様なのか文字なのが書き込まれているようだ。
見た目的には此方の方が魔道具らしい雰囲気を感じるが……どちらの面を撫でても、やはり何の反応もなかった。
しばらく円盤を観察し、ふと、その中心部にあいた穴に何か意味があるのではないかという事に思い至った。
これは……
そういう事か……!
私は天啓を得たような気持ちで、そっと人差し指を穴に差し込んだ。
大きさ的にも、これしかないと思ったのだ。
だが、その期待はあっさりと裏切られた。
指の中ほどにあって沈黙を守り続ける円盤を、虚しさを抱えながら見下ろす。
さらに追い打ちをかけるように、背後から何かを吹き出す音が聞こえてきた。
ぱっと振り向けば、ユウタが顔を手で覆いながら震えているのが見え、ぶわりと羞恥心が湧きあがる。
み ら れ て た !
即座に指から円盤を引き抜き、膝を抱えて蹲った。
――――帰りたい!
切実に! 今すぐ! 帰りたいっ!
この場所から早急に消え去りたい!
もう何でもいいから早く呼び戻してくださいお願いします……!
<終わった(ジ・エンド)>