てづくりちょこれいと
登場人物
メリッサ 引きこもり気味の15歳
ジョナス 自他共に認めるイケメンな16歳
それは、突然の一言でした。
「メリッサ。今日はバレンタインですよ。今年は貴女から、ジョナスにプレゼントをお渡しなさい」
「嫌です」
即答する私の言葉に、母は一瞬だけ言葉を詰まらせたです。
「もう15歳、昔だったら婚約者の元へ嫁いでいる年齢です。それなのに貴女だったら……。ジョナスが寛大でなければ、とっくに婚約を解消されていてもおかしくありませんよ」
「あんな浮気性の男、こっちからお断りですから」
私が生まれた時に、隣に住む、1歳年上のジョナスと婚約を決められたのです。
母様が言うには、私が小さい頃は優しいジョナスが大好きでよく一緒にいたそうですが、その優しさは私にだけ向けられたものではなかったです。
誰にでも優しく、相手が女子ならば愛の言葉をささやく彼は、常に女子に囲まれていたのです。
そして、その中に姉のティチェルもいることに遅ればせながら気付いたです。
同い年のティチェルとジョナスは仲が良く、いつも一緒でした。
ティチェルが婚約を変えてほしいと、父様にお願いしていたのも知っているです。
けれど、婚約は私のまま。
「浮気性って、ただジョナスが異性にモテるだけでしょう。婚約者が素敵なのが、なぜ気に食わないのですか?」
「存在全てです」
「メリッサ! そんなことを言っていないで、早くチョコレートを買いに行きなさい!」
「買ってもジョナスは学園の寮にいるのですから、渡せないんですよ。意味がありません」
ジョナスとティチェルが通っている学園は全寮制で、帰宅するにも学校の許可がいるそうです。
明日も授業があるし、バレンタイン当日にジョナスが帰宅してくるハズが無いのです。
「ジョナスに直接渡せなくても、お隣に届ければいいでしょう。買って帰るか、隣に届けるまで、家に入れません。遅くなる前にいってらっしゃい!」
「母様?!」
母様は私を部屋から連れ出すと、家から追い出しました。
「母様、冗談は止めてです! 開けてください」
玄関のドアが開いたと思ったら、笑顔で私のカバンとコートを渡されたです。
「はい。早く行かないと暗くなってしまうから急いでいってらっしゃい」
再び、玄関のドアは閉じられたです。
こうなったら、買ってくるしかないようです。
やれやれ、またか。
なんで家訓に、『女性と子供、年寄りを尊ぶべし』なんてあるんだよ。
心の中とは裏腹に、ジョナスは自分の名前を呼びつつ走り寄る女子に笑顔を向ける。
「どうした? 息を切らせて走ってきて。何か用事かい? それとも、俺を見付けて嬉しくなってしまっただけか?」
「お恥ずかしい姿をお見せしてしまいましたわ」
「そんなことない。頬を赤く染めた君は、とてもかわいらしい」
「まぁ、ジョナス様ったら」
「それで、俺に何か用か?」
「はい。今日はバレンタインのチョコレートをお持ちしました。受け取っていただけますか?」
有名な店のロゴが入った紙でラッピングされた小さい箱を受け取った。
「ああ。君のハート、確かに受け取ったぜ」
白い歯をきらりと光らせ、ウインク1つ。
目の前にいる令嬢が俺に見惚れている。
今日、このやり取りを何度繰り返しただろう?
「ジョナス様。この後、宜しければご一緒に過ごしませんこと? 二人きりで」
ほう。
自分から押してくるのか。
嫌いじゃないが、残念なことに今日は急いでいる。
「とても魅力的な提案だが、野暮用があってこれから家に帰るんだ」
「それは残念ですわ」
「悪いな」
チョコを鞄に仕舞い、学園の外へ出る。
家は学園から近く徒歩で20分程の距離だ。
外出だけでなく外泊の許可を取っているので、ジョナスはゆっくりと家に向かって歩いた。
しばらくしてそろそろ家が見えてくる頃、ストロベリーブロンドの髪をした少女が角から姿を現した。
機嫌が悪いのか、長く真っ直ぐなストロベリーブロンドが顔を隠し、長い睫毛に縁どられた大きなガーネット色の瞳も暗い。
小さい頃から知っている婚約者の、いつもと違う様子にジョナスは怪訝に思った。
何かあったのか?
「メリッサ! もう日が暮れるのに、今からどこへ行くんだ?」
突然、聞こえてきた声に顔を上げると、学園にいるはずのジョナスが目の前にいました。
問い詰められるような言葉に反感を覚える私と、真剣な表情のジョナスにドキっと心が揺れる私がいます。
憎まれ口を叩きあえるいつもの空気はなく、私の気持ちを見透かすように真っ直ぐ見るジョナスから、思わず視線を逸らしました。
「私だって行きたくて行くわけではないです。母様に言われて嫌々買い物に行くだけです」
「マリーナさんが? こんな時間なのに仕方ないな。付き合ってやるよ、どこに行くんだ?」
「結構です。一人で行けますから」
ジョナスにあげるチョコレートを買うのに、一緒に行くなんて絶対に嫌です。
「すぐ暗くなる。危ないだろう」
「急いで買って来れば、明るいうちに帰れるです。暗いって言っても、まだ5時ですよ? 危なくないです」
そう言うと、私はジョナスの横を通り過ぎました。
止められるかと思ったけれど、止められはしなかったです。
別に、止めてほしかったなんて思っていないですよ!
私は、雑誌やTVで話題になっているショコラティエのお店に入りました。
適当なチョコレートを買って、母に見せれば買い物は終わりなのですから。
さっさと済ませるです!
店内は私より年上の女性客で混雑していました。
チョコレートの種類の多さに加え、カカオの配分が違ったりカカオの種類が違ったりと、何を選んだらいいのかわかりません。
ジョナスは甘いものが好きではないし、どうせ学園で沢山もらっているのですから何を選んでも変わり映えはしないのです。
私は板チョコを手に取って、レジ待ちの列に並びました。
「大変お待たせ致しました。お客様、こちらのチョコレートは本日限りのサービスで、手作り体験がセットになっています。まずは、この中からお好きな形をお選びください」
提示されたメニュー表の中には、ハートにリング、結婚誓約書など20種類から選べるようです。
「このままで結構です」
「魔法で温度管理を致しますし、門外不出のシステムでお手軽簡単。お手も汚しません。せっかくのバレンタインデー。心のこもったプレゼントをお渡ししましょう! ねっ!」
にこやかに言う店員に押され、私はもう一度、形のメニュー表を見ました。
「ありがとうございましたー!」
手作り体験は思ったよりは早く終わりましたが、既に外は暗くなっていました。
急ぎたいのに、待ち合わせなのかお店の外にも女性が沢山いて、思うように出られません。
早く帰らないと、ジョナスが学園に戻ってしまう。
慌てていた私の周りから、人が波を打つように離れて行きました。
「何が『明るい内に帰れるです』だ」
「ジョナス? どうしてここに?」
そう言ってから瞬時に悟りました。
ここにいる女性たちは、ジョナスを見る為に集まっていたようです。
「後を追って来た。俺に全く気が付いていないのは、問題だぞ」
「急いでいたから仕方ないです」
急にジョナスは刀の様に鋭い目つきをし、周囲に威圧感を漂わせました。
私たちを取り巻いていた女性たちが一斉に離れて行ったです。
「私が未熟だったのは認めるです。けれど、お店の前でそんなプレッシャーを与えたら、業務妨害としてジョナスが訴えられますよ」
「ん? フッ、そうだな。面倒な事になる前に帰ろう」
ジョナスは私の手を握ると歩き始めました。
その手は、とても冷たかったです。
「冷たいです」
「チビの手は温かいな」
そう言うと、ジョナスはコートのポケットに手を入れました。
「何をするですか! 放せです! バカ!! 変態!」
「冷たいんだろ? こうすれば温かいじゃないか」
「私には手袋があるです! それに、誰かに見られたらどうするですか!」
「暗いから見えないし、俺は手袋を忘れたんだ」
「ジョナスの都合は知らないです」
「ほう。なら俺だって知るか」
手を繋いだまま、無言で私たちは歩き続けました。
しばらく歩き、家が見えてきた頃。
「ファジアーノ伯に渡すのか?」
「何のことですか?」
「それだよ」
ジョナスが私の持っている紙袋を見て言ったです。
今なら自然に渡せます。
ただ一言、ジョナスへのだと言えば。
「そうです。父様にお渡しするものです」
「そうか。そう、だよな。……そりゃ、マリーナさんが怒っても仕方ないな。父親に用意しないなんて」
どうして素直に言えないのでしょう。
笑って話すジョナスの横顔を見つめ、心の中でため息をつきました。
そろそろ家に着いてしまう、渡せるのは今しかないのに。
――――トン。
チョコの入った紙袋をジョナスの背中に押し付けました。
「ん? チビ?」
怪訝そうな顔をしてジョナスが振り返りました。
背中に押し付けたはずの紙袋は、私が差し出す恰好のままです。
「あげるです」
「これはファジアーノ伯に渡すプレゼントだろ?」
「父様には別に用意してあるからいいんです」
「別に用意してる? じゃあ、これは?」
「べ、別にジョナスの為に買ったんじゃないんですから! 母様が言うから仕方なくなんですから! ……お、送ってくれて、ありがと……です」
「おい、メリッサ!」
私を呼ぶ声と同時に、ジョナスの携帯の着信音らしきメロディーも聞こえました。
ジョナスが携帯を操作している間に、私は家に入ろうとしたです。
あれ?
なんで開かないのですか?
カバンの中に鍵もありません。
母様に電話をかけても繋がらないのです。
「―――はい、一緒にいますよ。代わりますか?」
携帯で話しながらジョナスが近付いてきました。
「―――受け取りました。お気遣いありがとうございます。―――フッ、いいんですか? 本気にしますよ? ―――わかりました。マリーナさんにもよろしくお伝えください。それでは」
電話の相手は父様?
「今日は、お二人とも出かけたそうだ。俺の家に行くぞ」
「そんなこと、母様、言ってなかったです」
「ああ。俺も今、電話で聞いた。行くぞ、チビ」
ジョナスの家も真っ暗です。
「ジョナス、プライアご夫妻はいらっしゃらないのですか?」
「ああ。だから俺が留守番するために帰ってきているんだ。開いたぞ」
複雑なセキュリティーが解除され、扉が開きました。
「そう言えば、いつも子供扱いするなって言ってたな。望み通り、今夜は大人のレディとして扱おう。おいで、メリッサ」
「いえ、今日は子供扱いで結構です」
「遠慮するな」
肩を抱きよせられ、屋敷の中へ。
ゆっくりと背後で扉が閉まり、中から出ることも外から入ることもできないセキュリティーが再度かかりました。
「遠慮はしてないです」
「そうか。なら、遠慮も手加減も無しだ」
ジョナスの菫色の瞳が怪しく光り、思わず一歩後ろに下がれば、すぐに扉が背中に当たりました。
「近いです、ジョナス」
自分とジョナスの間に両手を入れ、必死に押してもジョナスは離れてくれません。
「フッ。怖いのか?」
「怖くなんかないです」
「それは良かった」
利き手である右手首を掴まれ、更にジョナスの身体が密着してきました。
自分でもわかるくらいビクッと震えました。
やっぱり怖い。
私は身体を縮こませ、ギュッと瞳を閉じました。
ふいに、唇に柔らかなものが触れたです。
微かに触れるだけのキス。
甘いチョコレートのように優しく私の心も溶かしていく。
掴まれていた右手はいつのまにか、指を絡ませて繋ぎあっていた。
バレンタインと言うことでX'mas Presentに引き続き、また2人に登場してもらいました。
お読みいただきありがとうございます♪