56.初めてのお買い物記念日 3
二か月も(汗)ご無沙汰しております~
お店を出ると、もうすっかり暗くなり始めていた。
「うわ、もうこんな時間?」
「イリーナのところでのんびりしすぎたわね。もっといろいろ回るつもりだったんだけど」
二人の言う通り、イリーナさんのお店でついついのんびりしてしまった。居心地が良かったんだよね。お茶まで出してもらっちゃったし。
まるで昔から通っていた喫茶店みたいで、気兼ねなく時間を過ごせる。
こんな気分になったのはいつぶりだろう。
一人で入れる喫茶店自体、あの街にはあまりなかったし、ファミレスで一人で時間を潰してる方が断然多かった。
友達と呼べる人たちとこんな時間を過ごせるなんてーー。
「どうかしたの? シオン。難しい顔して」
「えっ」
指摘されて慌てて顔を上げると、二人が首をかしげてわたしのほうを見ている。
――わたし、いま何を考えてた……?
頭を振って、苦笑を浮かべる。
「ううん、なんでもない。それより、学院の門限ってあるの?」
ごまかすつもりはなかったけど、話題を振ってみる。
街灯はあるみたいだけど、リドリスの街と同じく、日が落ちればこの辺りも真っ暗になるのだろう。
しかし、二人はキョトンとした顔でわたしを見た。
「ないと思うよ? 気にしたことないし」
「そうね、翌日の講義に間に合えば文句は言われないんじゃないかしら」
「えっ、そうなの?」
「でもね、店の方が閉めちゃうところが多いんだよね」
もしかしてまだ他のお店を見てまわれる? と期待しかけたわたしは、ジェイドの言葉に落胆を隠せなかった。
「少し離れたあたりに飲食店が固まってるの、知ってる?」
言われて、ここにやって来た初日に見た光景を思い出す。
「あの辺りは学院の人も王宮の人もよく使うんだよね」
「そうなんだ」
「だからよく揉め事になってね。……とばっちりを食らうことも多かったから」
とばっちり? 揉め事?
首をひねっていると、リリーが口を挟んだ。
「ジェイド、それじゃ全然わからないわよ。あのね、シオン。学院を卒業した魔術師が一番なりたがる職業って何かわかる?」
「えっと……」
身近にいる魔術師を思い浮かべる。
ガルフにしろウルクにしろ、優秀な卒業生なんだろうなと思っている。となると。
「魔術騎士団……?」
「惜しい。それも花形職業ではあるけど」
「王宮付きの魔術師として雇用されること、よ」
「ああ、なるほど」
言われてみればそうだよね。ここは王立の魔法学院だし、王宮お抱えになるのは名誉なことでもあるよね。
「だからね、世俗に戻りたがる魔術師の筆頭が彼ら、王宮の魔術師たちなのよ」
前を歩きながら、リリーが解説をくれる。
「その次が騎士団ね。続いて、貴族のお抱え魔術師」
へえ、そんなところにも序列ってあるんだ。
「じゃあ、学院に残っている魔術師はなんでしょう?」
くるりと後ろを振り向いたリリーは、後ろ歩きしながらニコッと笑いかけてくる。
さっき、リリーは『世俗の魔術師』と言っていた。それにここにはマスタークラスの魔術師たちがいっぱいいるとも聞いている。
これって、大学で言うところのマスターとかドクターとかとおなじなのかな、もしかして。
「魔術の研究者……?」
「うん、だいたい正解」
くるりと前に向き直って、リリーは続ける。
「いろいろな人が魔術の研究に明け暮れてる。それがここの実態と言ってもいいと思うの。ほら、移動魔法とかいろいろな新しい魔法を編み出して、学院内で実験的に使ってるでしょ? 実用になるまで繰り返し実験と改良を行ってるのよ」
そういえば、空間魔法のエキスパートが居るんだっけ。
「でもさ、最近はトップ卒業しても王宮の魔術師の空きがなくて、他に回されることが多いんだってさ」
ジェイドが面白くなさそうに呟く。
そういうのも聞いたことがある。
「だから、わざと卒業せずに研究職や教職として残る人も多いんだ」
「で、城下の店で鉢合わせた王宮付きの魔術師にからかわれて、魔術合戦になったりしてね」
「うわ……」
学院のトップクラスと、王宮付きの魔術師が喧嘩で魔法合戦?
しかも城下でって、とんでもないことになるに違いない。
「だから、飲食店の多くは学生街のはずれにまとめてあるんだよね。あの辺りは魔法無効化の結界が張ってあるから」
「そこまで……?」
「うん、そこまでしないと人死にが出るからね。彼らが本気になると店が吹っ飛ぶのなんてザラだから」
王宮付きになるほどの実力者揃いってことだものね、すごいことになるんだろうなあ……。
「だから、日が落ちたらみんな店を閉めるんだ。飲食店以外はそんな措置、されてないからさ」
それはそうだろう。鉢合わせしただけで店が壊れるなんて嫌だろうし。
「あ、でも本屋と文房具屋だけは例外」
「例外?」
「そう。論文書いてる時にインクがなくなるとかよくあるし、文献探して本屋に行くのは仕事帰りが多いからとかで、その二つだけは遅くまで開いてるわ。もちろん、魔法無効化の結界が張ってあるわ」
「じゃ、そこに行かないか? シオンも場所を覚えておけば、必要になった時にいつでも行けるだろうし」
今のところは、ノートもペンもウルクが準備してくれたものを使っている。
でも、文房具は買わなくても見るだけで楽しい。こっちの文房具がどんな感じなのかも見てみたかった。
「うん、行きたい。お願いしていい?」
「もちろん! そのつもりだよ」
にっこり笑う二人に、わたしも笑みを返した。




