56.初めてのお買い物記念日 1
三週間開いちゃいました。ごめんなさい~
「シオン、大丈夫だった?」
「あざになってない?」
門をくぐり抜けたところで、二人が駆け寄ってきた。ローブの袖をめくって隊長に掴まれた二の腕を確認する。まだあざにはなってないけど、結構痛い。
「横暴な兵士よねえ」
「うん、でも誤解解けたし、謝ってもらったから」
「シオンは優しすぎるよ」
ローブを元に戻して顔を上げると、ジェイドは顔をしかめてわたしの方を見ていた。
「彼らはそれが仕事だもの、仕方ないわよ」
リリーのとりなしに、ジェイドは矛を収めてくれたみたい。
「さ、行きましょ。先にざっと見て回る? それともお茶してから回る?」
「いつもはどんな感じなの?」
二人が歩く後ろをついていきながら、周りをきょろきょろと見回す。
「そうだなー、目的地が決まってれば一直線だけど、今日はシオンが初めてだし、店の案内しながら回ろうか?」
「ええっ、この時間から全部回るのは無理よ?」
ジェイドの提案にリリーが渋い顔をした。確かにもう夕方だし、ぶらぶら歩いている間に日が落ちそうだ。夜に出歩いても大丈夫なんだろうか。
「そっか、じゃあ今回はシオンの初めてのお買い物記念っていうことでお茶して、イリーナのクッキー買って、本屋と文房具屋回って帰ろうか。それでいい?」
くるりとわたしの方をジェイドが振り向く。バレエのようにくるりと片足で回って見せたから、わたしは思わず笑いながら頷いた。
「お任せします」
「ねえ、ジェイド。イリーナのお店に先に行かない? この時間だとお茶していった時には売り切れちゃうわ」
「あ、そっか。じゃあイリーナの店が先だね。こっち。いい匂いがするからすぐわかるよ」
ジェイドはそういうと通りを突っ切って歩き出した。
「イリーナのクッキーってお茶会の時のクッキーよね?」
「ええ、そうよ。まあ、他にもケーキ専門店とかあるけど、寮に持って帰ってお茶する時には焼き菓子がちょうどいいのよね」
「ケーキ?」
こっちに落っこちてから一度も口にしてない気がする。生クリームたっぷりのスポンジケーキ。チーズタルト。ミルフィーユ。甘いもので元の世界を思い出すなんて。
それに、こっちの『ケーキ』が同じものだとは限らないし。
「もしかしてシオン、食べたことない?」
「たぶん……」
「じゃあ、お茶の時に食べない? ちゃんと魔獣OKのお店もあるし」
「いいわね、マダムローザのケーキショップね」
「シオンは問題ない?」
「えっと、たぶん」
そういえば買い物だからと思ってお財布持ってきたけど、足りるかなあ。日用品とかはリドリスでお買い物してたから大体わかるんだけど、ケーキとかって嗜好品だよね。
思ったより高かったらどうしよう。
「もしかして所持金気にしてる?」
くるりとジェイドが振り向いて、後ろ向きに歩き始めた。
「あっと、うん。……王都って物価が高いって聞いたから」
「大丈夫。今日はあたしとリリーがおごるから」
「えっ、そういうわけにはいかないよ。ちゃんと払うから」
慌てて手を振ると、リリーも振り向いてにっこり微笑んだ。
「シオンの初めてのお買い物記念なんだから、お祝いよ。気にしないで」
二人の嬉しそうな顔に、結局根負けしておごってもらうことになった。今度お買い物に出るときにはお返ししよう。
しばらく歩いているとじきに香ばしいバターの香りが漂ってきた。頭上でクロがもぞりと動く。しっぽがぴたんぴたん背中に打ち付けられてる。
あれ……? どうしたんだろう。こういうしっぽの動きの時って、不快な時、だったよね。
「あ、この匂い」
「いい匂いでしょ?」
「あ、うん」
引っ張られるようにお店めがけて歩きながら、手を上げてクロの頭を撫でる。いつもならぐるぐる喉を鳴らしてくれるはずなのに、やっぱり反応がない。むしろ喉の奥で唸ってる?
「クロ? どうしたの?」
びたんびたん。
なんとなく、警戒しろって言われてる気がする。こっそりジャックが護衛してくれてるって思ってたから、あまり周りに気を回してなかった。
「シオン?」
呼ばれて顔を上げれば、二人は少し先まで歩いていて、わたしは足を止めていた。
「ちょっと待って」
周りの気配を探る。でも特に何かを見つけることはできなかった。そのうちクロは唸るのをやめ、ぐるぐる喉を鳴らし始めた。
「クロ、もう大丈夫なの?」
クロは答えない。ただ、頭の上にぽすんと顎を乗っけられたのがわかった。いつものポジションに戻ったみたい。
そっと手を伸ばしても引っかかれたりしなかった。なでまくったあと、わたしは二人のところまで小走りで走る。
「ごめん」
「いや、いいけど急に立ち止まったから、めまいとかあったのかと思った。――入口はこっちね」
ジェイドはイリーナのクッキーの店、と書かれた木の扉を手前に引き開けた。
途端にぶわっとバターと小麦粉の香り――マドレーヌの焼きたての香りが全身を包む。
「うわ、すっごい香り」
「でしょう? この香りがたまらないのよね」
リリーも目を輝かせて店先にぶら下げられたメニューを見る。
マドレーヌ、クッキー。スコーンにクレープ。あ、マカロンもある。
「ほら、二人とも早く」
戸口を開けたままにしたジェイドに急かされて、わたしはリリーと顔を合わせてひとしきり笑うと、店の中に足を踏み入れた。




