55.門番さん、通してください
門番と隊長とのやり取り部分を手直ししています。
「シオン!」
クロを頭に乗せて中庭に行くと、ジェイドがわたしに気が付いて声をかけてくれた。すぐ後ろにはリリーがいて……なぜかピートを撫でている。
「お待たせしました」
二人のところまで行く前に、ピートがリリーのそばを離れてわたしのところに来た。
「ピート、お久しぶり」
ぐるる、と喉を鳴らしながらわたしにすり寄ってくる。頭を撫でようと手を出すと、ぺろりと指先をなめられた。
「あれ、知ってる子なの?」
鞄をかついで寄ってきたジェイドが真似て手を出そうとしたら、ピートが唸り声を上げた。うわ、威嚇するのを見るのは初めてだ。
「うん、ウルク先生のパートナー」
「あら、そうでしたの」
リリーが追い付いてきて、ピートの体を撫でる。あれ、彼女には怒らないんだ。
「ちぇっ、やっぱりリリーにはなつくのな」
「そんなに悔しがらないでよ」
やっぱりって、何か理由があるのかな。
そういえば、前に魔族の血を引いてるとかって言ってた。冗談だって言われたけど、どっちが本当なんだろう。
そんなことを思いながらピートの鼻づらに手を伸ばしたところで、頭の上に乗っていたクロが唸りながらわたしの手を伝ってピートの鼻に猫パンチを食らわせた。
「クロっ、だめって」
慌ててクロを抱き込んで引き離したが、ピートは泡を食って飛び上がり、中庭の奥へと逃げた。驚いてへたりこんだリリーは目を白黒させている。
「今の、何があったの?」
「ごめんなさい、クロとピート、あんまり仲良くないみたい。前にも顔を合わせた途端に猫パンチしちゃって……」
そう、少しだけ忘れてた。あれは初めてピートとヴィルクに引き合わせた時のこと。同じ猫科だし、気が合うんじゃないかと思ってたんだけど。
ジェイドに手を借りて立ち上がったリリーはまだ青い顔をしていたけど、少しだけ微笑んでくれた。
「そう。それなら仕方がないけど、魔獣同士の顔合わせは気をつけなきゃ危ないわよ。あの子はずいぶんと人懐こいから大丈夫だと思うけど、主以外に見向きもしないタイプだと、他の人間や魔獣に対して配慮しないから」
「そうなの?」
ジャックから魔獣の知識は叩き込まれているけれど、そういう性質の話は聞いたことがない。
リリーは口元を引き締めて頷いた。
「ええ。まあ普通は自分が契約した魔獣のことしか知らないし、知らなくてもいいって言われてるから、あんまり知らないことなんだけどね」
リリーの口調からすると、リリーは魔獣についてよく知ってるってことだよね。
じっとリリーを見つめていると、ジェイドが横から口を出した。
「ごめんな。リリーの家って特殊でさ。魔獣を何体も使役してるんだ」
「何体も?」
驚いて目を見開くと、リリーはいつものふんわりとした微笑みを浮かべた。
「そういう血筋なんだって。今時珍しいって言われているけど、昔は魔獣討伐の際には必ず我が家の人間が付き従うほど」
「ええ? どうして?」
「そりゃーあれだろ。……魔獣を従える能力がある人物がいれば、討伐は楽だし。魔石も取り放題だろ?」
ジェイドの補足に、リリーは眉根を寄せている。
「昔の話よ」
「そうでもないだろ? ユーティルムが滅亡して、魔石の採掘が止まった今、また魔石狙いの魔獣討伐が始まるって聞いたよ」
「えっ」
ユーティルム、の一言で奥歯をかみしめたわたしは、続く言葉に目を見開いた。
「ええ。……またスカウトが来てるそうよ。ジェイド、もうその話はおしまいにして。今日はシオンと一緒にお買い物を楽しむんだから」
そう告げたリリーの目は、暗くよどんでいた。
◇◇◇◇
気まずい思いをしながらも、学院の玄関を一歩出ると、門まではあっという間だった。
ここをくぐってからどれぐらい経っただろう。あれから今まで一度もここに来たことがない。
門のそばに立つ衛兵に若干しり込みをしながら近づく。クロはといえば、頭上で安定の位置をキープしている。
「ここは入るときにも通ったろ?」
「うん」
「ここで外出許可証と身分証を見せるんだ」
簡単だろ、と言いながらジェイドが窓口に身分証と紙を手渡すと、門番は何かを手元の紙に書き付けたあと、二つを返して行けと身振りで示す。特に会話する必要もないらしい。
そのあとにリリーも同じように続いて、門をくぐる。
「次、どうぞ」
言われて、おずおずと先日事務局長さんからもらった許可証と身分証を渡すと、門番がいきなり後ろを振り向いた。
「すみません、隊長。この許可証、様式が違うんですけど」
「なんだよ、多少のことでは起こすなって言っただろ?」
「これなんですが」
隊長? 誰のことだろうとみていると、門番は窓口から見えない場所にいるらしき上司に声をかけているようだった。
仕方なさそうにのろのろとやってきた二人目の人がどうやら隊長さんらしい。大あくびをしながらわたしの出した許可証をのぞき込んでいるのが見える。雰囲気と髪型がジャックさんに似ている。
だが。
「は? 事務局長の特別許可証?」
ジャックさんに似た隊長はいきなり剣呑な目をこちらに向けたと思ったら、詰所の裏手の扉から飛び出してきた。
目を丸くして見ていた間に隊長の怖い顔が至近距離にあって、伸びてきた腕がわたしを掴む。
「痛っ」
「あんた、なんでこんなもん持ってんだ?」
頭の上でクロが威嚇するように唸ってる。それに気がついて、隊長はクロにも手を伸ばした。
「おまけに魔獣連れって、お前何モンだ?」
「やめてくださいっ、わ、わたしは学院に入ったばかりのっ」
前言撤回。どこもジャックさんになんか似てない。なんなのこの人。横暴。
「隊長、やばいですって。その魔獣、『証』がついてますって」
気が付けばもう一人の門番が傍にいて、クロを掴もうとした隊長の腕を引き離してくれた。
ついでにわたしも解放してくれた。強く握られた二の腕を反対の手で触ると結構痛い。
門の向こう側からジェイドとリリーの声が聞こえる。一度くぐってしまうと、中に入るにはまた門番を通さなければならない。
せっかくの外出許可証をそんなことで無駄にさせるわけにいかない。わたしは大丈夫、と引きつりながらも笑顔を浮かべ、手を振ってみせる。
「それに、身分証は確かなものです」
「じゃあ、なんで特別許可証なんてものを持ってる?」
門番の報告が不服なのだろう、隊長はわたしの方をにらみつける。その威圧感は半端ないけど、ここで下手なことを言うときっとお出かけそのものがなくなってしまう気がする。
楽しみにしていた初めての友達とのお出かけなのに。
わたしは腹に力をこめて声を押し出した。
「外出許可証の手続きを言ったら、誰もいなくて、困ってたら事務局長さんが出してくれたんです」
「はぁ? 学院の事務局長がルールを曲げるなんて天地がひっくり返ってもあり得ないよ。嘘をつくな」
「嘘じゃありません!」
なんでこんな大事になってるんだろう。時間内に外出許可証の申請をしなかったわたしが悪いのは確かだけど、どうして?
視界をひらひらと光る蝶が横切った。目で追うと、それは門番さんの耳元ではじけて消えた。
「事務局長に確認とれました。……これ、本物です」
門番の言葉にほっとため息をつく。ありがとう門番の人。今度名前を聞いて覚えておこう。
それにしても、事務局長は学院にいるのに、遠隔で確認ってできるんだ。メールみたいなものがあるんだ。そのうちウルクに教えてもらおう。
隊長はチッと舌打ちして、頭をかきながらわたしの方を向いた。
「いきなり拘束して悪かった」
そう言って頭を下げる隊長に、ちょっと目を丸くする。
こっちの世界に来てからの経験上、自分の非を認めて謝罪をしてくれる兵士や騎士は圧倒的に少なかった。
自分が子供の姿であり、この国では異端ともいえる姿であることは理解している。兵士も――いや、町の人たちでさえ自分を見下す言動をするのは当たり前なのだ、と悟っていた。
だから、乱暴を働かれたとはいえ、きちんと謝罪をしてくれた隊長を思わず見直してしまった。
おそらくこの人は任務に忠実なだけなのだ。そうと分かれば怖い相手ではなくなった。
「ここんとこ不法侵入者が相次いでてよ……」
「……そうですか」
そういえば入院のときにも不法侵入者がいたのを思い出し、見かけた場所をちらりと見る。当然ながら今は誰もいないが、あの時から状況は良くなっていないんだ。
「お前、その許可証は大事にしろ。無くすなよ」
「え?」
返された身分証と許可証を手に踵を返そうとしたら、隊長が後ろから声をかけてきた。
「事務局長の特別許可証は一度使い切りのもんじゃねえ。……しかもオールマイティと来てる。絶対無くすな。盗まれて悪意のある者にわたるぐらいならむしろ使い終わったら燃やした方がいい」
手元の許可証をじっとみつめる。確かに、特別許可証とはなっているが、何に対する許可なのかが一切書かれていない。しかも本人のサインと印璽付きだ。悪用しようとすれば、いくらでも悪用できる。
「……わかりました。戻ったら先生に返します」
「それがいい。じゃあ、気をつけてな」
今度こそ話は終わりらしい。隊長は再び詰所に戻って窓口から見えないところへ消え、わたしは頭を下げると友達の待つ外へと門を走り抜けた。




