54.そんなはず、ないよね。
後半、魔王にまつわる部分に加筆しました。
クロを迎えに行ったあとお昼をいただいて、教師用の女子寮に戻った。つい癖で前の自分の部屋に戻ろうとしたら、なぜか移動魔法がストップしてしまった。きっとあの部屋の周辺が立ち入り禁止なんだろうな。
部屋に戻ると、借りてきた本を机に置く。
こっちでは一人部屋なので、借りてきた本を置いたままにしても大丈夫だとウルクに言われた。
もしかなうなら、このままこっちでもいいかもしれない、と思ってしまう。
相部屋と聞いて少しだけ期待したのを完全に裏切られたせいだろう。昔とは違うんだと思いたかったけれど、この世界のほうが区別や差別ははっきりあって、酷い。
それが当たり前の世界だから。
ブランシュであった自分はそれを知っていて、当然だと思っている。でもわたしは――シオンであるわたしは受け入れられない。
同室だった彼女――テイルノールはまだ見つかっていない。敷地内から出ていないのであれば、いずれお腹を空かして姿を現すのではないかとも思ったけれど、今のところ目撃情報はないらしい。
だから、気を抜けない。
あれをやったのが彼女だとして、あの護符も彼女が仕掛けたものだとして、一体何をしたかったのだろう。
アリアに憧れ、そっくりの姿にまでなって。
「わかんないや……」
本を手にベッドに座ると、すかさずクロが横に乗ってきた。
大きくなって重たくなったなー。わたしの薄い胸の上に乗られると、ちょっと息ができない。
「クロ、息できない」
ニャー、と悲しげに鳴いて、しぶしぶわたしのおなかに乗ろうとする。食べてすぐそんな重量物が乗っかったら出ちゃうよっ。
「そこもだめ。体の上に乗るのは禁止」
そう言って起き上がってから枕元に降ろすと、猛抗議された。……そんな気がするくらい、ニャアニャア言いまくってた。
「だって、クロおっきくなっちゃったし、重いし……」
そう告げた途端、クロの姿が一回り小さくなった。
「え……?」
さっきまでは長毛種の――そう、メインクーンとかのでっかくなるタイプの猫だったはずなのに、今目の前にちょこんと座ってるのは、拾ったときと同じく六か月未満のサイズのクロ。
「クロ……サイズ、自分で変えられるの……?」
ニャ、と胸を張るクロに、わたしは驚いて起き上がった。正座した膝の上にクロが乗ってくる。いつもの、見慣れたサイズ、重さ。
「もしかして、わたしが重たいって言ったから?」
その通り、と言わんばかりにニャアと鳴き、わたしの手を舐める。魔獣だとは知ってたけれど、やっぱり見た目通りの魔獣じゃないのかもしれない。
「ねえ、もしかしてもっと大きくもなれる?」
もしかして、ピートぐらい大きくなって、上に乗れたりする?
そう期待を込めてクロを見るが、途端に耳をぺたりと伏せて尻尾を振り始めた。
「そこまでは無理なんだ。さっきの大きいサイズが最大?」
ニャ!
なるほど。じゃあお出かけの時はこのちっさいサイズがいいよね。
「じゃあ、午後からお買い物行くときもそのサイズで来る?」
途端にクロは立ち上がるとするすると腕を伝って肩に上り、いつものように両手を頭の上に乗せ、その上に頭をくっつけた猫頭巾スタイルになった。
「うん、じゃあ今日はこれで行こう。迷子になったらだめだからね」
クロはすたっとベッドの上に飛び降りると、任せとけ、と言わんばかりに胸を張った。その姿があまりにかわいらしくて、やっぱりなでなでしてしまう。
昔から大きい猫は好きだった。子猫よりも意思疎通できてるような気がしたから。
でも、クロはどっちも好きだ。ちっさなクロも、大きくなったクロも。
ひとしきり撫でたら満足したらしくて、クロは甘えるような声を出した。わたしがベッドに横になると、さっそく胸の上に乗ってきて香箱を組んだ。
このポジションも、肩に乗ったときのポジションも、きっとクロの特等席なんだよね。
胸の上で毛づくろいを始めるクロを時折指で構いながら、わたしは本を読み始めた。
◇◇◇◇
「はぁぁ……」
本を閉じて、わたしはため息をついた。
思わず表紙で筆者の名前を探してしまう。
前書きに、どこぞの国に残っている魔王と勇者の恋物語伝説をベースにしたフィクションだと書かれていた。
どちらを先に読んでも構わないよねと思った自分を少しだけ悔やんだ。
もとになっている恋物語の伝説を先に読むべきだった。そうすれば、伝わっている伝説と、ここに描かれている物語がどれほど違うのかが一発でわかっただろうから。
でも仕方がない。途中まで読んで読みやめることなんてできなかったのだ。
物語は魔王の視点で書かれていた。
人間が書き残した伝説なのに、魔王の視点なのは面白かった。誰か魔王に取材に行ったのかな。
魔王が魔王になった成り立ち、それから人間界との確執。
魔王が立った時、とある国では召喚の儀式を始めた。
その国には伝説があった。
魔王が現れた時、宮殿の花の間と呼ばれる部屋が開く。そこは召喚の間ともいわれ、魔王に捧げる生贄を召喚するためのものだった。
当時の王は若く、国を平定したばかりだった。これ以上魔王と対立することはできず、仕方なく召喚された異世界の娘に、王は一目ぼれした。
花嫁を迎えに来た魔王と王は対立する。
魔王と王は花嫁にどちらを選ぶかを決めさせる。
生贄は自分が呼ばれた理由を知り、王のために魔王に嫁ぐことを選んだ。
魔王は花嫁に永遠の愛を誓い、己の心臓さえ捧げる。
だが、ふとした拍子に魔王の愛を失ったと思い込んでしまった花嫁は、裏切られたと思って自刃する。預かっていた魔王の心臓を道連れにして。
魔王が倒れたと聞き、花嫁を迎えに行った王は、最愛の人の死に狂い、魔族を憎むようになった。
以来、人は魔王を憎み、魔王を攻撃するようになったのだという。
口からはため息ばかりこぼれる。
彼女が選んだのはどっちだったのか。伝説だとどうなんだろう。それを踏まえて読むべきだったのに。
帰ってきたら、もう一冊を読もう。
それに、この話では勇者という言葉が一度も出てこない。
なのに、タイトルは『魔王と勇者の恋物語』、なのだ。おかしくない? それともこれ、自動翻訳機能が間違って翻訳してるのかな。
召喚されるのは魔王に捧げる生贄だ。
だが、魔王は花嫁を迎えに来たとはっきり言っている。
もしかしたら生贄であると言いたくないからあえて『勇者』と呼んでいたのかもしれない。他の国では勇者と呼び、魔王討伐に向かわせている。それに合わせた形なのかもしれない。
そこまで考えて、少し冷静になった。悲恋の物語にぼろぼろ泣いてたのもだいぶ落ち着いてきた。
ここに書かれているのがもし、本当に伝説をベースにしたものであったなら。
わたしは……何なの?
勇者だと言われた。だから勇者だと思ってた。
でも。
もしかしたらそうじゃないの……?
花嫁だったり生贄だったり……。
生贄っていうと頭から食われちゃうイメージだけど、魔王に捧げられるモノと考えれば、花嫁も生贄だよね。
としたら。
……わたしは、魔王を倒す勇者じゃあ、ないの……?
花嫁、の単語にぽん、と頭に血が上った。顔が熱い。頭もグラグラする。
だが次の瞬間、魔王のあの圧倒的なまでの恐怖を思い出して、血の気が引く。
あの魔王の花嫁だなんて、思いたくない。ううん、花嫁じゃない、きっと生贄だ。文字通りの。
でも、それならなんでわたしにはこんなに魔力があるの? 魔王に捧げる生贄だからなの?
だめだ、考えがまとまらない。
両手で顔を覆う。
都合よく考えちゃダメ。期待しちゃダメ。
これは単なるフィクションだから。子供に読み聞かせる程度の読み物で、ベースにしたって言っても、本当のことは書かれてないかもしれないじゃない。
もう一冊を読んでからでないと、安直な結論を出しちゃダメ。
「……そんなこと、あるはずないよ」
洗面台まで行って顔を洗う。鏡には眼のふちを赤くしたわたしが映っている。
彼が――クロードが魔王であるはずない。あんな魂を削られるほどの恐怖を……彼が放つなんて思えない。
いつもわたしを白姫と呼び、甘やかすように触れてくるあの人が……。
でももしそうなら。……魔王と勇者なら……。
そこまで考えて、首を振った。
そうだよ、そんな都合のいいこと、あるわけない。
うん、面白い読み物だった。出来のいいネット小説だと思えばいい。
タオルで顔を拭いて、カバンを持ち上げる。今日は本も着替えもを持ち歩かなくていいから、ずいぶん軽い。
時計を見れば、そろそろ頃合いだ。
「クロ」
ニャ、と短く答えてクロが肩に乗ってくる。
忘れておこう。これから友達とお買い物に行くんだから。
ふるふると頭を振ると、わたしは部屋の扉を開けた。




