53.図書館に来ました リベンジ
図書館に向かうわたしの足は重い。
せっかくリファレンスのお姉さんが選んでくれた本を、わたしの不注意で読む前に灰にされてしまったのだ、気も重くなる。
部屋自体の閉鎖はまだ続いているらしい。わたしとウルクが図書館に来ている間、ガルフがアリアと一緒に部屋の調査をしているのだと聞いた。
ジャックはと聞けば、午後からのお出かけの準備に出かけているらしい。
お出かけの準備ってなんだろう。
ジェイドたちには護衛が付いてるなんてことは言えない。途中で遭遇した時に声をかけていいかと確認したけれど、微妙な顔で明確な答えはもらえなかった。
ウルクもジャックも制服を着ているから学院内では先生だとわかるだろう。でもガルフと違ってほかの学生との接点がない。遭遇して声かけても、ジェイドたちに先生だと紹介していいのかどうか。個人レッスンを受けていると言っていいのかどうか。
そこを聞きたかったのだけれど、やはり微妙な顔をする。だから、外で会ってもよほどのことがなければ知らんぷりしておくつもり。なにより、ジャックが制服で着いてくるとは限らないのよね。騎士服だったらなおのこと声はかけづらい。
それにまあ、クロも一緒だし。
昨日少し大きくなったから、肩に乗せるのはちょっと無理。肩乗りクロを見せたかったんだけど、まあ仕方ないね。
そんなことをつらつらと考えているうちに、図書館に足を踏み入れていた。
「ごめんなさいっ」
ウルクに連れられて、あの燃やされてしまった本の燃えがらをリファレンスのお姉さんに差し出す。
今朝、アリアさんから渡されたものだ。
昨日お世話になったリファレンスのお姉さんは、ウルクからの説明を聞いたうえでにっこり微笑んだ。
「気にしないでください。すぐ復元できますから」
「復元……?」
「ええ。ちょっとお待ちくださいね」
リファレンスのお姉さんは、わたしが昨日借りた本の題名を確認すると、燃えさしを手にわたしを手招きした。
「え……?」
怒った風でもなく、普通ににこっと笑うお姉さんにびっくりしてウルクを見上げると、ぱんと背中を叩かれた。
「めったに見られないんだ、見せてもらって来い」
「は、はい」
何を見せてもらうのかわからないままうなずいて、お姉さんのところまで駆け寄ると、燃えさしが広いテーブルの上に置かれていた。それと、メモ書き。私が借りた本の題名だ。
「図書館の本ってよく壊されるのよ。焼かれたり破かれたり落書きされたり。だから、貸し出すときに原本から複製をつくるの。――少し離れていてね」
テーブルに乗せていた手を外して一歩下がると、お姉さんが呪文を唱えたのが聞こえた。両手いっぱいぐらいの幅のテーブルの四隅に赤い魔石が光っている。そこから赤い光がほとばしり、テーブルいっぱいに魔法陣が描かれた。完成した魔法陣にお姉さんが手を載せると、置いたままだった燃えさしの本がまるで時を巻き戻すように元の姿を取り戻していく。黒く焼け焦げた表紙は元のとおりベルベッドの色を取り戻し、欠損して減っていた厚みが戻り、美しい装飾文字が金色で書き戻されていく。
一冊が完全に出来上がると、隣に残る一冊の姿が浮かび上がった。こちらも傷一つない状態でテーブルの上に置かれると、魔法陣は光を失った。
お姉さんは本を取り上げて積み重ねると、わたしのほうに差し出してきた。
「はい、お待たせしました。もしまた何かあったら遠慮せずに来てね」
「あ、ありがとうございます」
本を受け取って腕の中に抱きしめる。複製され復元された二冊の本は、書きあがったばかりのように新鮮なインクのにおいがした。
図書館の外に出ると、入り口でウルクが待っていた。カウンターから出たところにいなかったから、図書館をぐるりとヒトめぐりしたのは内緒にしとこう。
腕に抱えた本とわたしを見て、ぽんぽんと頭を撫でられる。
「面白かったろ?」
「はい!」
「復元はもちろん、複製も簡単にできる魔法じゃないし、めったに見せてくれないんだ。燃えさしがあったほうは復元で済んだんだろうけど、完全に燃えちゃってたほうは複製で新しく作ったんだろうな」
「貸し出すときに複製をつくってるって言ってました」
「紛失するのもいるし、もっていったまま返さないやつもいるからね。まあ、学院から持ち出せないようになってるから、問題はないと思うけど」
本が少ないからできていることなのかもしれない。複製で好きなだけコピーできるんなら、原本が一冊あればいいわけだし、誰かが借りてるからと戻ってくるのを待たなくてもいい。合理的。
図書館はよく利用したけど、人気のある作品はたいてい歯抜けに借りられてて、一気読みとかできなかったな。大好きな作品も、最新刊は予約が二十人とか入ってたし……。
あの話の続き、どうなったんだろう、と考えたところで眉根を寄せた。
考えちゃだめだ。……今は、忘れる。わたしはシオン。
「それにしても、渋い本を借りてるわね。魔王と勇者?」
ウルクの声にはっと気を取り直すと、ウルクは私の手から白い表紙のほうを取り上げた。
「魔王と勇者の各国に残る逸話と伝承から探る真実――ちょっと、シオン渋すぎじゃない? こんなの興味あるの?」
「えっと、はい。前に……国ごとに伝わる話が違うって聞いて、面白そうだなって」
「ふぅん、それにこっちは……あら」
もう一冊も取り上げられた。分厚いビロードの表紙のそれを見た途端、ウルクはくすくす笑い出し、わたしの顔を面白そうに見た。えっと、そんなに面白い内容だったっけ。
「なぁにこれ? 魔王と勇者の恋物語って、今時子供の寝物語でも読まないわよ?」
「あのっ……その、友達が……」
きっとわたしは真っ赤な顔をしていたに違いない。うん、顔が熱かった自覚があったから。ジェイドとリリーに聞いた話を口にしたところで、ウルクは小さくうなずいた。
「そうね、魔族と人の間に子は産まれないわ。ただ、魔王と勇者の恋物語は事実だという研究者と作り話だという研究者がやっぱりいてね、長く論じ続けれられて来たけどまだ結論は出てないの。なにせ、最後に勇者を召喚したのが五百年前だもの、当時を知る人は誰も生きてないし」
「そう、なんですか」
五百年前。ブランシュだったわたしを守るために召喚された勇者のその後について、書き残されているだろうか。
すでに歴史になってしまったことに後悔してもしかたがないのはわかっている。でも、胸の奥がつきんと痛んだ。




