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異世界猫と転生姫  作者: と〜や
魔術学院編

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48.三人と一匹

「嘘……」


 部屋にはだれもいなかった。クロも、ルームメイトのテイルノールという女の子も。

 あれほど気を付けるように言われていたのに。

 のろのろと足を進めて割れたクロの皿とお弁当箱を拾い上げる。

 荷物の管理魔法はまだ教えてもらっていない。わたしがいつも身に着けている身分証のように、物の所有権を書き込むだけで済むなら簡単だけど、簡単だがゆえに簡単に上書きされてしまう。

 物を把握して他者による上書きをさせないための魔法にたどり着くまでは、まだまだかかる。

 でも。

 今回壊されたのはすべて、わたしのものじゃない。

 お皿とお弁当箱は食堂から持ってきたもの。

 そして……図書館の本は、それこそこの学院のものだ。

 わたしが魔法を使えないせいじゃない。


 ――大事なものを放置したせいだ。


 明日の約束も大事だった。でも、すべてをそのままに飛び出していい理由にはならない。

 二人には頭を下げて次の約束をすればよかった。

 壊れたものは返らない。


「どうしてっ」


 この部屋に入れるのはわたしとテイルノール、生徒代表のアリア以外は先生方だけのはずだ。

 クロがこんなことをすることはないし、する必要もない。

 ばたばたと足音がして、扉が開いた。

 振り向くよりも早くニャアッといつもより切羽詰まった声のクロがとびかかってくる。


「クロ……」

「シオン、大丈夫?」


 顔を上げると、戸口にウルクとアリアが二人揃って立っていた。


「クロが血相変えて呼びに来たのよ。びっくりしたわ」

「シオン、そのまま少し動かないでください」


 ウルクが一歩踏み出そうとするのを手で制して、アリアは視線をあちこちに走らせながら事務的に言う。

 何かがあるのだ、とわたしも気が付いて小さくうなずくとつばを飲み込んだ。

 アリアの口がかすかに動いているのが見える。

 ふわり、と甘い香りがした。花の匂いではなくお砂糖とバターの匂い。

 もしかしたら今日はお料理クラブの日だったのだろうか。

 身動きできない頭でそんなことを考えていたら目の前が白く光った。

 慌てて閉じた目の裏には二人の姿がばっちり焼き付いている。


「ごめんなさい、目を閉じてというのを忘れてたわ。もう動いてもいいわよ」


 目を閉じたまま手を動かす。

 さっきから手に頭をこすりつけているのはクロだろう。そっと抱き上げるとニャアニャア言いながら縋り付いてくる。

 それから何度か目を瞬かせた。焼き付いた人の影が視界を覆ってて見づらいのだけれど、なんとか手元の様子を見ることができた。

 そこにはやはり割れたままのお皿と、お弁当箱と、本の燃え殻がある。


「現状保存の魔法をかけたから、この部屋のものには何一つ触れません。シオン、動けるようになったら戸口まで出てきてくれる?」

「は、はい」


 現状保存の魔法。確か空間魔法の一つだ。さらに時を止める魔法まで使っているのだとしたらアリアはマスタークラスの魔術師だということになる。

 なんでまだ生徒なんだろう。飛び級とかってシステムはないのだろうか。

 そんなことを考えながらもなんとか戸口までたどり着くと、アリアは扉を閉めて鍵をかけた。


「今日はこの部屋には帰れないわ。荷物も一切持ち出せないから、別の部屋を準備します」

「えっ」


 そんなに大事なの? これって。

 状況がよく呑み込めない。助けを求めてウルクを見上げたが、彼女も小さくうなずくだけだ。


「職員用の寮なら部屋が空いているはずだ。それかあたしの部屋でも構わないけど。どうする?」

「えっ……あの、いったいどういうことなんですか?」

「とりあえず移動しましょう。……ここはギャラリーが多すぎるわ」


 珍しくアリアが眉間にしわを寄せてちらりと周囲に視線を走らせた。

 わたしもそれにつられてようやく周囲の状態がどうなっているのかがわかった。

 廊下を塞ぐように制服姿の女の子たちが立っている。


「わかりました」


 アリアに先導され、後ろはウルクに守られた状態で、わたしは三階の廊下を階段まで歩くことになった。

 両サイドには女の子たちが並んでいる。 アリアを見て微笑みかけたり、わたしに剣呑な視線を送ったり、好奇の視線がほとんどだ。

 悪いことをしたわけでも何でもないのに連行される気分になって、背中を丸める。

 周りからは、新人が何かやらかした的なあけすけなささやきも飛び込んでくる。

 腕に抱いたクロをぎゅっと抱きしめると、ぺろりとほっぺたを舐められた。


「背筋を伸ばして、シオン」


 後ろから声が飛んでくる。ちらりと振り向くと、ウルクはにっこり微笑んでウインクをくれた。


「でなきゃ本当に犯人みたいに見えるからさ」

「は、はい」


 おなかに力を入れて、胸を張って背筋をピンと伸ばす。

 居心地が悪くなったのか、クロはわたしの腕の中から抜け出すと肩によじ登り、頭に両手をのっけた。


「そうそう。いつものようにね」


 くすくすとウルクの笑う声が聞こえる。

 三人と一匹の行進は、寮を出るまで続いた。

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