46.図書館に来ました2
豪華な装丁の分厚い本をめくる。ちらりと横を見れば、似たような本が山と積んである。
これがすべて魔族に関する総説本だとリファレンスのお姉さんは言っていた。閲覧室の向かいの机にはジャックがやはり山のように本を積んで読み漁っている。
どれも閉架書庫から持ってきてもらったものだ。閲覧は可能だが貸出不可、複写不可の本ばかり。
あの開架図書以外に膨大な閉架書庫があるのだという。わたし一人では到底目的の本にはたどり着けなかっただろう。
集めてもらった本を片っ端から読む。
こういう時に言語チートは便利だと実感する。リファレンスのお姉さんが読める? と確認しながら置いていった本の中には、はすでに使われなくなって久しい神聖語や古代言語で書かれたものもある。
山と積んだ本のほとんどは、ジャックが講義で語ってくれた内容やリドリス領主の館で受けた講義の内容とほぼ同じものだったから、どんどん脇に置いていく。
古い言語で書かれた本には、比較的新しい本に書かれていないことがあった。
『魔獣は人語を解さない』
そうなの?
確か、契約の儀式は知能の高い魔獣に使うものだって聞いた。ドラゴンなどは人語も解すし、人並み以上の知能を持っている。ドラゴンは魔獣の範疇じゃないのかな。
知能の高くない魔獣には隷属魔法や隷属の首輪を用いる。でも、知能が高くないといったって人間の言ってることはなんとなくわかってるように思うんだよね。
アンヌの店に来ていたお客には、比較的小さめの魔獣を連れた騎士もいた。契約の儀式ができないから隷属の首輪をつけて。
でも、彼らもやっちゃいけないことはわきまえてたし、怒られたり褒められたりしたら表情が変わる。
これはクロも一緒だし、そもそも魔獣でなくても一緒だよね?
本物の猫だって、怒られればわかるし、褒めれば喜ぶ。犬もそうだし、馬とかもそうだっていうよね。言葉を正確に理解してるかどうかはわからないけど。
だから、この一文は後世の文献からは削除されたんだ。たぶんそうに違いない。
『魔獣や魔族は身の内に魔石を有し、共食いによって魔石の奪い合いをする』
魔族や魔獣を討伐することで魔石を得られるのはこの世界の常識だ。死に瀕した仲間を見つけた場合、魔石を奪おうとするのも常識になっている。
ただそれは、共食いではない。
魔石を抜くだけだ。
だから、この記述も削除されたんだろう。
魔獣は魔石を取り入れることで、より強い力を得られるという。強くなるに従って魔獣は進化を遂げる。
魔獣を倒して得られる魔石の大きさと純度は、その魔力や魔獣としての級数に応じると言われている。魔族であれば純度の高い魔石が落ちるとか。
クロが大きくなったのは、わたしの魔力を吸収したからだと思っている。
魔獣は強くなり、進化することで知能も高められるんだろうか。クロも、ピートのようになるの?
クロはクロだから、今のままでいてほしいと思うけれど、意思疎通できるほど知能がつくのならそれもいいな。
クロが話せるようになったら、何を話してくれるんだろう。聞いてみたい気もする。
『魔獣は進化しても魔族にならない』
これが削除されたのはわかる。魔獣が膨大な量の魔力を得て進化することで魔族になるというのが現在の定説だからだ。
でも、クロを癒してくれた人がクロであるはずがない。……あれが夢でないとすれば、だけど。
ため息をつくとわたしは本を閉じ、頭を振った。
ウルクもジャックも、ガルフも何にも言わない。だから、夢のはず。
すべての本を脇に積み上げると、体を伸ばした。ずっと前かがみで本にかじりついていたから、肩や背中がばきばきだ。
顔を上げるとジャックはまだ本の山にうずもれている。ジャックが借りた本はもう少し専門的らしい。
司書の人を呼んで本を返却すると、リファレンスに向かった。
「魔王と勇者の本、ですか?」
リファレンスのお姉さんはあからさまに困惑した表情を浮かべた。薄茶色の長い髪の毛をさらりと流していて、とても大人っぽい。
「伝説みたいなものとか、物語とか、なんでもいいんです」
「なんでもと言われましても……おとぎ話から研究論文までいろいろありますから、すべてを取り寄せると膨大な数になりますよ?」
ちなみにどのくらい、と聞いたら一万は超えるだろうと言われた。さすがにそれは読み切れない。
「あの、国によって魔王と勇者の伝説が違うと聞いて、読んでみたいなと思ったんですけど」
「それなら研究者の論文集があります。お取り寄せしますね」
「あと、魔王と勇者の恋愛物語はありますか?」
『魔族と人の間に子供はできない。ただし、魔王と勇者は例外』だと言ったのはジェイドだったっけ。
あの人とどうにかなりたいわけじゃない。ただ……気になっただけ。
もしジェイドの言葉が本当だとしたら。
魔王が勇者を狙う理由がもしかしたら殺したいだけじゃないのかもしれない。
「ああ、伝説をベースにした物語ですね。ええ、すぐお持ちします。両方とも貸出可能ですけど、どうされます?」
「じゃあ、貸出でお願いします」
「ではお待ちください」
リファレンスのお姉さんはすっと立つとあっという間にどこかへ行き、すぐ帰ってきた。
差し出されたベルベットの手触りの分厚い濃紺の本と、真っ白な表紙の簡素な装丁の本を受け取ると、図書館を出た。




