45.お茶に誘われました。 2
45.お茶に誘われました の続きになりました。
「お茶もう一杯いかが?」
「あ、いただきます」
リリーの言葉にわたしはカップを差し出した。
会ってまだ一時間ちょっとなのに緊張することなく会話ができるようになったのは、リリーの物腰のせいだろう。
ジェイドは猫をかぶっていると言っていた。
確かに、ジェイドに対する時の口調とわたしと会話しているときの口調は違うし、ちょっとした物腰も優雅になる。でもそれはたぶん、付き合いの長さと理解の深さの違いだろう。
わたしがどうしても敬語を忘れられないからだろう、リリーはこちらの踏み込みの深さに合わせた応対をしてくれているのだと感じる。
押しつけがましくなく緊張するほどでない適切な距離を、リリーのほうがとってくれているのだ。
「クッキーも召し上がれ」
「ありがとう。これ、手作り?」
そういえばと、アリアから聞いたことを思い出した。お菓子教室だっけ、クラブだったっけ。
でもリリーは首を横に振る。
「これは外のお店で買ってきたの」
「お店?」
そうだ、なんだかんだと忙しくてすっかり忘れてた。
制服で出かけると、門前町(って言っていいよね)は子供でも利用可能だし、メディアの本をもって王都のお店をあちこち歩こうって思ってたのに。
「そう、門を出た先にあるイリーナの店ってところの手焼きクッキー。大好きなのよね」
「いいなあ」
「シオンは出かけたことないの?」
ジェイドが首をかしげてこっちを見る。わたしはクッキーに手を伸ばしながら頷いた。
「うん、まだ一度も。入院する時に一度通っただけで」
「じゃあ、今度一緒に行かない? 三人で」
「いいの?」
慣れてる人と一緒なら迷うことないだろうし、こちらからお願いしようかと思ってたからちょうどいい。
リリーはとみると、彼女もにっこり微笑んだ。
「いいわね。じゃあいつにします? 明日は実習があるから明後日以降だといいんだけど」
「あ、あたしもだ。シオンは?」
「明日はわたしも図書館に行くことになってて。明後日なら大丈夫です」
「なら明後日ね。午後の講義があるから十六時ごろでいかが?」
リリーの提案にわたしとジェイドはそろってうなずいた。
お買い物だなんて久しぶりだ。しかもお友達と一緒だなんて。
リドリスでレヴィたちと一緒に行ったのが最後だから、一か月以上前か。あの時は生活必需品を買うのが目的のお買い物だったし、あまり他のものを買う余裕はなかったけど、今回はそうじゃない。
ウィンドウショッピングもできるだろうし、楽しみだ。
「場所はそうね……門を出たところで構わない?」
「はい。大丈夫です。あ、でもお出かけするのに申請とか大変って聞いたけど」
するとリリーはくすくすと笑った。
「誰に聞いたの? 今はそんなことないのよ。前日までに事務局に行って届ければ大丈夫よ。外出したいって言えば手続きの方法、教えてくれるわ」
「王宮の外に出ることになるから、手続き大変だよって聞いてたの」
教えてくれたのはウルクだったと思うけど、今はそんなに厳しくないんだろうか。
「王宮といえば王宮内だけど、学院は扱いが別らしいのよね。だから大丈夫。もしわかんなかったら先生に聞いてみるといいわよ」
「そうする、ありがとう」
こんなに早くに外に出るチャンスが来るとは思わなかった。明日さっそく手続きしておこう。パートナーと一緒に出掛けるのは別に届けが必要なんだろうか。それも聞いてみよう。
「あ、じゃあさ。明後日はパートナー連れてきてよ。リリーも見たいでしょ?」
ジェイドが言うと、リリーは嬉しそうに微笑んだ。
「ああ、そういえば猫ちゃんがパートナーなんですって?」
「うん、黒猫なんだけど、今日は中庭に置いてきちゃって」
「あああ、残念。明後日は絶対会わせてね?」
「あ、はい」
お願い、と手を合わせるリリーがあまりにもかわいくて、つい頬を赤らめるとジェイドが笑い出した。
つられてリリーが笑い、結局わたしも笑い、三人で笑い転げる。
こんなに楽しく、しかも心安く過ごせたのはとても久しぶりだった。




