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異世界猫と転生姫  作者: と〜や
魔術学院編

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閑話:教師たちの憂鬱 1

「ありがとうございました」


 若干疲れ気味の顔をしたシオンが戸口で頭を下げる。ジャックは手をひらひらと振って見せた。


「おつかれさん」

「じゃあ送ってくる。すぐ戻ってくるから」


 初日だからと寮まで送ると主張したウルクとともにシオンと肩の上のクロが扉の向こうに消える。

 ジャックはようやく手をおろし、ひきつった笑顔に固まりかけていた表情筋をほぐすと眉根を寄せて仏頂面をした。


「ガルフ隊長、あれ、見たか」

「……見てないわけがないだろう」


 基本装備が無表情のガルフも、眉間に指をやってほぐしている。授業の間ずっと眉間にしわを寄せていたせいだろう。

 さっきまでシオンが座っていた椅子を引っ張り出して座ると、ジャックは机に両肘をつけて頭を抱えた。


「あれ……誰ですかね?」

「俺に聞くな」


 ガルフは教卓の上に広げていた資料をもとのようにまとめつつ、じろりとジャックを見やる。


「むしろお前たちのほうが一緒にいた時間は長いだろう?」

「そりゃ、領主様の館にいたときは確かにそうだけど、あんたのほうが彼女の事情にゃ詳しいんじゃないのか? 隊長サマ。俺とウルクが罰を受けるのはともかくとして、魔術騎士団の隊長たるあんたまでこんなところで一か月も暇つぶしてていいのかよ」


 起き上がったジャックは首の後ろで手を組んだ。

 口調はたいして変わらないが、ガルフを見る目に甘さはない。


「――仕事だからな」

「それが変だっての。そりゃさぁ、シオンは魔力量も未知数でとんでもない魔術師になれるだろう逸材だってのはわかる。だからこそリーフラム隊長とあんたが学院への推薦状を書いたのも、彼女をここに連れてきたのも理解はする。でもよ、王都に帰還して一番忙しいはずのあんたに下されるべき仕事なのか?」

「だから、仕事だと言っている。ほかの仕事は講義以外の時間で済ませている」


 資料をひもでまとめ終わると、ガルフは教壇を降りて戸口に向かった。


「隊長。ウルクが戻るまで待たねえと」

「……仕事は終わりだ。俺は戻る」

「いや。話は終わってねえって。放置しとくんですかい? あれ」


 足を止めて振り返ったガルフの目には苛立ちと怒りが浮かんでいる。


「――するわけないだろう?」

「じゃ、ウルクを待ちませんか。俺には魔族や魔獣の気配を感じ分けられる能力はないけど、ウルクなら」


 しぶしぶといった体でガルフは引き返すと、ジャックの座る机の横に立った。


「それに、今のところシオンはあれを夢だと思っているようだし、彼女に聞いて藪蛇つつきたくないしね」

「……ああ」


 ため息を一つ落として手に持った資料を机に置く。

 扉をノックする音とともにウルクの声が聞こえた。

 ジャックはすっと立ち上がると扉を開け、ちらりと回りに目をやってからウルクを中に入れた。


「ごめんなさい、ちょっと考え事してたら他所に飛ばされちゃって。すみません、お待たせしました」

「いや、いい。……で」


 急がせるように促すガルフにウルクは小さくうなずく。


「あの影のこと、ですよね?」

「ああ。あれを君は知っているのか?」

「いいえ。見たことのない男です。ただ……」


 視線を外すとウルクはシオンが使っていた――クロから変化した男が腰掛けていた机に目を落とした。


「ただ?」

「あの気配を知っています」


 きっぱりと口にして顔を上げたウルクの表情は険しい。

 ジャックは口元を覆うと机に一瞬視線をやった。


「やっぱりあの時のアレか?」


 そう口に出すと、ウルクはジャックを見据えて頭を縦に振る。


「クロを治すために連れ出したあの森の魔力だまりに残っていた魔力の……主と同じです」

「つまりそれって、クロを治した男の魔力と一緒ってことだよな?」


 言い直したジャックの言葉にもウルクは頭を縦に振った。


「ええ。……あれが、クロを治した魔族だとみてほぼ間違いないわ」

「少し待ってくれ。段階を追って考えさせてくれ」


 いきなり飛躍した話についていけなかったのか、ガルフが額に左手を当てたまま右手を上げた。


「クロが何者かはとりあえず置いておく。今日、我々の目の前で起こった現象を確認したい」

「はい」

「いいぜ」


 二人の応答に、ガルフは口を開いた。


「まず。シオンの魔力があふれて、魔法陣の内側にいたクロは影響を受けた。これは間違いないよな」

「ああ。だけどあの時さぁ、なんでクロを机の上に残したんだ? 隊長。それ、聞きたかったんだけど」


 ジャックの突っ込みにガルフは眉根を寄せる。


「まさかあそこまでの力と思わなかった?」

「……いや、それは俺の落ち度だ」

「落ち度、ねえ。まあそういうことにしときましょう。で?」


 ジャックの物言いに顔をしかめながらもガルフは続けた。


「変化については見ていた通りだ。猫の体が風船のように伸び、人の形になった」

「ええ」

「シオンが目を開いたまま硬直して、魔法陣の稼働を止めたあたりでまた縮んで猫の姿になった。前よりは大きくなったように見えたが」

「そうね。生後一年ぐらいの猫のサイズになってたわ。肩に乗せてたシオンが重たいって言ってた」

「膨らんでも首のリボンははじけ飛ばなかったな」

「ああ、それなら人型になった時に手首にあったのが見えた」


 ここまでは三人が見たものが一致していることを確認できた。


「で、あれの気配が、町はずれの森に残っていた魔力と同じだった」

「ええ、そう」

「……それなんだが、クロとその森に残っていた魔力が同一だったと聞いている。それはまことか?」


 ガルフの言葉に、ウルクは驚いたように目を見開いた。


「隊長、それ誰から聞いたんですか?」

「……リドリス領主からだ。お前から報告が上がったと聞いている」

「そう」


 ウルクは目を伏せた。


「事実よ。クロは、魔獣じゃない」

「おいおい、なんかの勘違いじゃねえの? クロはちっちぇぇ魔獣で、意思疎通も念話もできねえんだぞ? 治癒してくれた魔族の力を帯びて変化するのはよくあることだろうが」


 ジャックの言葉にウルクは眉根を寄せる。


「確かに……そういう例はあるわね。むしろ、魔族が魔獣を生み出す場合は、捕らえた獣に己が魔力を流し込むとも魔力だけで無から生み出すともいわれている。だからその場合はもとの魔力の持ち主と魔力は同質になる」

「ああ。その通りだ」

「となると、クロを治癒した者が、クロを生み出したということにはならんか?」


 二人の会話にガルフが口をはさんだ。


「それもあり得るわね」

「ああ、十分にあり得る。が、こうも考えられる」


 ジャックは二人を交互に見ながら乾きがちな唇をなめて続けた。


「あの森にはあちこち魔力だまりができていて、クロを治した魔族のお気に入りの場所だった可能性は高い。ごく小さな動物がそこにはまり込んで変性することもよくあることだ。ヴィルクからも聞いたけど、そういう小動物はいっぱいいたらしい。餌になるんで食ってたって聞いたし」

「……そういえばピートもそんなことを言っていたわ。この森は餌が多くてうれしいって」

「だろう? それに、あの時。クロの体は膨らんだけど、魔力量はどうだった? 大して変わらなかったんじゃねえか?」


 ジャックの言葉にウルクは眉間に人差し指を当てた。


「シオンのあふれた魔力がすごくてきちんと把握はできなかったんだけど、確かに大きな変化は感じなかったわね」

「だろ? もしクロが魔族の擬態で、シオンの魔力を受けて擬態が解けたんだとしたら、そんなもんじゃすまなかったんじゃねえの?」

「一理ある。クロの纏う魔力は大した量ではないし、あの男の姿もクロがとっさに作り出した防御形態の可能性もある」


 ガルフもうなずく。でもね、とウルクは続けた。


「クロが魔族である可能性も捨てるべきじゃないと思う。それと、魔族に作られた存在である可能性も。誰かがクロにシオンを見張らせているのかもしれない」

「でもよ、シオンになんでそんなことするんだ? 魔力量はでかいがただの女の子じゃねえか」


 ジャックの言葉にガルフは口を覆い、視線を床に落とした。


「そうだな。……領主様の思い過ごしだろう。ただ、クロの監視は行ってくれ」

「そうね。……次回からは授業の間は中庭に置いてくるように言ってあるから、ピートに頼んでおく」

「でもピートも魔獣だろう? 魔獣にとって都合の悪いことは教えてくれないのではないか?」


 ガルフの指摘にウルクもジャックも口をつぐむ。

 パートナーとはいえ、互いの心中がさらけ出されているわけではない。彼らとて魔獣たちに内緒にしていることもある。


「授業中でも中庭の様子を見られるように、中庭に魔具マジックアイテムを設置させてもらえるよう許可を取っておく。当面はそれでいいか?」

「そうね。……ああそう、隊長。部屋に護符を置けないかしら」

「護符?」


 ウルクはシオンの同居人のことを軽く説明した。クロに夜中のシオンを守るようにと言ったものの、クロがもし魔族であるならば、シオンに対する危険度はむしろ上がることになる。


「では、クロの魔力に変動があれば知らせるようなものでよいか?」

「ええ、お願いします。……監視機能は外してくださいね。女の子の部屋なんですから」

「当たり前だ」


 眉をひそめてガルフは言い、机の上に置いたままだった資料を取り上げた。


「わかっていると思うが、今日見たものは他言無用だ。……パートナーの魔獣にも知らせるな」


 二人がうなずくのを見届けて、ガルフは部屋を出て行った。


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