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異世界猫と転生姫  作者: と〜や
魔術学院編

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40.いきなり脅されました。

 あっさりと目が覚めて、ここがどこだったかを悩む。

 ニャア、と声がしてクロが胸元に上がってきた。


「おはよう、クロ」


 クロは伸びあがってきてざり、と鼻の頭を舐められた。わたしは黒い毛並みに手を伸ばして柔らかな感触を楽しむ。


「ふん、寮に動物連れ込むなんて、余裕ね」


 悪意に満ちた声にはっと気が付いて起き上がると、裾が膨らんだ短い丈のエプロンドレスを着た女の子が立っていた。ゴシックロリータというやつだろうか。黒ベースの布地に白いエプロンって映えるなあ。しかも金髪縦ロールだし。

 そう思ってじっと見ていたら、彼女は忌々しそうに舌打ちして出て行った。

 そういえばクロのこと、動物って言ってた?

 魔獣なんだけど、魔獣って動物扱いでいいのかな。

 膝に前足をのせてクロが頭をこすりつけてくる。


「気にしないでいいよ。それよりご飯にいこっか」


 寝間着を脱いで支給された制服に着替えると、荷物を担いでクロを肩に乗せた。





「おはよう、新顔さん」

「おはようございます」


 にこにこと食堂のおばさんが声をかけてくれる。

 三角巾からこぼれた金髪が見える。昨日のおばさんは黒髪だったから別人だ。

 なんだかアンヌがいるみたいでうれしくなって微笑んで挨拶を返すとトレーを取り上げた。

 寮の食堂は基本、セルフサービスだ。メニューはほとんど一緒だけど、一人ずつ別メニューなのだという。きっと、宗教的理由とかアレルギー的理由で食べられない人のことも考えてあるのだろう。


「はい、おまたせ。こっちは猫ちゃんの分ね」

「ありがとう」


 あっという間にトレーには各種パンとサラダ、肉、果物とドリンクがセッティングされて、クロの分も載せてあった。

 そうそう。アリアに連れられて昨日初めて食堂を利用したんだけど、クロ専用の食器が準備されてたんだよね。びっくりするやら感動するやら。食堂のおばさんたちにも受けがいいし。


 今日も昨日と同じくすごい込み合っている。映画なんかでよく見る晩餐会みたいに、長机がずらっと配置されてて、真ん中にキャンドルや果物が置いてある。テーブル自体の幅が広い上に結構騒がしいから、向かいの人としゃべろうとするとたぶん聞き取るのに苦労するだろうなって感じだ。

 荷物も多いしクロも連れてるし、それだけでも目立つんだけど、それでもなるべく目立たないように、壁際の端っこ、ちょっと薄暗い角の席に陣取った。

 昨夜はアリアと二人だったからあまり回りを見てる暇がなかったが、今日は一人で、あちこちから刺さる視線も感じる。

 なるべく早く平らげて部屋に戻ろう。

 足元にクロの皿を置いて、食事に取り掛かる。おばさんが準備してくれたごはんは結構な量で、残さず食べるにはちょっと苦しい。

 昨日もそうだった。もしかして育ち盛りの子供だと思われてるんだろうか。だとしたら、今度ちゃんと誤解を解いておかないと。おなかがはちきれそうだ。

 なんとかお肉を詰め込んで、レモンの香りのする水で流し込む。

 ちなみに、テーブルに盛ってある果物は部屋に持って帰って夜食にしたりおやつにしたり、食べたりない時に好きなだけ食べてもいいそうだ。皆、どんだけ食べるんだろう。まあ、体格が全然違うから、消費カロリーも違うんだろうなあ。

 こんな調子で食べ続けたら、上に伸びない分、横に伸びそうな気がする。

 トレーの上の果物に手を伸ばしたところで、すぐ横に誰かが立った。視界に黒いローブが入る。


「アリアさんのお気に入りって、あんたのこと?」


 顔を上げると、栗色の髪をポニーテールにした女の子が立っていた。身長はわたしぐらいの、健康そうな小麦色の肌でサクランボの唇に緑の瞳がとても愛らしい。のに。


「え?」

「昨夜一緒に食事してたって本当?」


 眉間にしわを寄せて押し殺した低い声で、剣呑な雰囲気をまとっている。何か問題があったのだろうか。


「はい。ここまで案内していただいて、食堂の利用方法を教えていただきました」

「は?」


 今度は女の子のほうが呆けたような顔をした。鳩が豆鉄砲を食ったようっていうのはこういうのを言うのだろう。


「ちょっとまって。何? あんた……新人?」

「はい、昨日入院したばかりで」


 とたんに女の子は脱力してため息をついた。


「何よあの子、嘘ばっかりじゃないの」

「えっと、何か問題が……?」

「ああ、ううん。こっちのこと。ごめんね、脅すような真似して。あたしはジェイド。あんたは?」

「シオン、と言います」


 名乗りを受けてこちらも名を返し、彼女を観察する。

 どうやら根は素直な子なのだろう。この数分の間にコロコロ表情を変えているのも、嘘が付けない性格だからだろうし。


「シオンね。クラスは? あたしは中級」


 ジェイドは隣の空いていた席に腰を下ろした。すでに食事は済ませているのだろう、何も手には持っていない。


「あの、まだ初歩の初歩しかできなくて……」

「初級クラス?」

「はい」


 本当は個別指導を受けるから、純粋に初級クラスとは言えないんじゃないかと思うけど、そういうことは大っぴらにする話じゃないし。

 素直にうなずくと、彼女はじっとわたしのほうを見た。


「ふぅん……魔力量はありそうなのに。初級クラスかぁ。大変だよ?」

「そうなんですか?」

「うん、初級って五歳以下の子供がほとんどでね。そいつらの世話もさせられたりするから。でも初歩ができてるんならすぐ中級に上がれるんじゃない?」

「よくわかりません。授業は今日が初めてで」

「ああ、大丈夫大丈夫。上級クラスとかは教師陣がめちゃくちゃ厳しいらしいけど、初級はいい先生が入ったって聞いたから」


 たぶんそのいい先生にお世話になることはないと思うけど、わたしはあいまいにうなずいておいた。


「あ、じゃあ部屋は? まさか一階じゃないよね?」

「三階の一番奥です」


 そう告げた途端、ジェイドは片手で目を覆った。


「あー……同室の子、陰険でしょ」

「えっと」


 わたしは視線を手元の果物に据えた。


「テイルはちょっと訳ありの子なんだよね。ここに入ったのもわりかし最近で、しょっちゅうトラブル起こしてるから。気を付けて。……っと、テイルにアリアさんのお気に入りになったって言いふらしてる子がいるって聞かされて飛んできたあたしが言うのもなんだけど」

「はぁ」


 えっとそれは、ジェイドはそういう趣味がある、もしくはアリアとそういう関係という認識でいいのだろうか。


「あ、いや、誤解しないでほしいんだけど、あくまでもアリアの名誉のためにやってることだからっ」


 顔を赤らめながら半ば叫ぶように言ってる段階で信ぴょう性がないんですけど、そのセリフ。


「アリアさんはみんなに好かれてるんですね」

「うん、まあね。アリアさんはみんなに公平だから」


 はっと顔を上げると、やわらかく微笑むジェイドの視線とぶつかった。

 ここに入ってきたときに最も長く接するのはアリアだ。

 たとえそれがどんな立場の人間であろうとも、公平に接してくれる。

 貴族であろうと、王族であろうと、平民であろうと。――勇者であろうとたぶん、一緒だ。


「それ、わかります」

「そっか。――あんたとは仲良くなれそうな気がするよ」


 そう言ってにっと笑うと、ジェイドは席を立った。

 去っていくポニーテールを眺めながら、なんだかアンヌに似ているな、と思った。

そういえば、そろそろ50話です。

人間関係を整理する意味でも、各章での登場人物を少しまとめてみようかなと思います。

が。

……需要、ありますかね?(汗

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