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異世界猫と転生姫  作者: と〜や
魔術学院編

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38.中庭と噴水 2

※男子寮が半壊した事件について、自動振り分けなら半壊するのは女子寮だと気が付きまして、性別を逆にさせていただきました。

申し訳ありません。たぶん本編には出てこないと思いますので(汗

 渡り廊下に戻ってさらにまっすぐ行った先に白いタイルが置かれていた。アリアはそこで立ち止まる。


「この先が生徒用の寮です。右手が女子寮、左手が男子寮。男女別の寮ですからお間違えなく」

「わかりました」

「あれ、そういえば昔みたいに自動的に振り分けにならないんだね?」


 ウルクが首をかしげると、アリアはふふっと笑った。


「ええ。以前、とある理由で女性と偽って入ろうとした男の子が魔法のせいで正体がばれてしまいまして。それはもう大騒動になりましたの。その子はあらためて男の子として入院したのですけれど……そんなことがあってから、魔法での入寮制限はやめたのです」

「なるほど。それにしてもその子、無事だったの?」

「ええ、能力は高かったので問題はありませんでした。ですが男子寮がその……半壊しまして」

「半壊……」


 思わず周囲を見回した。石造りの堅牢な建物に見えるのに、それを吹き飛ばしたのだろうか。だとしたら相当な力の持ち主だ。わたしなんかより強いのではないだろうか。


「そりゃ災難だったね」


 ウルクはくすくす笑っている。


「ええ。修復に手間取りまして、昨年まで職員寮に男子は間借りしていましたの。今はもう退去済みですけれど」

「へえ、職員寮にね。……何かいたずらされてなかった?」


 その言葉にアリアは目を見張ったのち、笑い出した。


「よくご存じですね。ええ、そりゃもう大量に隠し魔法陣が出てきました。とりわけ女性向けの部屋には念入りに」

「やっぱり。男って単純だからねえ。あたしが入る部屋は大丈夫?」

「はい、個室はすべて撤去済みです。ただ、個室を優先したので、公共の場にはまだ残っているかもしれないそうです。全部は検出しきれなかったそうで」

「仕掛けた本人に解除させればよかったのに」


 しかしアリアは首を横に振った。


「仕掛けた本人に解除させると解除させたと見せて隠ぺいしますから」

「そりゃ手ぬるいわ。きっちり落とし前つけさせないと、つけあがるわよ?」

「その点は大丈夫です」


 ふふ、と笑ったアリアの目は驚くほど暗かった。


「さあ、こちらです。シオンの部屋は三階の角部屋ですわ」


 渡り廊下はそのまま建物につながっていて、入ってすぐ目の前が階段だ。手すりの彫刻を触りながら階段を登る。壁には大きなタペストリーがかかっていて、どうやら何かの寓話になっているようだ。

 確かこれはエランドルの建国神話だ。大きな獅子、巨人。羽のある魔族と魔王。


「シオン?」


 声をかけられて顔を上げると、すでに二人は二階まで登っていた。慌てて駆け上がる。


「すみません」

「いえ、かまわないんだけど、ここも基本的に移動魔法がかかってるから気を付けてね。私から離れると思わぬところに移動することになるから」

「はい、気を付けます」


 タペストリーは後からでもゆっくり見られるけど、今ここで置いていかれたら迷子になるのは確定だ。階段をもう一階分登ると、広い廊下に出た。


「シオンの部屋はこの一番奥です」


 この一番奥?

 わたしは周りを見回した。両側にずらりと扉が並んでいる。


「ここ……いくつ部屋があるんですか?」

「一フロアに二十あるわ。一階は幼年クラス。二階と三階が中級クラス。四階以降は上級クラス以上ね。マスタークラスの魔術師は職員寮のほうに部屋を与えられるの」

「マスタークラス?」

「ええ、魔術そのものを研究したり生み出したりすることのできる能力を持つ魔術師のことよ。生活魔法を新しく開発したりもするの。そういう実験的なことを行うことが多いから、耐魔結界の強い職員寮のほうが安全なの」


 つまり、魔法の実験でよく爆発させることが多い、ということだろう。


「じゃあ、このフロアには二十人が住んでいるんですね」

「いいえ、この中級クラスは二人で一部屋だから四十人ね」

「あ、そうでした」


 相部屋だってウルクが言っていたのを思い出す。

 これから向かう部屋には先住者がいるのだ。うまくやっていけるだろうか。


「今は授業中だからみんな出払っているわ。お昼は食べに出るのも寮の食堂を使うのも自分で何か作るのも自由です。生徒が使えるキッチンが開放されているから」

「そうなんですか?」

「そういえばあたしのいた頃も、女子寮のキッチンは主にお菓子作りに使われてたわね。シオン、料理できるの?」


 わたしは首を横に振った。アンヌの店では給仕と皿洗いしかさせてもらえなかったし、こっちの食材は元の世界とは違っていて、どう調理すれば最適なのかが見極めがつかない。

 ブランシュの記憶はあるけれど、お城の姫様では知らない知識のほうが多い。


「実家がお店やってたりする平民出身の子には料理がうまい子が多いの。お菓子作りとかはそういう子に教えてもらってたわ」

「ウルク先生の頃からそうなんですね。今ではお菓子クラブができていますわよ。道具もレシピも代々伝えられてるんですって」

「お菓子作り、いいな」


 楽しそうな二人の声に、ついわたしも声に出していた。

 誕生日にケーキ作ったり、みんなでバレンタインにチョコレート手作りしたり、クッキーを作ったり。そういうの、一度してみたかったな。

 ふわっと髪を揺らしてアリアが最高の笑顔で振り向いた。


「楽しいですよ」

「え……アリアさんも入ってるんですか?」

「ええ。よろしかったらぜひ。ウルク先生もいかがです?」

「え? 講師も入れるの?」

「大丈夫です。よかったら今度の会合の日にお誘いします」

「そうね、一度覗いてみようかな」

「シオンもぜひいらしてね」

「は、はい」


 勢いで返事をしてしまった。でも、きっかけにはなるかもしれない。

 いろいろ考えを巡らせている間にアリアは一番奥の扉の前で足を止めた。ノックの音が響くが応答はない。

 掌を扉の一部に当ててノブを回すと、扉はあっさりと開いた。


「シオン、ここに手を当ててください」


 示された場所に左手を当てると、アリアは噴水の時と同じように短く呪文を口にした。くるくると風が廻ったかと思うと手の甲に何かの紋が浮かび上がった。

 手を引き寄せてよく見ると、小さな蔦の飾り文字のようだ。


「これで登録は完了です。扉に手を当てるだけで鍵が解除されますから。やってみますか?」


 そういってアリアは一度扉を閉じた。金属音がして扉に鍵がかかる。


「さっき私がしたみたいに、扉に手を当てて」


 言われたように手を当てて右手でノブを回すと、なんの抵抗もなく扉は開いた。鍵が開いたような音もしない。

 しげしげと左手を眺める。指紋や掌紋認証みたいなものだろうか。


「ちゃんと解除できましたね、ウルク先生も登録しておきますか?」

「そうね……規則に触れないならお願いしとこうかな」

「では、そちらに」


 開いたままの扉のところで登録をすませ、わたしとウルクは部屋に入った。

 部屋自体はそれほど広くない。天蓋付きのベッドが二つ、左右の壁際に離して設置されている。その横には小さいながらも机と椅子が置いてあって、作り付けのクロゼットが左右に二つ。

 正面には出窓があって、少し窓が開いているのだろう、カーテンが揺れている。

 右側のベッドサイドに荷物が置いてあるところから、先住者は右のベッドを使っているのだろう。クロゼットもそうだろうとあたりを付けて左側のクロゼットを開ける。


「あれ……?」


 荷物がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。ということは、先住者は左側を使っているのか。

 勝手に開いたことを心の中で謝りつつ閉じ、もう一つのクロゼットを開けた。


「……えっと」


 こちらには服がずらりと並べてあった。


「あらあら……。ルームメイトには荷物を片付けるように言っておいたのだけれど。とりあえず、私の権限で強制執行しましょうか」


 そういうとアリアは胸の金の矢に触れた。聞きなれない言語で紡がれる呪文が部屋の中で満ちていく。見る間に部屋の左半分に置かれていた荷物がすべて右側のベッドの上に積まれていく。

 風が収まった時には、クロゼットもベッドの上も下もきれいに空っぽになっていた。


「これでいいわね。ルームメイトには私のほうから連絡しておきます。もし何か言われたら生徒代表のアリアのところに来るように伝えてください」

「は、はい」

「なるほどね……生徒代表の強制執行権って聞いたことあったけど、目にしたのは初めてだわ」

「ええ、時折こういうことがありますから。二人目が来る前に片付けろと言ってはあるんですけれど」

「ありがとうございます。助かりました」


 魔法を見て驚いていたわたしは慌てて頭を下げた。


「いえ。じゃあ明日からのことはお二人でご相談くださいね。私はこれで失礼しますわ」

「はい、ありがとうございました」

「ありがとう、アリア」


 にっこりと微笑みを残してアリアは去っていった。


「じゃあ、明日の話をしよう。――まさかここまで入れるようにしてもらえるとは思ってなかったから、どうやろうかと思ってたんだけど」


 実際驚いた。アリアがウルクとジャックの事情を知っていたことも、この部屋に立ち入る権限をウルクに与えたことも。


「明日から授業を行うわけだけど、今日通ってきた教練棟で行うことになる。一度行けば迷うことはないと思うけど、念のために明日はここまで迎えに来るわ」

「はい」

「特に必要なものはないと思うけど、大事なものは身に着けておくこと。前にも言ったけど、鍵をかけたりできるようになるまでは、荷物は極力持ち歩きなさい。着替えとかいつでも入手可能なものはいいとしても、二度と手に入らないようなものや、無くしたら困るものは置いておかないこと。いいわね?」

「は、はい」


 ウルクの目は真剣で、口調がちょっと怖い。わたしの荷物の中で失って困るものは、今ではあの吟遊詩人がくれたポンチョとウィレムから借りているメディアの本、それからアンヌの二階の部屋の鍵ぐらいだろうか。あとはどれも買いなおせるものだ。


「いっそのことすべての荷物を持って歩いたほうがいいかもしれないわね。うん、そうしましょう。クロゼットはゆるく鍵をかけておくから、自力で解除と施錠ができるようになったら持ち歩くのをやめてもいいわ」

「はあ」


 担いだままの鞄を持ち上げる。着替えぐらいは出しておくとしても、そんなに軽いわけじゃない。

 それにクロが肩に乗ったままだし。

 とりあえず鞄をベッドに置き、クロを肩から降ろすと、さっそくクロは部屋のチェックを始めた。

 本来の猫なら環境が変わるとあちこちにマーキングしたがるというけれど、クロはなぜかわたしについてまわるせいか、環境の確認が終われば問題ないようで、マーキングしない。

 それだけでもずいぶん精神的には助かっている。

 アンヌの店の二階で、女の子たちが帰るたびに背中を膨らませて、匂い付けしはじめるんじゃないかとひやひやしていたのだ。

 クロはあちこち鼻をつっこみ、確認して満足したのだろう、ベッドの上に戻ってきた。


「まあ、大丈夫そうね。それに何かあればクロが教えてくれるだろうし。クロ、シオンの夜の護衛は頼んだわよ」


 ウルクの言葉に、クロはやりはじめていた毛づくろいを中断してニャア、と返事をよこした。


「じゃあ、また明日」

「はい」


 部屋を出ていくウルクを見送った後、ようやく肩の力を抜いてわたしはベッドに腰を下ろした。

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