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異世界猫と転生姫  作者: と〜や
魔術学院編

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37.着きました。 2

「37.着きました。」の続きに当たるため、ナンバリングを変えました。


 案内されるままに踏み入れた館内は外観よりも広く見えた。

 嫌味にならない洗練された装飾や彫刻。しっとりと落ち着いた色合いのカーテンやタッセル、壁にはめ込まれた肖像画。綺麗な曲線を描く手すりと階段。分厚い絨毯、広く高い天井、扉に施された金細工の美しさ。

 それらに圧倒されて、わたしは言葉を失って立ち尽くした。

 どこのヨーロッパのお城だろう、と本当に思ったほどだ。もちろん行ったことはないけれど。


「ここが魔術騎士団附属学校セントラルのロビーよ。ここから右手に行けば研究棟、左手に行けば教授棟。まっすぐ行くと、突き当りが寮よ。そちらは後ほど案内しますわね」

「はい」


 配置を頭に叩き込もうとあちこち眺めていると、金の巻き毛の彼女はくすくすと笑った。


「覚えなくても大丈夫よ。学院内には魔法がかかってるから。大体の場所と位置関係さえ覚えておけば大丈夫」

「魔法?」

「ええ、そう。必要なときに、必要な場所に行けるように。さっき言ったでしょ? 門を抜けて一歩でたどり着いたのはあなたが初めてだって。セントラル内の移動は、魔力量と意志の強さが関係するの。もちろん、行きたいと思ったところで禁止されている場所には辿りつけないけど。あなたの魔力量が半端なく高いのと、学院にたどり着きたいと言う意志の強さがなせる技ね」


 ニッコリ微笑む彼女の言葉に、わたしは目を瞬かせた。

 行くべき時に行くべき場所に行ける魔法。そんな便利なものがあるなら、確かに脳内マップは不要だ。


「すごいですね」


 なんと言うべきか迷ってそれだけ言うと、彼女は巻き毛を揺らして頷いた。


「ええ、本当にね。あなた、初級クラスからスタートって聞いているけれど、どんな力を使うのか、早く見てみたいわ」


 どうやらわたしの「すごい」はわたしの力のことだと思われたらしい。


「いえ、あの、魔法の方です」

「魔法? 移動の? ああ、他では見ないものね。研究棟の実験の一環らしいわよ。空間魔法はまだまだ開発が進んでいないから、力を入れてるのよね」

「空間魔法……」

「とりあえず、事務手続きがあるから、そちらに行きましょうか」

「はい」


 ロビーに面した扉のうちの一枚を彼女は指差し、歩み寄った。わたしもあとに続いて扉をくぐった。

 その部屋は職員室のようなところで、カウンターの内側には机が並べられ、職員だか教師だかが忙しそうに机の間を行き交っている。

 だが、身につけているのはローブではない。男性は騎士服のように腰丈までのしゃりっとした上着とベスト、ズボンの取り合わせ。女性は質素なスカートとブラウス、ボレロの取り合わせだ。

 確か、学院の制服は黒のローブだと言っていた。となると、やはり彼らは職員なのだろう。

 カウンターで声をかけると、すぐさま奥の部屋へ通された。

 やってきたのは銀髪眼鏡のロマンスグレーで、事務局長だと名乗った人は実に人当たりの良さそうな人だった。

 この世界に落ちてきてからこっち、こんな感じに人を落ち着かせるように優しく微笑む男性は初めてのような気がする。

 入学許可証と身分証を提示して、幾つかの書類にサインをすると、事務局長はニッコリと笑顔を見せた。


「はい、ではこれで手続きは完了です。入院おめでとう、シオン」

「ありがとうございます」

「あとはアリアに案内してもらってください」

「アリア?」

「私のことよ」


 ずっと横に立っていた金髪の女の子は微笑んだ。わたしは腰を上げた。


「自己紹介が遅れたわね。私はアリア。今年の生徒代表を勤めているの。新入生のサポートと案内が私の主な仕事よ」


 あらためて彼女を見る。黒いローブはさっき見かけた人たちと変わらないけれど、胸には金のピンブローチがつけられている。何の意匠なのかは分からないが、矢のように見えた。

 おそらくこれが生徒代表の証なのだろう。どんな基準で選ばれるものかわからないが、偉いということだけは分かる。


「よろしくお願いします。アリアさん」

「呼び捨てでいいわ。セントラルにいる者は全て平等なの。たとえば、王子だろうが伯爵の嫡男だろうが、平民だろうがみんな一緒。家名を持つ貴族も家名を名乗らないのが普通だし、互いに愛称で呼び合うのが普通」

「愛称?」

「ええ、シオンは他国の人だったわね?」

「はい」

「この国ではね、生まれた時に普段呼ぶ名前の他に真の名前を魂に刻みつけるの。魔力を持つ人がほとんどだから、名前で縛られないように真の名前を隠すのよ」

「真の名前……」


 眉を寄せる。わたしの場合は元の世界での名前になるのだろうか。この世界と何のゆかりもない名前なのだけれど、魂に刻まれた名前、なのだろうか。

 分からない。ただ、シオンという名前が真の名でないことだけは確実だ。


「もしシオンが真の名を持たないのであれば、儀式で真の名を持つことができるように取り計らうけど?」

「いえ……大丈夫です」

「そう」


 アリアは微笑んだ。


「そろそろ迎えが来る頃ね。では、失礼致します」


 アリアは事務局長に一礼する。わたしもあわてて同じように礼をすると、彼女のあとを追った。


「あの、迎えって?」


 部屋を辞してアリアに声をかけた時、視界に二つの人影が見えた。見間違えようがない、さっき門のところで別れた二人だ。


「ジャックさん、ウルクさん」

「手続き終わったかい?」

「はい。無事済みました」

「こっちも丁度終わったところだよ。俺らの生徒を迎えに行けって追い出されたんだ」


 そう言ってジャックはにかっと笑ってぽんぽんとわたしの頭の上に手を置いた。


「シオン、そちらのお二方が新任の講師の方ですわね?」

「はい。ジャックさんとウルクさんです。ジャックさん、ウルクさん、こちらは生徒代表のアリアさんです」


 互いを紹介すると、三人は形式張った礼で挨拶を交わした。普段は崩れた口調の二人しか見ていない分、ぱりっと決めた二人はかっこよく見えた。


「ジャック先生、ウルク先生とお呼びしますわね。では……まず、生徒に対しては敬語を使わないでくださいませ。示しがつきませんから。って、きっともう言われてますわね?」


 アリアの言葉に、ジャックは苦笑した。


「当たり。……あー、かしこまった口調は苦手でね。助かるよ」

「ジャック、崩れるの早すぎ。それにしても、生徒代表か……懐かしいわね。あたしも卒業生だから」

「あら、そうなんですか」

「うん、変わってないみたいだね。安心した」


 ウルクはロビーのあたりをぐるりと見回している。ウルクが卒業して何年経ってるんだろう。


「あれ、そういえばクロは? いつもみたいに連れてないのか?」


 ジャックの言葉にわたしは真っ青になった。門を越えたところまでは一緒だったのに、この館が見えた途端、すっかり頭から消え去っていた。


「クロ、どうしよう……わたし、気がついてなかった」

「はぐれたのか?」

「ジャック、クロだけじゃないよ。あたしもピートのこと、忘れてた。あんたもじゃない?」

「っ……マジかよ」


 ウルクもジャックも真っ青な顔をしてる。

 探さなきゃ。ここに入った時にはもういなかった気がするから、外に違いない。


「外行くぞ、ウルク!」

「ああ、分かった」


 二人が扉から飛び出していく。

 アリアをちらりと見ると、彼女はほんのり微笑んだ。


「大丈夫よ、会いたい者を思い描いて扉を開けてみて」

「アリア……?」

「そろそろ時間だと思うし」


 わたしも彼らに続いて外に出た。





 外に出ると、ジャックがヴィルクに飛び蹴りを食らっているところだった。ウルクはピートに抱きついている。

 クロはと見れば、勢い良く走ってきてぽんと肩に乗ってきた。すりすりと頬ずりしてくる。

 なんだかいい匂いがした。それと、今まで感じたことのない――清浄な気。

 どこかに行っていたんだろう。


「もう、ごまかそうとしてもダメ。初めて来たところで勝手に出歩いたら迷子になるでしょ?」


 ニャア、と鳴いてクロは頬ずりをしてくる。一人で寂しかったのかな。

 

「ほら。入ろう。さっきまで学院内を案内してもらってたの」


 案内と言っても簡単な説明だけだけど、行きたいところを思うだけで行けるならそれで十分だ。


「じゃあ、寮の方へ行きましょ。ウルク先生とジャック先生も寮でしたら入り口までご一緒します?」

「そうね、お願いするわ」


 アリアの提案に、わたしたちは三人と三匹でぞろぞろついて行くことになった。

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