33.迎えが……来ません
王都の豪華な宿に着いて二日。
オーファン隊長が言っていた『学院からの迎え』がまだ来ない。
宿の人からは怪訝そうな顔で見られている。
そりゃそうだ、王都騎士団第一隊の隊長が言うから無理に部屋を空けたらしいのだ。本来ならわたしのような『よくわからない小娘』を泊めるような部屋ではない。
いわゆるスイートルームというやつだ。二部屋続きで風呂も洗面台も別々に設えてある。こんな部屋、一泊いくらなのかとか考えたくもない。
その上、どうやら一泊以上のお金をもらっていないのではと思われるのだ。
給仕の女性が迷惑そうにわたしのほうを八の字眉で見ていたり、執事っぽい男性がわたしをみては首を振ったり。
これは早々に自分から出ていったほうがいいのだろうか。というか、昨日泊まった分の費用を言われても、払えるだけの金が無い。
……どころか、よく考えたら荷物はリドリス領主の馬車の上。着替えも何もかもこちらで購入したものだ。これも全てツケ……つまりは退去時に一括支払い、だろう。
「参ったな……どうしよ、クロ」
目の前で毛づくろいに余念がないクロに声をかけると、クロは顔を上げてニャア、と鳴いた。
誰かに連絡を取りたくても、どうやればいいのか分からない。普通は人に頼むのだけれど、これほど宿に迷惑をかけているわたしが、さらに宿の人に何かをお願いするのはものすごく気が引ける。でも、そうも言っていられない。
時間はそろそろ昼だ。
昨夜は当然だが予約をしていないから食べてない。朝食は気の毒がってくれた給仕の方からわずかばかりのものをいただいたが、昼までねだる訳にはいかない。
とりあえず、話をしよう。学院に入る祭の後見人はウィレムのままのはずだから、ウィレムに連絡を取ってもらうしかない。ここの支払いも……。
空腹の上に胃がキリキリ痛む。こんなことでへこたれてる場合じゃないけど、さすがに針の筵状態はかなり堪えた。
胃をさすりながら、わたしはよろよろと部屋を出た。
宿に入るときに通ったカウンターに向かう。廊下には清掃具やリネンが置かれ、客がチェックアウトした部屋の掃除が始まっているようだ。メイド姿の女性たちからも顔をしかめられた。
わたしのことでずいぶん迷惑をかけてしまっているのだろう。
キリキリと痛み始める胃を押さえて、うつむいたまま早足で通り過ぎる。
カウンターに行くと、金髪を短く整えたナイスミドルの紳士がわたしにいち早く気がついて歩み寄ってきた。
「お客様、どうかなさいましたか?」
「あの……ご迷惑を、お掛けして申し訳ありません。これ以上ご厚意に甘えるわけにはいきませんので、迎えの者を呼びたいのですが、使いをお願いすることはできますでしょうか」
「迷惑だなどと、とんでもない。どちらへ使いをだせばよろしいでしょうか?」
「では……リドリス辺境伯の館までお願い致します」
その名前を聞いて、紳士は片眉を上げた。
「お客様はリドリス辺境伯ウィレム様のお連れ様でございますか?」
「え?」
お連れ、と言われればそのとおりだが、そういう言い方は普通はしないよね。もしかして、ここに泊まる予定なのだろうか。それとも、今逗留している?
「……王都まで一緒に来る予定でした」
「では、あなたさまが魔術学院に入院予定の」
「はい。……なぜご存知なんですか?」
紳士はにっこりと微笑んだ。
「見つかってようございました。実は先ほど先触れの方がいらっしゃいまして、行方不明になったお連れ様をお探しだと」
「ええっ! 行方不明?」
どういうこと?
王国騎士団第一隊の人たちは偽物だったわけ?
それとも彼らは本物で、何らかの思惑があってわたしをこの宿にむりやり逗留させておいて、逃げたとでも触れ回ったのだろうか。
「よかった……」
気が抜けたせいだろう、くらりとめまいがして膝が崩れた。足元にいたクロがニャア、と抗議の声を上げる。
あわてて紳士がわたしを抱き起こしてくれた。
「大丈夫でございますか、お嬢様」
「ありがとうございます……すみません」
ロビーに設えられている赤色のソファに連れて行ってもらい、わたしはぐったりと体を預けた。
「急ぎ使いを出します。しばらくこちらでお待ちくださいませ」
紳士が遠ざかっていくのを遠目に見ながら、わたしは目を閉じた。ニャア、とクロが膝に飛び乗ってきたのが分かって、目を閉じたまま手探りで撫でる。
「すぐに迎えが来るって」
クロがざりざりと指先を舐めているのが分かる。
ああ、心配事がなくなったせいだろう、空腹感が戻ってきた。現金なものだ。さっきまではどうやってこの宿の宿泊費用を支払おうかと考えて胃がキリキリしていたのに。
クロが体を登り上がってきて、肩で止まると耳元でニャアニャアと何か喋ってるみたいに鳴いている。
ごめん、でも瞼を押し上げるのでさえ億劫だ。昨夜落ち着いて寝られなかったせいだろう。今頃になって眠気が襲ってきた。
クロの鳴き声を聞きながら眠りに落ちていった。




